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義眼の少女は異世界を旅する  作者: 夜寧歌羽
第一章 失ったモノ、変わったトコロ
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第十一話 旅立つ義眼の少女

「戦うため、に決まってるじゃないですか」


 この町に入り込んだ魔物を倒しながら、こちらにやってきたアドレさんに言葉を返す。


「おま、お前、まともに戦える、のか? そ、その剣?はなんだ?」


 私の持つ武器を見て、戸惑った様子でそう聞いてくるアドレさん。


「ふっ、らぁ! ぅりゃあっ!」


 体を回転させながらビームの刃を出し、アドレさんを巻き込まないように周囲の魔物だけを斬る。すると彼はさらに驚いて、少しの間動きが止まった。

 お、結構数が減ったな。そろそろ終わらせられるんじゃないか?

 ようやく終わりが見えてきた。


「詳しい話は、終わってからにしましょう」


 最初よりも数は少なく、個々の強さも弱くなっているが、まだ千体も残っている。気を抜くにはまだまだ早い。


「……仕方ねぇ。終わったら、全部話してもらうからなっ!」


 彼は私と背中合わせになり、数が減ってもなお迫りくる敵に剣を向けた。

 それにしても、この人はあんまり楽しそうじゃないな。どうしてだろう。私は少しつまらなくなってきたけど、一応は楽しいと思ってる。でも、この人も他の人も、楽しいとは思っていなさそうだ。なんでなんだろうなぁ。

 さーてと、残りはあと千百五体。私と、アドレさんとカイさん、後、この町の騎士達で戦えばすぐに終わる。


 私がこの剣を握って、一体どれだけの時間が経ったのだろう。気になって左目に表示されている時間を見ると、この眼が再起動してからはまだ一時間くらいしか経っていなかった。

 ……こんなに戦ってるのに、一時間? お昼にすらなっていない、だと。戦いって、全然時間かからないんだな。

 少し驚いた。

 残りの敵は後九十体ほどまで減り、流石の魔物ももう勝ち目がないないと思ったのか、逃げる個体も出始めてきた。


「ほーら、逃げろ逃げろー」


 面倒臭くなったので適当に剣を振り、魔物を海の方へと追い立てる。次々と海に潜って行く魔物。それでもまだ襲い掛かってくるものは容赦なく倒すが。

 これで累計二千十七体。かなり余裕が出てきたな。


「追撃しろ! 奴らを逃がすなっ!」


 アドレさんが騎士たちに指示を出し、自分も突撃していった。

 んー、ここまでやれば、私の出る幕はもうないかな。

 剣を振るのをやめ、騎士達の邪魔にならないよう少し後ろに下がる。


「……レイラ、お前は、いかないのか」


 少し遠くの方から血のこびり付いた剣を持ったカイさんがやって来て、私にそう言った。彼もアドレさんに続いて魔物達をさらに追い詰めるつもりのようだ。

 可哀相な魔物。人間に絶滅させられちゃうかもな。


「逃げる敵を追うつもりはありません」


 これ以上倒してしまうと、ここ近海の生態系に影響が出てしまう。それに、この魔物達がここを襲った理由を調べたい。

 誰もいない灯台の下で、剣をスナイパーライフルに変える。


「……お前、今、何をした?」


 付いてきたカイさんが、突然変わった私の武器を見て驚いた。

 みんな同じような反応をするな。そんなに不思議なことなのかな?


「こういう物なんです。気にしないでください」


 説明するのも面倒なので、それだけ言って適当に誤魔化す。

 左目とスコープを使って遠くの海を見ていると、少しして周りが静かになった。


「向こうは、終わったようだぞ」

「そうみたいですね」


 見えてるから知ってる。

 それよりも……んー、私の予想は外れてたのかな。この近くの海には特におかしなものはないし、変な生き物もこれといって見えない。


「何見てるんだ?」

「ちょっと気になることがあって。でも、気のせいだったみたいです」


 範囲が狭いからかもしれないけど、十キロ先まで探しても何もないってことは、本当に問題はないと思っても大丈夫だろう。


「そうか」


 地面にライフルを立てた私の横に並んで、同じように海を見るカイさん。後ろでは、アドレさんが騎士達に命令する声が聞こえる。


「第一小隊は見張り、第二、第三小隊は死体処理、第四小隊は生存者の探索に迎え!」


 お、アドレさん、かっこいいな。大勢に向かって指示を出す姿が似合っている。

 そんなことを考えていると、カイさんがいきなり、私の左腕を掴んできた。


「――っ! ちょ、カイさ……!」

「なんだ、この血は」


 ズキッと左腕に走る痛み。彼の言葉に自分の姿を見下ろすと、所々血に染まった白い私の服から、赤い色が抜け始めていた。どうやら、この服の自動で清潔な状態を保つ機能が働いているらしい。

