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義眼の少女は異世界を旅する  作者: 夜寧歌羽
第二章 辛く厳しい世界へと
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第十四話 お酒

「おーいじいさん、今暇か?」

「えぇ? なんじゃ、わしゃ今暇じゃあないわい。余生を過ごすことに忙しいんじゃ」

「おおう、そりゃあ邪魔したな。すまんすまん」


 ここは、宿屋さんやご飯屋さんがある町の中心から外れた、一面畑しかない所。

 師匠が小さな家の前で何もせずにボケーッとしていたご老人に話を聞こうとするが、彼はそう言ってまったく取り合ってくれないので、仕方なくその場を離れた。

 これで五回目だ。


「はぁ、やっぱりじじいは当てにならんな」


 一人でそう呟きながら、師匠はまた、畑と畑の間の道を進んで行く。

 お昼を食べた後、ここに移動してきてからずっと、話を聞こうとしては断られるということを繰り返していた。


「みんな、何を話してくれませんね」

「まぁ、色々とやる気が出んのだろう。こんなカラっとした天気じゃ、干からびるのも当然だ」


 この町は元々、小さな農村が集まってできた所だとここまでくる間に師匠から教えられていた。最初にあった四つくらいの村から同じくらいの位置を中心として発展させていく、予定だったのだが、まだちょっと足りていないらしい。

 そのせいで、まだ町の端っこの方は未発展のままのようだ。どうりで小さな小屋と大きな畑しかない訳だ。


「次はあっちだな」


 師匠がだるそうに、カラカラになった畑で農業を頑張っている人達から色々な話を聞こうとして回るのを眺める作業が終わるまでは、そこまで時間はかからなかった。


「はぁ~……次は酒場か」

「どうした、そんなにため息吐いて」

「いやな、町があまりにも寂しいもんで、やる気が出なくてな」

「あぁ、その事か。確かに、人が少ないと気分が出ん」

「はぁ……ここは早めに切り上げるか」


 そんな話をする二人に続いて、町の中心の方に戻る。その間に、師匠に今後のことを聞いてみた。


「えっと、夜は酒場に行くって話でしたけど、どの酒場に行くんですか?」


 移動の間に日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。街の明かりがチラチラと見え始めている。しかし、それはアケルよりも明らかに少なかった。二人が寂しいと言っている理由がわかる気がする。

 こんなのは町じゃない。せいぜい村がいいところだろう。


「ん? あー、そうだな。もう一回見て回って、一番賑わっている所に入ればいいだろ。目的はあくまで情報収集だしな。酒が上手い店だったらいいんだが……そんな話は聞けなかったしな」

「わかりました」

「はぁ、昼食った時に聞いときゃよかったかな」


 酒場かぁ……フェニさんの宿が夜になると酒場のようになる所だったから、従業員としていたことはあるけど、お客さんとして行くのは初めてだな。

 あの人が沢山いる所に今から行くのかと思うと、少しだけ足がすくむ。人はお酒を飲むと、まるで別人のように変わってしまうから。フェニさんの所でそう言う場面を沢山見てきた。

