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義眼の少女は異世界を旅する  作者: 夜寧歌羽
第一章 失ったモノ、変わったトコロ
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第十話 魔物

「魔物って、なんですか?」


 仕事を始めて三週間くらいの朝のこと。お客さんへ朝食を運び終えてキッチンへ戻ってきた時、フェニさんとギーケイさんとの会話の中にわからない単語が聞こえてきたので、つい質問してしまった。

 魔物に船を壊されたって話をしてたみたいだけど……。


「は? お前、魔物を知らないのか?」


 ギーケイさんが呆れた顔で呆れたような声を出した。その大きな声に周りの人が注目する。


「ちょっと。あんまりそういうこと言わないの」

「ああそっか。お前、記憶喪失だったな。すまん」

「い、いえ、私は、別に」


 私がそう言うと、みんなはいつものことかと言った感じに視線を外した。少しホッとする。

 この人の声はよく通るから、ちょっと大きいだけで注目を集めてしまう。それがこの人のいいところであり、私が苦手な部分でもあった。


「でー、魔物、だったな」


 彼が説明してくれるようなので、大人しく耳を傾けた。


「魔物ってのは、簡単に言えば『人を襲う生き物』のことだ」

「人を、襲う?」


 そ、そんな危険な生き物に船を壊されたのか? この人、本当に大丈夫だったのか?


「ああ。その種類は様々だが、ここらでは海にいるやつに注意が必要だな。奴ら、たまに港から陸に上がってくるから。そんで、人が襲われて死人が出る。年に何回かって頻度だがな」

「死人って……本当、ですか?」

「本当よ。時には夜中に上がってきて、朝起きたらここら辺にいた、なんてこともあるのよ」


 は、はぁ? 港からここまで、誰にも気付かれずに? ありえないというか、対策とかはされてないのか?

 その疑問をぶつける前に、フェニさんがそのことについて話してくれた。


「色々と対策をしたいんだけど、上のお偉方が全然許可出してくれなくって。もういい加減どうにかしてほしいわ」


 彼女はそう言って深いため息を吐いた。

 ……色々と、事情があるんだなぁ。


「まー、そんな感じなんだ。で、話を戻して魔物のことだが、魔物っていう言葉は、厳密に言うと俺らのことも含まれるんだ」

「……え?」


 俺らってことは、私も? 嘘、なんでそんな意味が? わ、訳がわからないんだけど。

 ギーケイさんが何を言っているのかわからない。さまよう視線が助けを求めてフェニさんに向かった。


「詳しく説明するとね、魔物っていうのは、私達みたいに魔法が扱える生き物のことを言うの。でも、なんでか知らないけど、みんな魔物って聞くと人に害をなす危険な生き物ってイメージ抱いちゃうよねぇ」

「そ、そうなんですか……」


 彼女は私の視線に気付いて、わかりやすいように教えてくれた。またわからない単語が出てきたけど。

 魔法を扱えるって言われても……その魔法がなんなのかわからないから、どっちにしろ私には理解できないんだけど。

 そんな疑問を抱きながらもお仕事を続けて、お客さんが減ってきて少し落ち着いた時、このままでは気になりすぎて仕事に集中できないと思い、思い切ってフェニさんに聞いてみた。


「あの、フェニさん」

「ん? どうしたの?」

「さっき言ってた『魔法』って、なんですか?」


 今ならお客さんが少ないので驚かれても大丈夫だったけど、すでにギーケイさんとゲーニィさんは漁に行ってしまっていたので、驚く人は誰もいなかった。フェニさんも、知らないことはどんどん聞いて、と言ってくれていたので、私がどんなことを聞いても驚くことはあまりなかった。

 なんか、そこまで大きな反応がないと、すこしテンションが下がっちゃうな。かといって、物凄く驚かれるのは嫌だけど。


「ああうん、魔法ね。さっきの話の続きかしら?」

「はい。その、ずっと気になっちゃって」

「そう。じゃあ、説明してあげる。魔法っていうのは、私達の中にある魔力っていう力を使って、火を作り出したり水を作り出したり、操ったりすることよ」


 彼女はそう言いながら、自分の掌を広げて見せ、そこに火を出した。いつも料理をする時に使っているような、火力がありそうなオレンジ色の炎を。

 え……い、いつ出したの? どうやったの? マジック? 種も仕掛けもないマジックなの?