 そういえば、この服にはこんな機能もあったな。これのおかげで洗濯をする必要も着替える必要もなかったのに、今までは普通に、他の服と同じようにやってしまっていた。ずっと忘れてた。

 カイさんは、そんな風に綺麗になって行く私の服の左の袖だけ一向に血が取れないことを不審に思ったようだ。多分、この服についても不審に思っていると思うけど。


「ちょっと怪我をしちゃっただけですよ」

「ちょっと?」


 彼は私の言葉を信じていない様子。


「そうです、ちょっとした傷です」

「その割には痛そうだな。見せてみろ」


 有無を言わせぬ口調で、彼は私の服の袖を無理矢理まくってきた。思わず力を込めて反抗する。


「つう……!」

「これは……酷い怪我じゃないか。どうしてこんな怪我を隠してたんだ」


 カイさんは私の腕を強い力で掴んだままさらに引き寄せた。強くなる痛みに顔をしかめる。

 戦ってる最中はむしろ心地よいと感じていた感覚なのに、今ではただ痛いとしか感じない。戦いの興奮で痛覚がおかしくなっていたのだろうか。


「早く治療しないと、腕が死んじまうぞ」


 そんなことはフェニさんからも言われた。


「そんな、大袈裟ですよ、もう」


 私がいくらそう言っても、彼は何も聞いてくれなかった。

 そんなことをしているうちには、指示を出し終えたアドレさんが私達の下へやって来た。


「おいおい、何やってんだお前ら」

「あ、師匠。こいつ、大怪我してるんだ」

「何? 大怪我だと?」


 カイさんの説明に、アドレさんも私の腕を見る。途端に顔色が変わった。


「な、お前、その怪我……」

「だから、大丈夫ですって言ってるじゃないですか」


 これよりももっと大きな怪我だってしたことあるんだ。これくらい何の問題もない。

 目元を押さえて、少し思いを巡らせる。


「何言ってんだよ。そんなに血を流してるくせに、大丈夫な訳ないだろう! ほら、いいから付いてこい。治療班を呼ぶから」

「いや、だから私は……」


 頑なに治療を拒む私。ここまでくると、自分でもどうしてここまで治療されるのが嫌なのかわからなくなってきた。


 そんな風になんとかしてカイさんの腕から逃れようとしていると、さっき確認したはずの海の方で何か動きがあった。

 ん? ……何か、いるな。

 ここからおよそ十五キロ先の海の上に、何か、生き物のような何かが見える。さっきまでは確かにいなかったものだ。海の中から上がってきたようにも見える。

 かなり、大きいな。船、じゃなさそうだけど……。


「まったく、いつの間にか戦いに参加してると思ったら、こんな怪我まで。とにかく早く応急処置を……って、おい、聞いてるのか?」

「……」

「おい、レイラ。レイラ?」


 肩を揺すってくるアドレさんを無視し、海の方に目を凝らす。

 段々とズームさせていくと、その正体が見えてきた。

 水飛沫を上げて争い合う二体の魔物。片方は触手を相手に絡みつかせようとしている巨大なイカ。もう片方は、自分の体を相手に絡みつかせようとしている頭が二つある巨大なヘビ。

 その二匹が、この町からおよそ十キロの位置で争い合っている。


「何か、あるのか?」


 私の視線を追って、二人も海の方を見た。

 しかし、彼らには私が見えている物が見えないようで、不思議そうな顔をして今度は私を見た。まぁ、普通の人なら二十キロ先なんて見える訳ないよな。私も右目では見えないし。


「えっと、レイラ? 何を見てるんだ?」


 彼らは私の怪我をどうにかすることも忘れて、私にそう聞いてきた。


「……あれが、元凶か」

「え? 何だって?」


 あいつらがいるせいで、魔物が町に来たのか。

 その二匹の生き物は、体長が数十メートルはあり、段々とこちらに近付いてきていた。それもかなりの速さで。

 あんなのに襲われたら、この町も、みんなも、ひとたまりもないだろう。どうにかしないと。

 地面に立てたままだったスナイパーライフルを手に取る。


「ちょっと、不味いですよ、これは」

「だから、何がだ?」

「この町に強力な魔物が迫っています。それに二体」


 淡々と、事実のみを告げる。


「なに? 本当か? どっからだ?」

「北の方角、およそ十三キロメートルの沖合から。かなり早いです」


 もう二十キロを切りそうだ。何なんだあのスピードは。あいつらほんとに生き物なのか?


