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義眼の少女は異世界を旅する  作者: 夜寧歌羽
第二章 辛く厳しい世界へと
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第十三話 人見知り

「う、ううんと、すすみ、すみません……こっ、この宿に泊まりたんです、けどぉ……」


 ドアの呼び鈴を鳴らしながら、宿屋さんと思わしきお店の中に入り、ここの女将さんと思わしき人にそう声を掛ける。

 師匠に宿を取って来いと言われたから、一番近かった宿屋さんを選んだけど、大丈夫、かな……。


「……客かい?」

「は、はははい」


 うぅ、まったく知らない人と一人で話すのが怖くて、上手く喋れない……。


「何人だい?」


 彼女はそんな私のことをチラッと見て、まるで興味がなさそうにそう聞いてきた。


「え、ええと、さ、さ、三人、です……」

「……一人にしか見えんが、三人なのかい?」

「うぅえと、それはその、そ、外に待ってるんです。ふ、二人が、残りの……」


 うわ、語順が変になっちゃった。どうしよう、どうしよう。


「そうかい。……三人部屋でいいかね」

「は、はい」

「部屋の等級はどうするかね?」


 え、と、等級? い、いったいなんのことだろう……?


「うあえと、その、ふ、普通で……」


 頭が半分真っ白になりながら、とりあえずそれっぽいことを答えておく。

 た、多分、こう言っておけば問題ない、よね……。


「他に、何か要望はあるかね」

「よ、要望……えと、えっと……」


 そ、そんなこと言われても、何を言えばいいのかわかんないよ……。

 何をどうすればいいのかわからずに戸惑う私を見た女将さんが、少し呆れた表情をしながら聞いてきてくれた。


「食事は?」

「食事……は、えっと、お、お願い、します」

「他は?」

「えっと、えっと、た、多分、大丈夫、です……」

「そうかい。で、早速部屋に行くのかい?」

「あ、あ、と、その前に、待ってるのを、よ、呼んでもいいですか」


 女将さんが頷くのを確認してからお店の外に出て、外で待っていた二人の下へ行く。


「はぁ~、はぁ~……や、宿、取ってきましたよ……」


 彼らは息を切らして駆け寄ってきた私を見て、少し驚きながらもお礼を言ってきた。


「おう、ありがとう。……ところで、なんでそんなに息を切らしてるんだ?」

「それは、つ、疲れたんですよ。ひ、一人で他人ひとと話すのが、怖くて……」

「そんなにか?」

「こんなにです……」


 もうやだぁ。知らない人と話なんかしたくなぁいよぉ。

 そんな泣き言を言いそうになるがぐっと堪えて、二人を連れて宿屋に戻る。


「え、えと、その、それで、お部屋はどこでしょうか……」


 女将さんは戻ってきた私をチラリと見て、次いで二人をチラリと見てから、無言で鍵を差し出してきた。


「あ、ありがとうございます……」


 私がその鍵を掴むと、女将さんは鍵を離す前に言った。


「どのくらいいるつもりなんだい」

「あ、えっと、その、それは……」


 わ、私じゃ決められない……。

 助けを求めるようにアドレさん――師匠の方を見ると、彼は少し困った顔になりながらも私の言葉を継いでくれた。


「一週間で頼む」

「……はいよ。代金は後払いだが、食事の代金は先に払ってもらうよ」

「おう。後払いとは珍しい場所だな」

「心配なら今払うかい? 部屋代だけで千百二十セルになるよ」


 女将さんのその言葉に、師匠は少し考えた後、


「……半分だけ払っておこう」


 と言った。その後、彼はすぐ私に指示を飛ばしてくる。


「ほらレイラ、金を払ってくれよ。多分足りるから」

「は、はい……」


 急いでさっき師匠からもらったばかりの袋を取り出し、中から先ほど女将さんが言っていた金額の半分、五百六十セルを数えて出す。


「こ、これでいいですか?」

「……確かに、半分もらったよ。残りは一週間経ったら払っておくれ。半分払ってくれるのなら、食事の代金もその時にもらうよ」

「うい。じゃ、一度部屋に荷物を置いた後、朝食を頂きたい。準備してもらえるか」

「はいよ。あんた達の部屋は二階の四号室だ」


 二人の会話が終わったので、三人で一緒に、今回私達が泊まる部屋に向かった。やっぱり、師匠がここに直接来ればもっと円滑に話が進んだのではないか、なんて考えながら。


「ここだな」


 そのお部屋は、アケルで泊まっていた宿とは大きな違いはなかった。ベッドも机も椅子も、ほとんど同じ形で同じ数ある。違う所を挙げるとすれば、窓から見える景色くらいだろうか。