 午前中のうちに目星を付けておいた場所を何件か回り、一番人が多く、一番うるさい所を選んで入る。師匠とカイさんが、怖気づいた私を後ろから押すような形で。


「いらっしゃい。三人だな? 適当に開いてるとこに座ってくれや」

「うい。ほら、行こうぜ」


 中に入るなり外とはまったく違う空気に包まれて、思わず足を止めてしまう。そんな私の肩を、慣れた様子の師匠が押す。


「え、と、その、わ、私には、やっぱり……」


 や、やっぱり無理。この空気、この雰囲気。やっぱり、私には馴染めないよ。今すぐにでも逃げ出したい。

 足が勝手に後ろに下がろうとしてしまう。


「何言ってんだ。行かねえと何も始まらねえぞ?」

「うぅ、で、でも……こ、ここはなんだか、私みたいなのがいていい感じがしませんし、その、あの、なんだかとても、危ない感じが……」


 目の前の光景を見ながら、必死に師匠に訴える。

 お店の中には数十人のお客さん――全員男性――がいて、床には足が折れてしまった机や椅子が散乱していた。

 お客さん達は一つのグループの集まりのようで、中心で机の上に立つ一人の顔に大きな傷と刺青いれずみのある男を中心に、大きな声で何事かを話し合っていた。

 みんながみんな、ゴツイ剣や斧を腰に差している。見るからに関わっちゃいけない系の人達だ。ここにいるだけで怖いんだけど……。


「いいかお前ら! 俺達は必ず、このすさみきった町を復活させる!」

『おおっ!!』


 思わず耳を塞ぎたくなるような大きな声。一人一人の大声が重なり合って、騒音となったその声が私の長い耳を襲う。

 ほらなんか宗教みたいなことしてる。怖い。怖いよ。なんなのあの人達。


「そのためにはまず何をするべきか!」

『草むしり!』

『呼び込み!』

『農業用水の確保!』


 ……あれ?

 その団体の迫力に呑み込まれそうになってていた私の耳が、その演説の内容に違和感を覚えた。


「そうだ! だが、それはいつからやる?」

『今からでも!』

「いいや違う! 明日だ! 明日の朝六時から夜の七時まで、昼一時間休憩で十二時間、一ヶ月間尽力するのだ! わかったか!」

『おおおっ!!』


 というか、よく聞いてみると違和感しかない演説だ。

 あれ、ちょ、ちょっと待って。何? 町を復活? 草むしり? 農業用水? な、なんだそれ、何だこの団体さんは。なんか……とっても良いこと言ってる?


「では、明日からの作業に備えて、乾杯!」

『乾杯!』


 その号令に合わせて、全員が手に持っているコップを持ち上げ、そして、飲み干した。

 ……終わった、のかな?


「……あぁ~。いいかお前ら!」


 中心の男はコップの中身をすべて飲んだ後、再び声を張り上げた。

 ……まだ終わってなかった。


「これを飲んだら、あと一ヶ月は酒にありつけん。よく味わい、そして、程々に楽しめ!」

『はい! 兄貴!!』


 男の言葉を合図に、総勢三十六人の男達が一斉に散り、それぞれが近くにあった料理に手を伸ばし始めた。今度こそ演説が終わったようだ。

 ほっ……や、やっと、あのうるさいのが終わったのか……。

 と安心したのもつかの間。先ほどまで団体の中心にいた男が、お店の入り口で立ち止まっている私達に気付いた。


「お、あんたは」


 そう呟きながら、こちらに近付いてくる男の人。

 えちょ、な、何? な、何でこっちに来るの? こ、怖いんだけど……。

 無意識のうちに、師匠とカイの後ろに隠れる。


「アドレ師じゃないですか!」


 ……え?

 近くまで来た男は師匠の名を呼び、彼の手を強く握った。


「おお、お前かマルジ。久しぶりだな」


 師匠も男の手を強く握り返して、次いで二人は強く抱き合った。


「こちらこそ久しぶりです。二年ぶりくらいですね」

「そうだな。そっちは相変わらずのようだな。ん? お前、また刺青いれずみ増やしたのか? いい加減やめろよー、うちの弟子が怖がってるじゃないか」

「いやー、そうは言われても。これが俺ですから」


 そんな風に仲良さそうに話す二人を見て、私の頭の混乱は深まるばかりだった。

 こ、こんな怖そうな人と普通に話せるなんて……しかも、久しぶりだって? こ、この人達、知り合い、なのか? 以外過ぎる。


「それで、お前はどうしてここにいるんだ? しばらくはマスールの方で活動するって聞いてたが、そっちは終わったのか?」

「ええ。あっちはもう、俺達を必要としないくらいまで回復したので。それよりも、こっちの方がかなり危険な状況なんですよ」

「へえ、そうなのか。ま、お互い頑張ろう」


 二人が思い出話をしている間、後ろからカイに、コソっとこの二人の関係について聞いてみる。


「あ、あの。あの二人って、その、お知り合い、なんですか?」

「……敬語のままだぞ」

「あ、ごめっ、ごめん……」


 今日の朝言われたばかりのことなので。つい敬語で話しかけてしまった。急いで謝る。

 カイはそんな私を一瞥して、目を細めながらも私の問いに答えてくれた。


「まぁいい。あの男はマルジと言って、国が公認しているある団体の長をしている男だ。師匠との関係は、まぁ、知り合いとしか聞いてないな」

「そ、そうなんですか」


 国が認めた団体? しかも、それの長? そ、それって、かなり偉い人なんじゃ……。

 あんな怖そうな人がそんな立場だなんてことが信じられなくて、思わずその男の人を見つめる。

 ……師匠と話しているのを見てると、意外と優しそうに、見えなくもない、かも?