「じゅ、十三キロだって? お、お前、どうしてそんな遠くが見えるんだよ!?」

「その話も後で。そろそろ目視できる距離に来ます」


 見えても米粒程度だと思うけどね。

 地面に腹ばいになり、スナイパーライフルを構える。この距離だと絶対に届かないが、いつでも撃てるように準備しておこうと思った。

 トリガーガードに指を掛けると、頭の中に誰かの声が響いた。


『この銃はな、基本はボルトアクションなんだが、ここを引くとセミオートになるように作ってあるんだ』


 懐かしい言葉だ。あの時、私は確か、彼のありえない言葉に呆れながらこう言ったのだったか。


『は? そんな馬鹿のことできる訳ないじゃないですか。銃の内部構造を変えるなんて、いくらなんでもそんな無茶苦茶な――』


 でるのなら、凄いけど。

 そんな私に、彼は、


『本当だって。俺が作る物に不可能なんてありえないんだから』


 と、さも当然の様に言い放った。そして私は、その言葉になぜか納得してしまった。

 まぁ、この人だし。なんて思って。


 その記憶を頼りに、スコープの横についているボタンを引く。ガチャッという何かが動く音が銃の内部から聞こえた。これで、連射ができる構造に変わったようだ。


「残り十キロです」

「……あれか。やっと見えたぞ」


 互いに絡み合いながらこちらに向かってくる魔物。あの二匹で戦っているはずなのに、なぜこっちに来るのだろう。そこまで人を襲いたいのだろうか。


「あれは、ツインヘッドスネーク、じゃないか……なんでここにいるんだ」

「あの魔物について何か知っているんですか?」

「あ、ああ……あれは、この国のもっと南方に生息している、はずの魔物だ。む、もう一匹の方は、クラーケン。あれは東の端にいるはずなのに……」


 南に東……二匹とも、ここらにはいないはずの魔物、という訳か。なるほど。今日魔物が一斉に襲ってきた理由がわかった。

 恐らく、何らかの原因で遠くからやって来たあの二匹に元いた場所を追われ、仕方なく行きついた場所がこの町だった、という感じだろう。二匹とも喧嘩してるし、そりゃあ、流石の魔物でも怖くて逃げるわなぁ。こっちに来ることを選んだのは、人を襲うという潜在意識のなせる業なのか。

 残り七キロほど。このくらいの距離なら、試しに何発か撃ってみてもいいかな。

 そう考えて、三回ほど引き金を引いてみる。

 バンッ! バンッ! バンッ! と飛び出した弾丸は、適当に狙った二つの頭を持つヘビの体に当たり、そして弾かれた。


「……やっぱり、駄目か」


 当てることはできたけど、ダメージは全然入っていない。遠すぎるようだ。


「お、お前……今の、当たった、のか? この距離で?」

「はい。けど、弾かれちゃいました」


 そのせいでヘビの注意がこちらに向かった。あ、ちょっとやばいかも。

 ヘビの四つの瞳と目が合った。その目は赤くギラついている。ヘビの標的が、イカから私へと移った瞬間だった。


「シィィイイェエエエエ!!」


 五キロ先からでも聞こえる奇怪な咆哮×二が、ヘビの口から発せられた。頭に響く不快な声だ。


「うっ……くそ、これは、確かに不味いな」


 アドレさんが耳を塞いだ。

 その咆哮で、私の周りにいた騎士達も魔物の接近に気付いた。段々と騒がしくなる港。

 お前ら気付くの遅すぎ。何のために見張りがいるんだ。馬鹿じゃないの?