「あ、熱くないんですか? それ……」


 色々と聞きたいことは沢山あるが、それらを飲み込んでとりあえずそれだけを言った。


「ええ、魔法で作った物だから温かいだけよ。触ってみる?」

「え、だ、大丈夫なんですよね?」


 温かいだけって言ってたけど……。揺れる炎をよく見てみるが、本物とそんなに変わりはないようにしか見えない。手を近付けてみると、少しだけ温かい、気がした。


「もちろん」


 フェニさんがそう言って頷いたので、恐る恐る彼女の手の上に私の手を置いてみる。


「……本当だ。全然熱くないですね」


 ほんわりと温かいだけだ。彼女の言っていたことは本当だった。手で火の形を変えてみる。なんだか楽しい。触っても熱くないし、形が自在に変わる。まるで温かい粘土のようだ。


「でしょう? 魔法を使えばこんなことができるの。あなたも練習すればできるはずよ」

「不思議、ですね。本当に、練習すれば私もできるんですか?」


 できるのならやってみたい。そう思って彼女に確認する。


「当然じゃない。あなたも私と同じエルフなんだから」


 ん……んん? え、える……って何? 

 またわからない言葉が出てきた。エルフってなんのことだろう? 私がフェニさんと同じって、それは、えっと……耳、のことかな?

 ああ、魔法といいエルフといい、わからないことだらけだな。頭がこんがらがってきた。

 と、とりあえず、魔法について整理しよう。魔法っていうのは、魔力とかいう何かを使って手の上に火を出したりすることで、えっと、それは練習すればできる、と。

 それで、その魔法を使えるのが魔物っていうんだけど、みんなはいつも、その中の危ないものだけを取り出して魔物と言っている、ということか。

 うん。魔物についてはなんとなくわかったけど、魔法についてはまったくわかんない。よし、これもまたフェニさんに聞いてみよう。

 それから私は、仕事が忙しくなるまで、フェニさんにわからない言葉について質問攻めにしていた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 ……魔物だから、魔法を使ってくるのは当然か。

 そんな平和だった時のことを思い出しながら、魔物が口から吐き出した水を盾で防ぐ。かなり威力があったのか、思ったよりも強い衝撃が盾を持つ右腕に伝わってきた。


「なっ……ど、どこから、そんなの出したんだ?」

「驚いている暇があったら早く来てください!」


 足を止めた漁師さんを叱りながら盾を剣に戻し、襲いくる敵に斬りつける。


「もう少しですから!」


 あの時ギーケイさんと話をした宿屋はすでに通り過ぎ、後少しでフェニさんとフィキさん、合流した騎士さん達が戦う防衛戦に到着しそうだった。

 後五十メートル。戦いの音が聞こえてきた。

 魔物をひたすら倒して倒して無双して、切り開いた道を進む。


「……チッ!」


 左目で全方位を見ながら、五人の漁師さんを守る。それが思ったよりも厳しい。私の周りは常に把握して全員の動きを予測しているが、今まであまり動いていなかったせいなのか、それに合わせて体を動かせない。頭ではわかっていても、それに体が追いつかないのだ。

 このままだと守りきれない。急がないと。


「ふっ! はっ!」


 後三十メートル。倒した魔物の上を進む。

 斬る、撃つ、斬る、撃つ、を繰り返し、時々、十字を真ん中にして、ボタンを押し込んでから下の引き金を引くと出てくる大きめの盾を使って、魔物の攻撃から自分や漁師さんを守る。