「ああ、そうだ。丁度いいから、お前にこいつを紹介しておこう。レイラちょっと来い」


 それでも、できるだけ知らない人とは関わりたくないと思っていた私に、師匠がそう声を掛けてきた。


「え、あ、なんですか?」

「だから、来い。フード取って」

「え、そ、それは……」


 フードは、その、嫌だ。顔見られちゃうし……。

 朝から被ったままのフードの端を掴み、拒否の意思を伝えようとする。だが師匠は、そんな私の肩を掴んで、前の方に引っ張ってきた。


「えちょ、そんな強引に……」

「お? 何ですかこの子。アドレ師の彼女ですか?」

「いや、まさか。そんなんじゃない。こいつはただの弟子だよ。俺の二番弟子、レイラだ。ほら、自己紹介」


 彼は私の頭を軽くたたいて、その男性――マルジさんにそう言った。私にも。


「うぁえっと……そ、その、れ、レイラ、です……」


 や、やばい。緊張で何言えばいいのかわからない……冷や汗が……。

 そんな私の心中を察してくれたのか、マルジさんは私に何も聞いてこなかった。


「ほお、レイラちゃんか。可愛いねぇ。うちの娘くらいの年じゃないか。俺はマルジ。俺の仕事はちょっと特殊でな。名は『国家無償奉仕団体ボラ・ティーア』というんだが、聞いたことあるか?」


 あ、娘さん、いるんだ。意外に思って少し驚きながら、聞かれたことに首を横に振って答える。


「い、いえ……」


 国家、無償奉仕? な、なんだそれ。そんな言葉、聞いたことがない。しかも、『ボラ・ティーア』? それって、正しくは『ボランティア』じゃないのか?

 そのことを質問してみると、彼は、


「は? ぼらんてぃあ? 何言ってるの。俺達は誇りある奉仕団体『ボラ・ティーア』だ。間違えないでもらいたい」


 と、先ほど演説をしていた時のような真剣な表情で言ってきた。


「す、すみません……」


 その言葉の強さに、少し後ろに下がる。


「気を付けてくれ。それにしても、アドレ師もよくここまでか弱そうな子を弟子にしようと思いましたね」


 マルジさんは、私から目を話して再び師匠と話を始めた。


「いや、それがさ。こいつに頼まれちまったんだよ。弟子にしてくれってな。それに、こいつは全然か弱くなんかないぞ」

「ほんとっすか?」


 二人が私についての話でしばらくの間盛り上がり、蚊帳の外な私達弟子二人はもう十分くらい酒場の入り口で待ち続けた。


「そんでよぉ、こいつ、この間アケルで、町に入り込んできた大量の魔物の中に一人で突っ込んで、大怪我負ったんだぜ?」

「え、この子が、一人でですか!?」

「ああ。しかも、なんか変な剣持ってるし、身のこなしは無駄に凄ぇしさあ。もうおかしいんだよ。魔物に躊躇なくグサッと行くとことか、奴らをニコニコしながら切り刻むとことか」

「は、はぁ……」


 師匠の話を聞いて、目を丸くして私のことを見てくるマルジさん。見つめられるのと、話の内容が内容だったので、つい目を伏せてしまう。


「信じらんねぇだろ? 俺だってそうだったさ。でも、こいつは本物だ。左腕、血を流しすぎで倒れるほどの怪我してんのにけろっとしてるし……」


 ……この人、お酒が入ってないのによくここまで話が続くな。しかも私のことで。恥ずかしいし、マルジさんに引かれちゃってるじゃん……。

 そんな風に、いつまでも私の話をし続ける師匠に痺れを切らしたのか、カイさんが私に、


「レイラ。こいつらは放って置いて、そろそろ飯にしよう」


 と言った。


「は……う、うん」


 彼の言葉に頷いて、そろそろと、さりげなく二人の下を離れる。その時、困ったような顔のマルジさんと目が合った。彼は助けを求めるように、私とカイを交互に見ている。だけど、カイは気付いていない様子……いや、気付いてるけど、無視してる。