 その時、また誰かの声を思い出した。


『よし、じゃあ、次はここのボタンを下に動かして見ろ』


 その声の言う通りに指動かす。すると、銃の銃身が左右に割れて広がり、中から電気が流れてビリビリと火花が散っている二本のレールが出てきた。元の銃身よりも長く、三倍ほどにまで伸びる。


『こ、これは……?』

『ふっふっふ』


 変形が終わった武器を見て驚く私に、彼はドヤ顔で言った。ちょっとウザい。


『これぞ、俺の俺による俺のためのロマンの結晶。レールガンだっ!』


「こ、今度は何だ!?」

「耳、気を付けてくださいね」


 あの時の私のように驚くアドレさんにそう言いながらスコープを覗く。

 狙いは、ヘビとイカの頭が一直線に重なった瞬間。その時を待つ間も、頭の中で私と彼との話は続く。


『これはお前も知っての通り、電磁力を利用して弾を打ち出す兵器だ。射程は数キロ、威力は、当たればほぼ一撃で即死。最強と言ってもいいほどの銃だ』

『は、はぁ。それでコインでも打ち出せばいいんですか』


 二度目の呆れた私の言葉に、彼も呆れた様子で言葉を返してくる。


『馬鹿、そっちのレールガンじゃねぇよ。これは正真正銘の、武器の方のレールガンだ』


 そう言って彼は、大きく手を広げた。やっぱりウザいドヤ顔で。


 左目の予測では、後十秒ですべての頭が重なる時が来る。カウントダウンが表示される。

 残り三キロメートル。魔物が暴れた時の波が押し寄せてきた。

 五、四、三、

 ザバーン、と一際大きな波が私の視界を覆う。しかし、この左目の前ではそんなものないも同然。カイさんとアドレさんが何か言っているが気にしない。

 二、一、ゼロ。

 引き金を引く。


 耳が壊れるほどの轟音と、腕にかかるとてつもない衝撃。丸く穴が開く海水の壁。

 直線状に走る飛沫が示す大海原の真ん中には、二つの巨大な海産物が浮かんでいた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


「……ふぁああ……」


 朝日を浴びてキラキラと輝く碧い海を見ていると、つい大きなあくびをしてしまった。

 ……眠い。二度寝しようかな。

 わずかに痛みが残る左腕を気にしながら、起こした身体を再びベッドに預けると、柔らかい感触が背中に伝わってくる。

 目をつむり、体の力を抜く。すぐにやってくる眠気。

 そのまま眠ってしまおうと思っていると、何の前触れもなく部屋の扉が開いた。ガチャッという音で再び目が覚めてしまう。


「はーい、朝ですよー。起きてますか?」

「……はい」


 渋々と目を開け、入ってきた看護婦さんに挨拶をする。


「おはようございます」

「おはよう、レイラさん。腕の具合はどうですか?」


 聞かれて少し動かして見る。


「……まだ少し痛いですけど、もう問題ないです」

「そうですか。今日も昨日と同じ時間に先生が来るので、ここで安静にしてくださいね」

「はい。わかりました」


 はぁ、今日もずっとここにいないのか……つまんないなぁ。

 あの魔物の襲撃から、今日で三日が経った。

 あの日、事の元凶である二匹の魔物を倒した後、私は出血多量で気を失ってしまった。何ともないと思っていた左腕だが、戦いの中でかなりの量の血を失っていたらしい。寝そべっていたから、余計に気付かなかったようだ。

 幸いにも、死に至る前にフェニさんがやってきて適切な処置をしてくれていたので、命までは失わずに済んだ。ここで目が覚めた時、アドレさんとフェニさんに相当怒られたけど。

 どうしてあんな無茶したの!って言われちゃったな。うーん、あの時はそこまで無茶だとは思ってなかったのになぁ……。

 私を強く叱ったその二人は今、魔物によって破壊されてしまったこの町の復興のために尽力している。町のみんなと協力して、主に魔物の死体処理や、死体処理や、死体処理、そして時々、大きな魔物の死体処理をしているらしい。

 皮を剥いで、肉を部位に分けて、牙や骨を色々な物に加工できる人に渡す。なんてことを一日中していると、アドレさんが言っていた。

 おかげで毎日魔物の肉が食い放題だぜ、とも言っていたな。うんざりした顔で。いくら調理法を変えても、二日間同じ物を食べ続けることは苦痛のようだ。そう言う私も、ここで出される食事には毎回入っているから同じくらい食べている訳だけど。

 その話を聞いた時、私も手伝いたいというと、二人は揃って、


「お前は寝てろ」「あなたは寝てなさい」


 と言って、私をベッドから立ち上がらせてくれなかった。

 はぁ……どうしてみんな、私をここに縛り付けるんだろう。腕だってもう動かせるのに、筋肉痛だってもう治ったのに……。

 戦闘で今までにないくらい体を動かしたからなのか、私の体は強烈な痛みに襲われていた。もう治っているけど、最初は全身が凄く痛かった。それこそ、死ぬかと思ってしまうくらい。