「……なんか、普通、だな」


 部屋に入るなり、カイさんがそう呟いた。


「え、えっと、さっき、部屋の等級が~とか聞かれたので、ふ、普通でって答えたんですけど、大丈夫、でしたか?」


 恐る恐る、さっきのやり取りで不安だったことを聞いてみる。女将さんの言っている意味がわからず適当に答えたが、本当にあれでよかったのだろうか。

 すると二人は、


「んまあ、それでいいんじゃないか? 悪いよりはいいし」

「良すぎるのも困りものだから、これくらいでいい」


 そう言って、持っていた荷物を床に下した。


「よ、よかったぁ……」


 二人の言葉に安心した私は、どーん、とフカフカのベッドに身を投げ出した。

 よかったよぉ……何か変な間違いとかしてなくて。


「おいおい、いきなりどうした」

「……疲れたんです」

「疲れた? さっきもそんなこと言ってたな。まぁ、初めての馬車だったし、仕方ねえか。でも、飯ぐらいは食おうぜ」


 そんなことを言う師匠に、私は違うと首を振った。


「少し、違います。確かに馬車での移動も疲れましたけど、さっきまでの女将さんとの話の方が、その何十倍も緊張して、疲れました……」


 今ではもう乾いているけど、話している最中は冷や汗とか手汗とかが半端なかった。やばいやばいどうしよどうしよって、頭の中がそんな言葉で埋まりかけたよ。


「そこまでか……お前、そんなに人見知りが激しかったか?」


 全く面識のない人と、どういう風に話したらいいんだろう? どこを見て話せばいいんだろ?