 えっと……ご、ごめんなさい。

 私も、心の中でそう呟きながら軽く頭を下げ、カイの後に続く。

 お店の中は、先ほど演説でうおーうおー行っていた人達が、思い思いの料理を自分のお皿に取り分け、食べていた。そんな人達の興味深げな視線を感じながら、奥の方にあったカウンター席に腰を落ち着ける。


「酒を頼む。後、軽い食事も」


 私の隣に座ったカイが、グラスを拭いているここのマスターさんにそう注文した。


「はいよ。そっちの嬢ちゃんはどうする?」

「あ、えっと、私は、普通のお茶とか、お水とかで……」


 酒場でお酒を頼まないのはどうかと思ったが、私はお酒を飲んだことがなかったし、あまり体に良くないとも思ったので、お酒は遠慮しておこうと思った。


「は? ……まぁ、見たところまだガキだし、いいか」


 マスターさんは一瞬何かを言いたそうにこちらを見たが、少し考えてからそう小さく呟いた後、渋々と注文の品の準備を始めた。こんな時だけ、子供扱いされていてよかったと思う。

 本当にすみません。言いたいことはわかってるんです。

 ここでも、心の中で謝っておく。心の中だけで。


「……なんだお前、酒はいらないのか」


 しかし、カイはマスターさんが言わなかったことを口にした。私を非難するような口調で。


「こういう所では、最初に酒を頼むのが常識だぞ」

「わ、わかってはいるんです。でも、私は、その……」


 こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないと思い言葉を濁すが、カイは私がお酒を頼まなかった理由を、


「酒が飲めないのか?」


 察してくれていた。


「は、はい」


 それならここに来るなよ、と言われそうだが、師匠とカイが来るのに、私だけ行かない訳ないはいかないと思って一緒に来た。

 正直、迷った。物凄く迷った。でも、結局来てしまった。難しい問題だったのだ。


「飲めないというか、飲んだことがない、というのが正しいんですけど……」

「飲んだことがない? なんだ、そういうことか。なら、一度飲んでみればいいじゃないか。ここは酒場だ。酒に関することは、マスターが教えてくれる」

「で、でも、その……私、お酒の臭いとか、苦手なので、私はまだお酒の味がわからないと思うんです。だから、今はまだ、やめておきたいんです」


 いざ飲んでみて、やっぱり無理、と言って残してしまうのも嫌だ。


「そうは言っても、酒を飲むのには慣れも必要だからな。というかお前、敬語。俺に使うなって言っただろ」

「あっ、ご、ごめん……」


 カイに注意されて、また彼に敬語を使っていたことに気付いた。自分でも注意しないと。


「気を付けてくれよ」

「は……うん」


 正直言って、今日の朝言われたばかりのことだから、間違えてしまうのは仕方のないことだと思う。だけど、この人はそんなことお構いなしにずかずか言ってくる。こっちのことも考えてほしい。

 そんなことをしている間に、カイが頼んだお酒と食事、それと、私がお願いしたお水が出てきた。


「はいよ。酒と食事だ」

「どうも」

「すまんが嬢ちゃん、ここに茶はない。水で我慢してくれ」

「あ、はい。別に、私は何でもいいです。その、アルコール類じゃなければ……」


 カウンターに出されたお水を飲み、一息つく。

 はぁ……今日も色々なことがあったな。朝から師匠の呼び方変えなくちゃいけなくなるし、カイに敬語使うなってもう一回言われるし、宿の女将さん相手に上手く喋れないし……ほんと、アドレさんの弟子になって、大変なことばかりだ。

 それでも、アケルからこの町に来て新しい世界を知ることができた。私の記憶に進展はないけど、旅というのが楽しいことだと知った。これからの生活でどんな新しい発見をするのか、楽しみでしょうがない。