 看護婦さんが部屋を出て行ったので、私はベッドから出て、窓に近付いた。

 ここから見える海は、この間戦いがあったなんでことが信じられないほど穏やかだった。大きなイカも、大きなヘビもいない。あるのはそれらの成れの果てだけ。

 あの時襲ってきた魔物の生き残りがいるが、こちらに近付いてくる気配はない。実に平和だ。この平和は、おそらくかなり長い間続くだろう。魔物達も仲間を増やすことを頑張ってるし。

 しばらくの間海を眺めていると、後ろで扉が開いた。入ってきたのは、私の腕を治してくれた白衣のお医者さんだ。

 それから彼女と一緒に朝ご飯を食べて、腕を診てもらう。そして嬉しいことに、明日からは外に出てもいいとの許可を頂いた。しかし、


「でも、無理と無茶は禁物よ。疲れるような運動もね」

「……はぁい」


 外ではみんなが町を一刻も早く元の状態に直そうと努力しているのに、私はまだ、それを見ていることしかできないらしい。

 つまらないし、申し訳ない気持ちだ。

 今日の診察が終わると、私は一人ベッドに横たわり、左目を使って知り合いの様子を覗き見た。

 ……みんな頑張ってるのに、私は何もできないのか……。

 戦っている時とは真逆の無力感。『高みの見物』という言葉が頭に浮かび、少し嫌な気分になる。

 はぁ……やっぱり、私も何かお手伝いがしたい。さっきお医者さんに駄目って言われたばかりだけど、何もできずに見ているだけだなんて、辛いよ。

 なんとなく、遠くのフェニさんの様子が見える左目を触ってみる。別の場所を見ているからなのか、近付いてくる指は見えなかった。

 右の中指から伝わってくる、コツ、という感触。何度触っても、その感触は変わらない。

 私の左目は、戦っている最中から薄々気付いていたが、本物の、生身の眼球ではなかった。

 金属でできた、機械の眼。それが、今私の眼孔に入っている物だ。遠くが見えるのも、物を透かして見れるのも、次の動きが予測できるのも、すべてこの義眼のおかげだった。

 そのことについて、アドレさん達と話をした時のことを思い出す。


「なあレイラ」

「ん? 何ですか? アドレさん」

「あの時後で聞くって言った、武器のことを聞いてもいいか」


 つい昨日のことだ。確か、アドレさんがそんな風に切り出した気がする。


「銃ですら珍しいのに、あんな風に物がコロコロ変わる物なんて見たことない。あれはいったいなんなんだ?」

「あ、そうですね。結局、まだ何も言ってませんでしたね」


 ベッドの横の棚の上に置いてあった武器を手に取る。あの時は、さっき食べたイカ焼きのイカに邪魔されて何も説明できていなかった。その後はすぐに気絶しちゃったし。


「これは……えっと、まぁ、見てもらった方が早いか」


 何から話せばいいのか迷ったので、一度ハンドガンへと変化させて見せ、そこから話し始めることにした。


「これはですね、こんな風に、上下の引き金と十字ボタン、それと、この横の切り替えボタンを使って、銃とか剣とか盾とかに変化させることができる物です。変えるたびに大量の魔力を使います」