 この盾の端は刃になっていて、剣に戻さずとも敵を斬ることはできた。でも、剣より重いのでいざという時しかこれを使うつもりはなかった。

 後、十メートル。

 騎士と思われる鎧を身に着けた人が、魔物で埋め尽くされた右の視界にチラリと見えた。交戦エリアに入ったようだ。

 安全地帯まで、後五メートル。


「こら! そこ! なんでもいいから剣を振りなさい! 一体でも多く奴らを倒すのよ! あなたのその剣には、町のみんなの命がかかっているのだから!」


 そう言うフェニさんの声が聞こえた途端、ギーケイさんとゲーニィさんの表情が少し明るくなった。顔を見合わせる二人。

 よし、いい感じだな。確かな希望が見えてきた。

 後三メートル。


「一気に走りますよ!」


 魔物は騎士達が相手してくれる。そう判断した私は、漁師さん達にそう呼びかけた。


「急いで!」


 後ちょっとでこの混戦地帯を抜けられる。

 その時、私の隣を、武装していない一般人が通り過ぎようとした。


「私の子供! 私の子供が! まだ家に!」


 そう言いながら。

 私は彼女の腕を掴み、一緒に騎士さんの防衛線の後ろへと引っ張っていった。

 危ないじゃないか。こんな戦いの真っただ中に飛び込もうとするなんて。命が惜しくないのか。


「離して! 私の、私の子が! まだハイハイしたての子供がっ!」

「ここなら、しばらくの間安全です」


 とりあえず、先に連れてきた漁師さん達にそう言う。


「レイラ、ちゃん? う、嘘、本当に、お父さん達を……?」

「あ、フィキさん。早く、この人達を治療してあげてください」


 私達に気付いてやってきたフィキさんに彼らのことをお願いして、子供子供と喚く彼女の話を聞こうとした。

 掴んだ腕を離さないまま、女性の叫ぶ声に負けないように大きな声で問いかける。


「子供が、いったいどうしたんですか?」

「子供が、まだ家に、家に残されてるの! 戻りたかったのに、人に流されてここまできて、魔物に邪魔されて……誰でもいいから、助けてぇ、くださぃ……」


 涙ながらに訴えてくる女性。

 そんな、まだ逃げられていない人が?

 慌てて後ろを向いて、左目の望遠と透視の機能を使って彼女が言う子供を探す。

 家の中、家の中……いた! 確かにまだ赤ちゃんだ。外が騒がしいからなのか泣いている。二階だからまだ無事だけど、一階部分は魔物が侵入していて、階段を含めた様々な物が壊されている。

 状況は、非常に不味い。ここからでは間に合わないだろう。でも、私なら……。

 私は、女性に向き直って強く言った。


「……わかりました。私が、助けに行ってきます」

「え……い、いいの?」

「はい」


 安心させるためににっこりと笑う。


「必ず、助けてきますから。あなたはここで待っていてくださいね」


 そう言って、私はまた屋根の上に登った。


「レイラちゃん……また、行くのね?」


 心配そうなフィキさんの声。彼女は私がお願いした治療をしてくれていた。手から緑色の光を出して、それが触れたところの傷がなくなっていく。見たことのない現象だが、私にはそれが、『魔法』であることがなぜか理解できた。


「はい。行ってきます」

「……止めても、無駄なのよね」

「はい」


 止められても無視するつもりだ。そんな私にフェニさんが、


「ちょっと待って。これだけはやらせてちょうだい」


 と言って、私に何やら魔法をかけた。


「……よし、これでいいわ。気を付けて、ちゃんと帰ってきなさい」

「……はい」


 彼女の言葉に強く頷く、なんだか、体が少し軽くなった気がする。何をしてくれたのかわからないけど、これならいける気がする。


「ありがとうございます」


 フェニさんに感謝してその場を離れる。

 フェニさんの魔法のおかげなのか、さっきよりも早く走れる。ゲームでいう、移動速度上昇のバフ、が付いた状態だ。

 道に溢れる魔物を銃で退治しながら先を急いでいると、左目にその赤ちゃんが取り残されている家が崩れる瞬間が映った。

 んなっ……! チッ、思ったよりも早い。二階の子供は……よかった、屋根に押し潰されたりはしてない。でも、少し怪我しちゃってるな。

 急がないと、私でも間に合わなくなる。

 走る速度を上げる。

 壊された家の元に辿り着いた。少しずつスピードを落としていく。ボロボロになった木材や家具が道にまで広がり、その上を、家を破壊した張本人と思われる魔物達が這いずり回っていた。

 子供の方は、探すまでもなく見つかった。瓦礫がれきの中に顔だけを出し、えーんえーんと赤ん坊特有の鳴き声を上げている。その周りには大量の魔物。当然、奴らはその大きな声に気付いている訳で――。


「あっ、待って! 駄目! ダメッ!」


 私の目の前で、泣き喚く赤ちゃんに気付いた魔物が牙の生えている口を大きく広げて、自分で動くこともままならない小さな命を引き裂こうとしている。もう間に合わない。

 私はとっさに手を伸ばして、赤ちゃんとその口との間に腕を差し込んだ。


「いっ! ぐ、うぅぅあああああああ!!」


 左腕に走る激痛。噴き出す血液。耐えきれずに叫んでしまう。

 痛い、痛い! 涙が出る。

 でも、赤ちゃんの方は、なんとか無事、だな……。


「あぁ、が、うぅ!」


 痛みで意識が飛びそうになりながらも、下の引き金を引き、下面から出てきたナイフの刃を魔物の首に突き刺した。


「ギャウッ! グル、ゥ……」


 一瞬の唸り声。牙が動いて鋭い痛みが走る。何度も何度も、痛いと思った数だけ刃を刺すと、魔物は絶命した。


「はぁ、はぁ……い、いた、い……くそっ」


 盾を使うことも、武器を使うことも忘れていた。おかげで腕を失いかけてしまった。結果的にそうならなかったからよかったけど……こんなことをしなくても、助けることはできたはずだ。