 それがわからなくて、あんな風にどもってしまった。人と話すのは、やっぱり怖い。


「もう嫌です。もうあんなことしたくないです」


 枕に顔を埋めてそう言う。


「そう言われてもなぁ。これからはずっとお前にやってもらおうと思ってたんだが……」

「えぇー」


 そんなの聞いてないよ……でも、この人の下にいる限りは従わないといけないんだよな。はぁ、思ったより厳しい生活になりそうだ。


「わかり、ましたよ……」

「いい返事だ。それじゃあ、早く飯食いに行こうぜ。腹減って仕方ねぇ」

「はい」


 よいしょ、と言いながらベッドから立ち上がる。


「私もお腹ペコペコです」

「んじゃ行くか。っと、その前に、渡した金を返してくれないか?」


 あ、そう言えばまだ持ってたままだった。金貨とか入ってたし、早く返さないと。


「あ、はい。どうぞ」

「おう」


 師匠に袋を返す。すると彼はその中から銀貨を数枚取り出して、私に渡してきた。


「ほらよ」

「え? えと、くれるんですか?」


 私はまだ働いてもないし、お手伝いも何もしてないのに……。

 どうしてお金をくれるのかわからなくて、受け取っていいのかどうか迷っていると、彼は、


「小遣いだ。お前も欲しいものくらいあるだろう?」


 と言って、もう一度私の方にお金を突き出してくる。


「えっと、特にはない、ですけど……」


 欲しい物なんて、今の私には何もない。もしできても我慢するつもりだ。それに、小遣いって言葉が……私はこの人の子供じゃないのに。


「そうなのか? お前は欲がねぇなぁ。まぁでも、必要になることがあるかもしれないし、とりあえず貰っといてくれよ。ないよりはましだろ?」

「それは、そうですけど……」


 師匠の言いたいことはわかるけど、うーん……。


「やっぱり、働いてもいないのにお金をもらうのは、ちょっと」

「む、そうか。なら、これは前払いってことにしよう。最低でも、この金の分だけは働いてくれ。で、この金に見合う働きをしたら、また前払いで追加を渡すってことで」


 前払い? ……小遣いよりは、良い表現かな。


「そういうことなら」


 渡されたお金を受け取って、荷物の中に入っていた小さめの革袋に入れる。それを上着の内ポケットにしまってから、もう一度一階に降りた。


「食事はできてるよ」

「ありがとう」


 頼んでいた食事はすでに用意されていて、机の上に置かれていた。用意してくれた温かい朝食が置かれている席に着き、いつものように手を合わせて一言、


「いただきます」


 と言って食べ始める。

 ……うん。やっぱり、馬車で食べてた干し肉よりは美味しいな。毎日三食干し肉と水ばっかりの生活が、やっと終わったのかぁ……。

 そんなことに感動しながらよく味わって食べる。特に話もせず、静かな食事だった。


「ごちそうさまでした」


 三人ともほぼ同じタイミングで食べ終え、一息つく。


「あぁ……美味かったな」

「そうですね」

「やはり、こういう食事の方が美味い。魔物の干し肉なんか比べ物にならん」

「だな。まったく誰だよ。タダ同然だからってあんなに干し肉ばっか買い込んだ馬鹿は」


 頬杖を突きながらぶすっとした顔でそう言う師匠。あれ? それって、確か……。


「えっと……保存食を買ったのって、あど……し、師匠、じゃなかったですっけ?」

「ああ、師匠が買ってきたな。一週間分を三セルで」


 え、何それやっす。本当に売り物なのか?


「……そんなに安かったんですか」

「まぁ、魔物の肉が大量に余ってたからな。あの町は、これからしばらくは肉に困らないだろう」


 た、確かに、肉が大量にあるからお肉に困ることはないと思うけど、


「そのお肉の処理で困っていると思いますけどね。今頃」

「だろうな」


 お手伝いできなくて本当に申し訳ない。あの人達は今、何をしているのだろうか。


「そんなことよりレイラ」


 アケルにいるはずのフェニさん達のことを考えていた私に、カイさんがそう話しかけてくる。


「あ、はい。なんですか?」


 カイさんからなんて、珍しいこともあるものだな。

 この人はたまにしか私と話をしないので、こういう風に話をする時はいつもそんなことを考えていた。


「俺、前に言ったよな。俺なんかに敬語を使わなくていいと」

「あ、えと、そ、そうでしたね」


 そんなこともあったような気がする。


「それが、どうかしましたか?」

「お前、まだ俺に敬語使ってるだろ」

「は、はい……」


 あれから一ヶ月くらいたったけど、私はまだ、カイさんに敬語を使っている。止めろと言われても、止める気がないからだ。

 今までは、嫌そうな顔をされはしたが、言葉で嫌だとは言われなかったので大丈夫なのかと思っていたが、今日もう一度言ってきたということは、本当に嫌だと思っているのだろう。

 そのことを怒られるのかと思い、少し身構える。


「なぜやめてくれない」

「そ、それは……」


 どうしてこの人は、私の敬語をここまで拒むんだろう。

 疑問を抱きながら、慎重に言葉を選んで彼の問いに答える。


「……カイさんの方が、私よりも絶対に年上ですし、私も、カイさんと同じようにアドレさんの弟子になった訳ですから、その、カイさんの方が、私よりも弟子として先輩ですし……」


 真剣な表情のカイさんから少し目線を逸らし、理由を伝える。


「やっぱり、そう言う上下の関係はないといけないと思うんです」


 というか、あるのが普通だ。どんな学校でも、職場でも、身近な家庭でも、そう言う上下関係は自然とできている物だから。

 そう言う私に、カイさんは少し表情を崩して言った。


「何言ってんだ。俺は、そんなこと関係ないって言ってるんだ」


 意外だった。いつもならあまり表情を変化させずに、そうか、という一言で流されてしまうような話なのに、まるで師匠のようにそう言ってくれるなんて。

 思わず、今まで見れていなかった彼の目を見つめる。すると今度は、カイさんの方がさっきまでの私のように、気恥ずかしそうに少し視線を逸らした。


「……折角同じ弟子になったんだから、俺としては、先輩後輩の上下など関係なく接してほしいと言っているんだ」

「そ、そう、ですか……」


 カイさんがそんなことを言ってくるなんて……凄く、珍しい。話しかけてくることよりも。上下の関係なく接してほしいなんて、私の知っているカイさんはほぼ絶対に言わないと思っていたことなのに……。

 何だろう。この人少し、丸くなった?気がするな。


「へぇ。カイお前、そんなにこいつの敬語が嫌だったのか」

「……うるさい」


 師匠も意外そうにカイさんのことを見て、意地悪そうにニヤッと笑っている。お互い抱いている感情は同じようだ。


「とにかく、これからはそうしてくれ。いいな」

「は、はい。えっと……気を、付けます?」


 カイさんがそうしてほしいのなら、そうするべき、なのかな?