 魔力が何かまだわからないけど、そういうものを使っていることはなぜかわかった。私が大量の魔力を保有していることも。もしかしたら、私も昔は魔法とか、使えたのかな。

 説明しながら、銃をナイフにする。意識すると、体から何かが抜けていくのを感じた。これが魔力のようだ。義眼を使えば、モヤモヤした何かとして見ることもできる。


「他にも、刀とか弓とかになりますね。今回は使いませんでしたけど」

「そ、そうなのか……てか、それってあの時のやつだよな? 使い方なんかわからなかったんじゃなかったのか?」


 少し引き気味で頷いたアドレさんが、いつもの状態に戻した武器を指差しながら言った。

 言われてみればそうだな。でも、


「……思い出した、んです。あの戦いの最中に」


 武器をぎゅっと握りしめながら言う。

 これに名前はない。あるのは、私の物だとわかるように書いた自分の名前だけ。


「思い出したって、本当か? よかったじゃないか」


 アドレさんが嬉しそうにそう言う。いや、あんたが嬉しんでどうする。

 そんなアドレさんだが、少しするともう一度質問をしてきた。


「レイラ、もう一つ聞いてもいいか」

「あ、はい。なんですか」


 元の場所に武器を置き、彼からの質問を聞く。アドレさんは少し深刻そうな表情で言った。


「それは、自分で作った物なのか?」


 え? これが私が作った物かだって? いやいや、そんなまさか。


「いえ、違いますよ」


 いくら私でもこんな無茶苦茶な物は作れない。

 私は、あの時思い出した誰かの声のことを考え、義眼であることが判明した左目を手で覆いながら言葉を続けた。


「これは、私にこの眼をくれた人が、私のために創ってくれた物です」


 と、そこまで思い出したところで部屋の外にアドレさんとカイさんがやってくるのが見えた。今日も面会に来たようだ。

 ああ、あの人達、今日も来てくれたのか。嬉しいな。

 昨日のことを思い出すのを止め、二人が扉を開けるのを今か今かと待つ。ずっとこの部屋にいなくてはならない私にとって、彼らが来て、話し相手になってくれるのはとても嬉しかった。

 ガチャッという音とともにドアが開き、先ほどの看護婦さんと一緒に、さっき思い出の中で話をしていた二人が入ってきた。


「お昼までですからね」

「わかってる、ありがとう」


 お昼まで? ……後一時間半くらいか。いつもより少し短いな。こっちの言いたいことを早めに言わないと。

 今日はちょっと、この人達に話したい、大切な要件があった。


「よう、レイラ。ちゃんと大人しくしてるか?」

「してますよ、もう」


 アドレさんが開口一番そう言ってくる。その、まるで私がいつも暴れているかのような失礼な物言いに、思わず口を尖らせると、


「ははは、ならいいんだ」


 彼は笑って、ベッドの隣の椅子に座った。その隣にカイさんも座る。二人は、今日はお花を持ってきて、棚の花瓶に差してくれた。可愛らしい、いい香りのする花だ。


「いつもすいません」

「いいってことよ。そんで、朝から悪いが、今日もあの時の話をしてもらえるか」

「あ、はい。大丈夫ですよ」


 彼らはここに来る時、いつもあの日のことを聞いてきた。今日も同じことを聞かれるらしい。私は別に嫌なことでも何でもないからいいけど。どんなことでも、話をするのは楽しいから、むしろ毎日の楽しみになってきた。

 昨日は武器のことだったけど、今日はどんなことを聞かれるのかな?


「お前さ。あの日、あの時、笑いながら戦ってたって話を聞いたんだが、それは本当か?」

「はい、本当です」


 今日の話題は、私が笑っていたことについてのようだ。本当のことなので、特に否定はしない。彼の隣ではカイさんがメモを取っていて、私には読めない文字を紙に書いていた。事情聴取さながらだ。


「そ、そうか。やけにあっさりしてるな」

「だって、本当のことですから」


 私の返答に、彼は少し驚いた顔になった。普通に答えたことが意外だったようだ。


「その理由を、聞いてもいいか」

「理由ですか? 楽しかったからですけど」


 あの時の楽しさを思い出しながら質問に答える。

 最後の方はつまんなくなっちゃったけど、あれは今までにないくらい楽しかったなあ。


「それが何か?」

「いや、一応、な。そういう話を聞いたから、聞いておきたかっただけだ」


 アドレさんはそう言って、気まずそうに目を逸らす。そのことを不思議がる前に、今度は隣のカイさんが質問してきた。


「……俺からも、一つ質問させてもらってもいいか」


 彼はメモを取る手を止めて、私の目をまっすぐ見てそう言った。真剣な顔だ。何か大事なことなのかと思い、重々しく頷く。


「お前は、戦いが好きで楽しんでるのか?」

「ちょ、おい。何言ってんだ」


 カイさんの言葉に、アドレさんが慌てた様子で口を塞ごうとする。しかし、カイさんは師の静止を聞かなかった。


「止めるな。これは、俺が個人的に聞きたいことだ」

「……それなら、いいか」


 ん? 何か、そう言うことを聞いてはいけない理由があったのかな? よくわからないけど。


「で、どうなんだ」


 二人の間で合意が得られたようなので、カイさんが改めて聞いてくる。私は、彼の質問についてよく考えながら口を開いた。


「そう、ですね。戦いが好きかと聞かれると、多分、好きではないと思います」


 二人は、話し始めた私の顔を静かに見つめてきた。


「私は、戦いが好きな訳ではない。でも、戦いは楽しい。いや、ちょっと違うかな。楽しまないと、やっていけないんです。戦いはとても辛い、とても悲しい物です。敵を倒すたび、自分の心が壊れてしまいそうになる。それを紛らわせて、気にしないようにするために、頭が勝手に、戦いを楽しんじゃうんです」