 しばらくの間、ここ五日間の馬車での旅のことを思い出して感慨にふける。


「はぁ……」

「どうした。ため息なんてついて」


 私がボーっとしていた間に頼んでいた枝豆を食べていたカイが、私に話しかけてきた。


「いや、その……馬車で旅するのも、悪くはないなぁって」

「ん? ああ、お前にとっては初めてのことか。だが、そのうちこれが当たり前になるから、何年も経つとつまらなくなるぞ」

「でも、私にとっては新鮮だったんです。色々なことが」


 これからもこういうことがあるのかと思うと、わくわくしちゃう。


「そうなのか。ほら、お前も食え。何か食いたいものがあったら頼んでもいいからな。金は俺が出す」

「え、そ、そんな、お金を出してもらうのは……」


 奢ってもらうのは気が進まない。遠慮する私に、カイは、


「じゃあ、師匠に出してもらう。どうせお前の持ってる金だって師匠からの物だし、同じだろ」


 と言った。


「そ、それは、そうですけど……」


 あ、敬語使っちゃった。今度は自分で気付くことができた。


「そうだけど、でも、やっぱりお金を払ってもらうのは、ちょっと……。


 保護者ならまだしも、先輩のような関係のカイにそういうことはしてもらいたくない。


「お前は本当に変なところで遠慮するな。別に、そんなこと気にしなくていいぞ。金は十分にある。それに、俺が持ってる金だって師匠から給料としてもらっている物だ」


 カイはそう言って、私に枝豆のお皿を寄せてきた。

 ……流石に遠慮しすぎ、なのかな。


「じゃ、じゃあ、いただきます」

「あぁ、全部食ってもいいぞ。俺はまた別のを頼むから」

「あ、そ、そう……」


 やっぱり申し訳ないと思ってしまった。

 それからしばらく、二人で枝豆やから揚げ、残っていた干し肉などを食した。美味しくないけど、食べないと無くならないから。

 カイが二杯目のお酒を頼んだところで、ようやく話を終えた師匠が私の隣に座った。


「いやー、やっぱり知り合いと話すのはいいな」

「あ、師匠。もうお話は終わったんですか?」

「ああ。あ、マスター。俺にも酒を一杯頼む。度が強いやつな」


 師匠がマスターさんにそう注文した後、私の飲んでいるお水を見て、


「ん? 何だお前、折角の酒場なのに酒じゃないのか?」


 と、カイと同じことを言ってきた。


「は、はい……私は、お酒を飲んだことがないので」

「あ、そうか。って、お前この間までそういう所で働いてなかったか? それなのに、酒飲めないのか?」

「それは、そうでしたけど……働いているからって、お酒が飲める訳じゃないですよ」


 師匠が言っているのは、アケルで私が働いていたフェニさんの宿でのことだろう。あそこは夜になると食堂が酒場のようになるから、お酒くらい口に入れているはずだ、と。でも、現実は違うのだ。