 彼の強い口調に、私は自分でも気付かないうちに頷いていた。


「……敬語のままだぞ」

「あっ、す、すいま……」


 敬語のことを注意され、思わずまた敬語で謝ろうとすると、カイさんにキッと睨まれてしまった。そのとても怖い顔に一瞬背筋が冷たくなり、裏返った声で謝る。


「……ご、ごめん」

「それでいい。これからは、俺のことも呼び捨てでいいからな」

「は……う、うん」


 慣れないタメ口に戸惑いながらも、一応頷いた。

 呼び捨てってことは、これからは『カイ』って呼ばないといけないのか……師匠のことといい、カイさ――カイのことといい、どうしてみんな、私に呼び方を変えさせようとするのかな。面倒臭くて仕方ないというのに。


「さて、話も上手くまとまったようだし、そろそろ行くか」

「そうだな」


 二人がそう言って席を立ったので、私も同じように立ち上がる。


「少し出かける。帰るのは夜になると思う」


 師匠は女将さんにお金を払った後、鍵を渡してそう言った。


「はいよ」


 彼女はやはり、あまり興味がなさそうにそう言って、私達を送り出した。


 宿の外に出て、アケルとはまた違った建物やお店の品物を見ながら師匠とカイさ――カイの後ろに付いて行く。そんな中で、ずっとわからなかったことを師匠に聞いてみることにした。


「あ、あの」

「ん? なんだ?」

「えっと、その……わ、私は、何をすればいいんですか?」


 この人達がどんなことを生業としているのかは知っているけど、具体的に何をどうしているのかは知らない。でも、私はもうこの人の弟子なのだから、知っておかないとお仕事ができないと思って、ずっと聞きたかった。

 馬車に乗っている間にも聞くチャンスはあったと思うが、あまりにも平穏すぎて、そういったかしこまったことを聞く気にはなれなかった。


「ああ、仕事の話か。そうだな。じゃあ、お前はしばらくの間、俺らの後ろで見ていてくれよ。本当はメモか何か取らせたいが、お前、字が書けないし読めないんだよな?」

「は、はい」


 今日は覚えてたのか……あの時は忘れてたくせに。

 頷いた私に、師匠は少し考えてから言葉を続けた。


「やっぱり、そうだよな……わかった。詳しいことは宿に戻ってから教えるから、今日のところは見学ってことにしといてくれ」

「わ、わかりました……」


 見学……とりあえずは見て覚えればいいという感じかな。それにしても、まさかここで字が読み書きできないことが響いてくるとは、思ってもみなかったよ。頑張って、早く文字を勉強しないと。私が使える文字じゃ、誰も読めないから意味がないんだ。

 そういうことで、私は今日一日、二人の仕事ぶりを見守ることになった。


「さて、カイ。まずはどこへ行くべきだと思う?」

「そうだな。とりあえずは、夜情報を集めるために酒場の場所に目星を付けて、後は適当に歩きながら最近の噂を耳に入れるべきだろうな」


 師匠が私のことをチラッと見てカイさんに話しかけると、何かを察した様子のカイさ――っとと、カイが、まるで誰かに説明するような口調で師の問いに答えた。


「それでいい。いつもの定番だな」


 師匠はそう言って、もう一度私のことをチラッと見た。

 ……わかりやすい人達だな。後でそれとなくお礼を言っておこう。


 それから二人は、先ほど言っていた通り町を歩いて何件かの酒場の様なお店の前を通り過ぎながら、私を含めた三人で他愛のないことを話しつつ、道行く人の話を断片的に聞いて回った。

 そして、お昼時。


「……そろそろ飯にするか」


 という師匠の一言で、私達は近場の食堂のようなお店に入った。


「いらっしゃいませ! 三名様っすね?」

「ああ」


 とても元気のよい店員さんに案内されて、外の景色が見える席に座る。


「ご注文は?」

「そうだな……この店のオススメとかあるか?」

「オススメっすか? そーですねー……自分個人の感想になるんすが。この、温野菜に包まれた優しい豚や焼きが、とても美味しいっすよ。どうですか?」

「お、そうか。じゃあ、それを三つ……」


 メニューのような紙を示しながら告げた、ちょっと、その、や、優しそうなお料理を頼もうとしていた師匠が、確認するかのように私のことを見てきた。

 その動作で彼が何を言いたいのかを察したので、私は、特に嫌いな食べ物もないので問題ないという意思を込めて頷いて見せる。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。三つ頼む」