 要は逃避だ。押し潰されそうな心が、自分を守るために『楽しむ』という感情に逃げる。戦うことを強要されていた小さい頃、自分で作った逃げ道だった。

 私が一通り話し終えると、二人は顔を見合わせた。私の話の意味をよく考えているようだ。


「だから私は、戦いが好きで楽しんでいる訳じゃないんです」

「……そうか」


 カイさんがそう言って、このことについてメモを取らないまま紙をポケットにしまった。


「俺からは以上だ」

「そうですか」

「俺からも、もう聞きたいことはない。毎度毎度すまないな」

「いえ、そんな。謝るようなことではないですよ。お話しするのは楽しいですから」


 少し笑いながら彼らに告げる。

 ……そろそろかな。

 二人からの話が終わったようなので、今度は私から、ずっと言おうと思っていた事を伝えることにした。


「あの」

「ん? 何だ?」


 私が声を掛けると、二人ともこちらに注目した。こちらから何かを話すことはあまりないので、珍しがっているのかな。


「アドレさん。一つ、お願いがあるんです」

「お願い? 何だ? 俺にできることなら何でも聞くぞ?」


 彼はそう言って、どんと来いと言うように膝を叩いた。

 私はそんな彼のことを真剣な目で見つめながら、ここ数日の間、戦いの中で思い出したことと、これまでの生活を踏まえたうえで考えたその言葉を発するために口を開いた。


「アドレさん……私を、弟子にしてくれませんか」


  ◇  ◇  ◇  ◇


「もう、お別れなのね」

「はい。ごめんなさい、折角雇ってもらったのに、ひと月で辞めちゃうなんて……」


 他にも、この人には色々なことを教えてもらった。服までもらった。それなのに、申し訳ない。


「いいのよ。あなたが選んだ道なんだもの。気に病むことはないわ」


 そう言いながら、フェニさんは私を強く抱きしめた。私も抱きしめ返す。


「あいつが何か嫌なことをしてきたら、いつでも帰ってきてもいいのよ?」

「は、はい……」


 そ、それは、ないかな。自分で決めたんだし、責任を持たないといけないし。


「レイラちゃん……気を付けてね」


 フィキさんともハグをする。この人も頼もしくて、わからないことを色々と教えてくれた、お姉ちゃんみたいな人。

 この二人は、私にとって、家族みたいな存在だった。そんな人達と別れないといけないとなると、涙が溢れてしまいそうになる。

 我慢、我慢。泣いちゃ駄目、泣いちゃ、駄目だ……。


 私がアドレさんに弟子入りをお願いしてから今日で四日。ちょうど治療院から退院する日に、私は、彼らと一緒にこの町を出発することになっていた。

 身支度はすでに整えてあり、二人と一緒に乗る馬車の中に入れてある。フェニさんにもらった服はかさばってしまうのでフィキさんに返し、頑張って稼いだお金も治療費に使ってしまっていた。入院費用まで二人に払ってもらう訳にはいかないから。