「そうなのか。それなら、まぁ、仕方ないか。でも、一口くらいは飲んでみたらどうだ? もしかしたら飲めるかもしれないぞ? 何事も経験だ」

「で、でも、私、お酒の臭いが苦手なので、まだ味がわからないと思うんです」


 さっきカイにしたのと同じ説明をする。


「んー、でもなぁ。これからは誰かと酒を飲みかわすようなことがあるはずだから、今のうちに慣れといた方がいいと思うんだよな」


 だけど師匠は、そう言って私にお酒を勧めてくる。

 ……本当は、お酒は身体によくないって知ってるから、飲みたくないんだけどなぁ。でも……師匠が、そう言うのなら、挑戦、してみようかな。


「う~ん……じゃ、じゃあ、その、少しだけ……」

「よーしわかった。マスター、ストローあるか?」

「ストロー? ……はいよ。これでいいか」

「おう、サンキュー」


 マスターさんは、師匠が新しく頼んだストローとお酒を一緒に出してくれた。

 ドンッ、という重量感ある音と共に、カウンターの上に出されるグラス。中身が少しこぼれてしまうが、二人はそんなことを気にしていない様子。


「おーきたきた。いやー、酒は一週間ぶりだな」


 師匠はやけに嬉しそうに言って、グラスに刺さった木でできているストローを私の方に向けた。


「ほら、少し飲んでみろ」

「は、はい」


 うぅ、緊張するなぁ。

 初めてのお酒ということで、ストローを持つ手が少し震える。


「一口だと少し多いかもしれないから、数滴程度にしとけ。度が強いやつのはずだから」


 そう言う師匠に頷いて、木の管に口を付ける。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ……。

 ゆっくりと、少しだけ息を吸って、師匠が頼んだお酒を少しだけ口に入れる。口に広がる冷たい感覚。それを感じた後、すぐに口を離して飲みこむ。


「……うっ」

「どうだ?」

「えっと……その、苦い、です」


 思わず顔をしかめてしまうほど。


「なんか、変な味がして……美味しくないです」


 大人の人は、よくこんなのが飲めるな……。


「そうか……ま、最初はみんなそんなもんだ。これから慣れてってくれ」


 率直な感想を述べた私に、師匠はそう言って、ストローを抜いたグラスに口を付けた。ゴクゴクと喉を鳴らし、とても美味しそうに飲んでいる。

 ほんと、なんでそんな風に飲めるのかなぁ。


「あぁ~……やっぱ酒は美味いな」

「そ、そうですか」


 私には理解できない。あの味を美味しいと感じられるなんて。正直、味覚がおかしいんじゃないかと思って少し引いた。


「そうだぞ。なんてったって一週間ぶりだからな」

「は、はぁ」


 やっぱり、私にお酒は早かったようだ。お酒は二十歳になってから。それが一番だろう。身体的にも、法律的にも。


 その後、二人が注文したご飯を食べながら、酒場のマスターさんや先ほどの無償なんちゃら団体の人達に、色々な話を聞いた。

 もうあの団体のこと呼びにくいから、勝手にお手伝いさん達と呼んでいたりする。

 この町のこと、ボラ・ティーアのこと、この国のこと。マスター以外は全員お酒が入っているからなのか、みんな赤い顔で快く教えてくれた。


「この町は、なんてーか、静かすぎたんだよ。だから、俺らが呼ばれたって訳」

「そうか。マスター、この町はどうしてここまで人が少ないんだ?」


 顔が少し赤いスキンヘッドの男の話を聞き終えた師匠が、マスターさんに質問をした。


「……二、三年くらい前から、水不足が深刻になり始めたんだ。干ばつが酷くなってな。それからずっと不作なんだ」


 その話はお昼にも聞いたな。そのせいで人が少なくなったんだっけ。


「それからだ。町に活気がなくなったのは。みんなここを離れて行った。俺達も、そろそろ出ていくべきなのか迷っていた。そんな中に、この人達が来てくれたんだ。一晩騒がしてくれたら、ひと月の間、町を元に戻す手伝いをしてくれるって」