「わかりやした。しばらくお待ちください」


 元気のよい青年が厨房の方に向かったのを見届けた師匠は、他のお客さんのことを気にしながら、


「さてと、それじゃあ、これまでに聞いてきた話を整理するか」


 と言った。


「話を整理、ですか?」


 は、話って言っても、私もこの二人も、誰にも話聞いてないじゃん……。

 そんなことを口にする前に、師匠が私の言葉に頷いてしまった。


「そうだ。俺らがここに来るまで、色々な噂話を聞いてきただろ。その情報を交換するんだ。後、この町を少し歩いて感じた雰囲気とかもな」

「は、はぁ」


 確かに、歩いている間に買い物途中の主婦さん達の世間話や、帰宅途中の主婦さん達の世間話、見るからに暇そうなお肉屋さんの独り言などが耳に入って来たけど、それを情報と言ってもいいのだろうか。


「じゃ、レイラ。お前は何か、気になることはあったか?」

「え? わ、私ですか?」

「ああ、どんなことでもいいぞ」


 そ、そんな、いきなり……まだ納得できていないって言うのに……

 唐突に質問されて、一瞬何を言えばいいのかわからなくなってしまう。


「お前が感じたことを聞かせてくれ。そうだな。アケルとの違いでもいいぞ。比べた方がわかりやすいだろうから」

「違い、ですか……」


 んー、そうだな……。

 窓の外を見ながら考える。


「……人が、少なくて、活気がない、ですね。アケルと比べると、とても静かで、寂しい感じがします。寂れている、訳じゃないと思うんですけど、みんな元気がないというか、気持ちが入っていないというか……」

「ほう。確かにそうだな。でも、それは単に、この町の特色なのかもしれないぞ?」

「でも、それにしてはおかしいんですよ。さっきの主婦の人達の話で、昔はもっと人が多くて活気が云々って言ってましたし、最近は子供や若い人達が少なくて人手が足りないって言う話をしてたじゃないですか」


 ついさっきすれ違った三人が、少し暗い顔をしながら話していたことだ。ずっと気になっていた。


「ほうほう。よく聞いてるな。目の付けどころもいい。他にはあるか?」

「他には……」


 アケルのことを思い出していると、さっき挙げたこと以外に気になっていることを思い出した。


「あ、一つ、思い出しました」

「お、何だ? 何でもいいぞ。どんなことでもいいから教えてくれ」

「また、アケルと違うところなんですけど、この町には海がないからなのか、やけに熱く感じますね」


 今までは、上着を着ていても熱いとも寒いとも感じなかったのだが、この町に着いてからは、ずっと上着を脱いでもいいと思えるほど気温が高いと感じていた。

 汗を掻くほどでもないけど、少し不快だ。カラカラしてるし。


「あー、それか。確かにそうだな」


 私の言葉を聞いた師匠はうんうんと頷いて、この温度変化の理由を話してくれた。


「アケルはそこまででもなかったんだが、この国全体で見ると、気温が年々上がってきているんだ。温暖化、というんだったか。それのせいでな」

「温暖化……?」


 どこかで聞いたことがる言葉だ。どこで聞いたんだっけ、いつ聞いたんだっけ……うーん、やっぱり思い出せないや。

 と、そこでさっきの青年が注文したご飯を持ってきたので、一旦話を止めた。


「はいどうぞ。温野菜に包まれた優しい豚焼きです。三つです」

「お、さんきゅ」

「注文の品は以上ですね? それではごゆっくり」

「うい」


 彼が運んできたのは、その名前の通り温められている野菜に焼かれた豚肉が包まれているお料理だった。

 た、確かに、豚肉がとても優しそうに包まれてる。ロールキャベツのように何かできつく縛っている訳でもなく、ただ優しく、包んである。見たことのない感じの料理だけど、なんだかとても美味しそう。