 アドレさんは最初、私の申し出をすげなく断っていたが、何度も何度も頭を下げるうちに、最終的に頷いてくれた。四日間かけて承諾させたのだ。


「できるだけ急げよ。馬車が出ちまう」


 その、私に四日かけて落とされたアドレさん――私の師匠が、そう言って私を急かした。どうやら、別れを惜しむ間もくれないらしい。厳しい師だ。


「はい……わかりました」


 渋々とフィキさんと離れ、ギーケイさんやゲーニィさん、武具屋さんの人達とも抱き合う。


「ありがとな、嬢ちゃん。お前のおかげで、俺達は今ここにいる。本当に、嬢ちゃんには世話になっちまったぜ」

「あんたがいなくなると、寂しくなるねぇ」

「……本当に、ごめんなさい。私も、凄く寂しいです」


 鼻をすすりながら別れの言葉を告げる。


「絶対に、また来ます。絶対に字を書けるようになって、みなさんにお手紙を書きます」

「ええ、楽しみにしてるわ」


 最後にみんなに向かって大きく頭を下げ、感謝をする。


「みなさん、この一ヶ月と一週間、本当にお世話になりました。ありがとうございました。そして……さようならです」


 ぽろ、と、地面に何かの液体が落ちた。しかし私はそれを気にせず、踵を返してアドレさんとカイさんの待つ馬車の下へと向かった。

 後ろは振り返らない。涙も拭かない。涙なんて流してないから。


「……涙ぐらい拭けよ」

「泣いてなんか、ないです」


 こちらをチラッと見たカイさんの言葉に、私は鼻をすすりながらそう言った。

 これは、あれだ。そう、汗だ。初めて馬車に乗ることに緊張して出てしまう、冷や汗なんだ。


「……頑固なやつだな」


 なんとでも言えばいい。でも、私は泣いてない。泣いてないんだ……。


「レイラ、この馬車に乗る前に、もう一回聞いてもいいか」


 御者さんと何事か話していたアドレさんが、町のみんなに別れを告げ終えた私にそう聞いてきた。


「……はい。なんですか」


 忘れ物はないか、とか聞いてきたらこの涙も吹き飛びそう……いやいや、私は泣いてないんだ。涙なんて、流れてない。

 そう言い聞かせる私に彼が聞いてきたのは、そんなことではなかった。


「お前、本当に俺達と来て良いのか」

「……はい。いいです」


 本当は、一人で旅でもしようかとも思った。でも、私にはわからないことが沢山あるし、外には危険がいっぱいだ。誰かと一緒の方がいい。そう思って、二人がここを出ていくまでの間、駄目元でお願いしていたのだ。

 結果は、無事に弟子見習いとして一緒に旅をすることを承諾してくれた。私は実に運がいいと思っている。


「俺の弟子になる覚悟はあるのか? 俺は、厳しいぞ」


 彼は、今まで私に接していた時のような優しさを全く感じさせない口調でそう言った。


「ああ、こいつは本物の鬼だ。誰に対してもな。師匠の下に来るのなら、それなりの覚悟は必要だ」


 カイさんも話に加わり、私の最後の説得にかかった。

 そんなことはわかりきっている。すべて知ったうえで決めたんだ。

 これまでの一ヶ月間、カイさんから、アドレさんにどれだけ厳しくしごかれたのかを何度も何度も聞いていた。主にお酒に酔っている時に。


「はい、もちろんあります。覚悟、してます」


 アドレさんの目を真剣に見つめながら言う。


「……そうか、わかった」


 彼は私の目に何かを見たのか、深く頷いた。


「いいだろう。次の町で俺の言うことを聞けたら、正式に弟子と認めてやる。それまでは、見習いだ」

「はい。精一杯頑張らせていただきます」


 再度頭を下げ、顔を上げた私に、彼は何か、紙袋を渡してきた。


「ほら」

「え、こ、これは?」

「俺からの退院祝いだ。ま、要はプレゼントだな」


 戸惑う私に、アドレさんは早く受け取れと押し付けてくる。


「プレゼント?」

「ああ。開けてみろ」


 言われた通り開けて中身を取り出すと、入っていたのは、黒い皮でできた眼帯だった。頑丈そうで、長持ちしそうな、飾りとかもない武骨な物だ。


「目を見られるの嫌なんだろ? それを付ければ、見られることも少なくなると思ってな」

「あ、ありがとうございます! 大切に、しますね」


 初めて誰かからプレゼントをもらった。そのことが嬉しくて、もう一回頭を下げた。

 早速左目に着けてみる。一瞬だけ真っ暗になる視界。しかし、すぐに義眼の機能で眼帯などそこに存在していないかのようにいつもと同じ光景が広がった。


「どうだ? 着け心地は」

「……あってもなくても見え方は同じなので、よくわかりません。顔に少し、違和感があるくらいでしょうか」


 もらったばかりの眼帯を触りながら言う。慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ。


「ふむ。そこはやっぱ慣れじゃないか」

「そうでしょうね。それで、その、似合って、ますか?」


 少し恥ずかしがりながら、とても重要なことを聞く。

 外から見てどう見えるのか、変ではないのか。容姿を気にするのは、女の子として当然のことだ。

 緊張している私に、アドレさんはいつものような優しい口調で行った。


「ああ、似合ってるぞ」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」


 師匠に褒められて、とても嬉しい気持ちになった。思わず飛び上がってしまうくらい。


「じゃあ、出発しましょーっ!」


 少し浮かれた気持ちになりながら、そう言って馬車に乗り込む。そんな私をかすかに微笑みながら見守る二人。


 別れを惜しむ涙を地面に零しながらも、私の胸は、まだ見ぬ新しい世界への期待感でいっぱいだった。


「……絶対に、自分のことを全部思い出して、またここに来るんだ」


 バチンッという、私の長い旅の始まりを告げる鞭の音が鳴り響き、パカパカという馬の足音が、私の涙腺に限界をもたらした。


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