「そうなのか」

「そうなんだよ」


 ちょっとだけ嬉しそうな表情のマスターさんの言葉に、いつの間にか近くにやってきていたマルジさんが頷いた。


「ちょっと前、ここから流れてきた人に頼まれたんだ。この町は今廃れている。どうにかして、昔のような町にしてくれってな」

「へぇ、相変わらずお人よしなことで」

「何を言う。俺達はお人よしの集まりだぞ。これくらい当然のことだ」


 そんなことがあったんだ。

 自分の知らない話を聞いて素直に感心していると、カイがその話についてメモを取っているのが目に入った。


「え、えっと、カイ? その、何してるの?」

「ん? ああ、見てわからんか。聞いたことを書いているんだ」

「な、なんで?」

「これが俺の仕事だから。酒が入ってもやることは変わらん」

「そ、そうですか……」


 凄い、頑張ってるな。

 横から少し覗いてみるが、彼が何を書いているのか、やはり私には理解できなかった。カイもすぐに手で隠してしまったため、もう見えなくなってしまったが。


「覗き見はよくないぞ」

「ご、ごめん。でも、私、字読めないから別に見てもよくわからない記号にしか見えないんだけど……」

「ああ、そうだったな。なら別にいいのか」


 彼はそう言って手を退けた。ああ、別にそのままでもよかったのに。私以外の誰かが覗く可能性があるから。


 他にもいくつかの話を聞き、みんなのお腹がほど良く膨れた頃。この酒場での用事が終わったので、宿に戻ることになった。


「マスター、お勘定頼む」

「はいよ」


 結局、師匠がカイと私の分の代金も払ってしまった。


「さて、じゃあ帰るか」

「そうだな。今日の所はこれくらいでいいだろう」

「十分すぎるくらい情報が集まった。これなら、本当にここは切り上げてもいいかもな。美味かったよマスター。また来る」

「えと、ごちそうさまでした」


 そう言って、酒場の暖簾のれんをくぐる。


「ふぁぁ……今日は何か、少し遅い時間まで起きちまってたな」


 外に出るなり、師匠が大きなあくびをしてそう言った。

 外は昼間よりも少し温度が下がり、ちょうどいいくらいの気温になっていた。私もあくびをしそうだ。


「レイラ。お前は帰ったらすぐに寝ろよ」

「え、なんでですか?」


 師匠と同じように眠たそうな顔のカイの言葉に、首を傾げて問いかける。

 確かに少し遅い時間だけど、これくらいならまだ大丈夫じゃないかな?


「明日は早く起きることになる。だから、できるだけ早く寝た方がいい」

「あ、そうなんです……そ、そうなんだ。わかった」


 朝が早いのなら、カイの言う通り寝るのも早くしないといけないな。早寝早起きは大事だ。


「あの、早く起きるのいいんですけど、そんな早く起きていったい何をするんですか?」


 納得はしたけど、念のために理由を聞いておく。


「そりゃあ、明日になってからのお楽しみだろう。今教えちゃつまらん」

「そ、そうですか……」


 しかし師匠はそう誤魔化して、何をするのかを私に教えてくれなかった。


「明日になればわかる」

「はぁ」


 とりあえず、今日の所は少しモヤモヤした気持ちのまま宿に戻った。

 一階にいた女将さんから鍵を受け取り、自分達の部屋に入る。


「ふぅ。ようやく今日が終わるな」

「そうだな」

「そうですね」


 ベッドに腰掛けながら、師匠の言葉に同意する。本当に、今日は長い一日だった。疲れたなぁ。


「さ、レイラはもう寝ろ」

「わかりました」


 師匠に促され、靴と靴下を脱いで布団に潜り込む。


「それでは、おやすみなさい」

「おう、おやすみ」


 挨拶をして、目を閉じる。そして、閉じてから思った。あれ、一人だけ早く寝るって、私、子ども扱いされてない? と。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日の朝。


「おい、起きろ。朝だぞ」


 というカイの声で、私の目は覚めた。


「ん……ん、あ、カイ、さん?」

「おい、敬語」


 その厳しい口調に体を起こすと、目の前にカイさ――カイの厳しい顔があった。


「……ご、ごめん」


 朝から注意されちゃった……。

 少し暗い気持ちになりながら、目を擦ってゆっくりと布団を跳ね除ける。


「ほら、さっさと来い」

「え、ちょ、どこにいくんで……の?」


 まだ窓の外は薄暗いのに、出かける? ていうか、アドレさ……し、師匠は?

 周りを見回して、昨日、寝る前はいたはずの師の姿を探す。


「いいから来い。師匠が待ってる」

「え? は、はい……」


 彼はもうどこかに行ってしまったらしい。そして、私達もこれからそこに行くと。なんだかよくわからないけど、何となく状況は理解できた。

 急いでベッドから出て、靴と靴下を履いて服と髪の乱れを直し、眼帯をちゃんとしてるか確認してから、カイの後に続いて部屋を出た。


「そ、それで、その、どこに行くの?」


 師匠が待ってるって言ってたけど、やっぱり気になる。


「宿の庭だ。すぐ隣のな」

「そ、そう……」


 この宿に庭なんてあったんだ。

 少し驚きながらも足を進め、一度外に出てから建物の隣の空いた土地に来た。

 外は少し寒いな。上着を着て来てよかった。


「お、来たな」


 そこには、師匠が三本の木刀を持って、私達を待っていた。


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