「じゃ、話の続きは飯を食ってからな」

「あ、はい。いただきます」


 美味しそうな見た目のそれを実際に口に入れてみると、本当に美味しかった。盛り付け方だけではなく、味にも優しさを感じる。

 あぁ……こういうご飯を食べると、無性にお米が欲しくなってくる。フォークとナイフじゃなくて、お箸を使いたい。ご飯が、白米が食べたい。どこかに玄米でも落ちてないかな……。

 そんなことを考えながらも昼食を食べ終え、お腹がほどよく膨れた頃、空になったお皿を回収しに来た店員さんに、師匠が話しかけた。


「あ、すまん。ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ああはい。なんでしょう?」


 青年は手を止めて、師匠の話に耳を傾ける。


「俺ら、今日この町に来たばっかなんだが、ここの、何か、特産とか名物とかはないか? 知り合いへの土産にしたくてな」

「ああ、土産ですか? そうっすねぇ~、特産ねぇ……んー、昔は果実ニンジンとか、二口イモとか色々あったんですけど、今はちょっと、そういうのはないっすかね~」


 頭を掻きながら、困ったように彼は言う。


「最近……ここ数年くらい不作続きなんで、そういう物も、もう作ってないんすよぉ」

「あー、そうなのか」


 不作続き? そう言えば、そんな話をさっき聞いたような気がするな。あ、もしかしてこの人、その話の裏を取るつもりだったのか?


「はい。作る人がいなくなっちまいましてね。今では、みんながみんな生活するために必死で、名産品を作る余裕がないんすよ。名産を作って売ればいいかもしれませんが、土地も乾燥して、作れる状態じゃないので……」

「そうか……じゃあ、土産はまた別の場所で買うことにするよ。教えてくれてありがとな」

「すいやせん。力になれなくて」


 そんな話をした後、お金を払ってそのお店を出た。


「……若手が少ない、というのは本当のようだな」

「ああ。恐らく、そのせいで昔より活気がないんだろう」


 さっきの店員さんの話について話し合う二人の会話を聞いていると、少し気になる言葉があった。


「え……昔よりって、お二人は、ここに来たことがあるんですか?」


 知らなかった。ていうか、何で話してくれなかったんだ。


「おう、あるぞ。ここは、八、九年くらい前だったか。あの時はもっと人がいたな。みんな畑で仕事をしていた」

「え、じゃ、じゃあ、あの時私が言ったことは正しかったんじゃないですか」


 さっきのお店で私が言った、人気がない、という言葉に対して、師匠は、この町は元々そういう所なのかもしれないと言った。仮定の形ではあったけど、あの時師匠は、私に嘘を言っていた、ということになる。

 そう口を尖らせて訴えると、師匠は私のことを振り返って、なだめるように言ってきた。


「まぁまぁ、そう怒るなって。あれは俺なりに、お前がちゃんと話を聞いていたのかを試したんだって」

「た、試したって……」


 つあり、あれも修行だったということか……わかりにくいよ。


「先に言ってくださいよ……」


 彼が何をしたかったのかを理解するが、やり方が少し気に入らない。

 肩落としてそう告げる私に、師匠は、


「それじゃあ意味がないだろう。な?」


 と、カイさ――カイに同意を求めた。


「ああ。こいつの弟子になったんだから、毎日、どんな時も修行だぞ」

「え……」


 そ、そうだったのか……じゃあ、これからはいつどんなことがあってもいいように、どんな時も気を引き締めてないと。頑張って、この人のやり方を受け入れるんだ。それが嫌でやめるとか、自分が許せないし。

 また一つ新たな決意をした私に、師匠が言った。


「そういうことだ。ま、気負いすぎない程度に意識しといてくれや」

「はい。頑張りますっ」

「おう、その意気だ」


 小さく拳を握って、やる気を見せる私の頭を撫でくる師匠。

 むぅ、私は子供じゃないのに……でも、ちょっと嬉しい、かも。


「じゃ、まだ見てない他の場所にも行こう。ここは狭い町だから、夜までには終わるだろうし」

「わかりました」


 頷いて、前を行く二人に遅れないようについて行く。


「まずはあっちからだな。一通り回ったら、どこかの酒場で情報収集だ」

「了解」


 歩きながらカイが頷く。


「さーてと、午後の仕事を始めるか」

「はいっ!」


 私も同じように同意して、彼らと一緒に町を巡った。


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