 後悔しつつもすぐに子供を拾い上げ、また周りの魔物が襲ってくる前に屋根に上る。


「……後は、戻るだけ……っ!」


 痛む腕に赤ん坊を抱え、頑張って足を動かす。


 私が子供の親の元へ戻ると、彼女は私が抱えている血まみれの物体を見て、悲鳴を上げて驚いた。すぐに地面に降りて女性に赤ちゃんを渡す。


「ど、どうぞ……あなたのお子さん、ですよね……?」


 赤ちゃんは私の血で真っ赤になってしまっているが、一応顔は拭いてある。血が口に入ったりはしていないはずだ。


「そ、そうだけど……あなた、その怪我大丈夫なの!?」

「え、ええ……」


 力の入らない左腕を押さえ、少し休憩しする。


「ちょ、レイラちゃん! それ、大怪我してるじゃない!」


 そんな私を見たフェニさんが、こちらに走ってきた。


「ちょっと見せなさい!」


 有無を言わせぬ口調で、私が何かを言う前に強引に上着を脱がせ、腕の怪我を見てきた。


「うっ、つ……」

「ああ! こんな血が出て……酷い怪我」


 まくられた袖の中から出てきたのは、牙が貫通して穴が開き、その他にもいくつかの歯型が付いていて、そこからドクドクと赤黒い血が流れ出ている左腕だった。

 一向に塞がる気配のない傷口から絶えず流れ込んでくる痛み。何かが触れるとさらに痛みが増す。


「早く治療しないと……少し我慢して」

「うぅ! ぐ、つう……!」


 痛がる私の腕を無理矢理引っ張って、彼女もフィキさんと同じように魔法を使って治療を始めた。


「い、いい、です。こんなこと、しなくても、これくらいで……」


 死ぬことはない。それよりも、魔物をどうにかすることを優先しないといけないはずだ。

 そう思って腕を引こうとするが、彼女は、


「何言ってるの! いい訳ないじゃない。こんな大量の出血、いくらあなたが戦えるって言っても、怪我したままじゃまともに動けないに決まってるじゃない!」


 と言って治療を続けた。


「そんなこと、ないです。私は、このままでもちゃんと戦えます。ちゃんと動けます!」


 もう一度強く訴えても、フェニさんはやめてくれない。徐々に治って行く傷。

 ……諦めて大人しくする。


「……どうして、こんなことしてくれるんですか」


 他にも怪我人はいる。それなのになぜ私を?


「私がやりたいからやってるの」

「え……」


 ……なんて、自分勝手な理由なんだ。

 思わず右手の武器を落としてしまう。


「あなたも、やりたいから戦ってるんでしょ」

「ど、どうしてそれを」


 私は、そんなこと一言も言ってないのに……。

 困惑する私に、彼女はふふっと笑って言った。


「そりゃあわかるわよ。あなた、とってもいい目をしてるから」

「……目?」


 一瞬、この異常な左目のことを言われているのかと思ったが、


「ええ。何か、強い意志を持った目を。やっと自分の意見を持てたのね」


 実際にかけられたのは、とても優しい言葉。


「どうして、そんなことが……」

「簡単よ。ひと月も一緒にいたんだもの。あなたがどんな人か、どんなことを考えているのか。もうある程度はわかるわ」


 その言葉で、私はこの時、フェニさんが私のことをよく理解してくれていることを知った。


「そう、ですか」


 私のことを、よく見てくれている。そのことがとても嬉しかった。

 この人は、まるで……私の、お母さんみたいだ。

 ふと、頭の中に夢で見た女性の姿が浮かんだ。血の海に倒れる女性。彼女のことはよく知っている。心の支えだった。私に安らぎを、温もりを、愛を与えてくれる人だった。名前も、顔も、手の温かさも思い出せないが、彼女は確かに、『母親』だった。

 お母さん……あの人が本当にそうだとしたら、私のお母さんはもう、あの時に殺されて、いない、のか?

 知っているはずなのに、思い出せない。いつものように。……辛い。


「よし、これでいいわ」


 フェニさん言葉に、深い考え事をから戻ってきた。

 あ……今は、そんなこと考えてる場合じゃない。もっと他にやることがある。

 魔法で治された左手を動かしてみる。痛みはまだあるが、傷は一応塞がっていた。


「応急処置だから、あんまり激しい動きをするとまた傷口が開いちゃうわ。気を付けて動かしてね」

「はい……ありがとうございます」


 フェニさんに感謝の言葉を伝えながら地面の武器を拾い上げ、剣にする。

 戦いの様子を見てみると、騎士さんと他の人との混成部隊はかなり苦戦していた。死人も出て、後退する一方だ。


「じゃあ、行ってきます」


 早く私も参戦しないと、不味いことになる。


「……わかったわ。絶対に生きて戻ってくるのよ」

「はい」


 私、この戦いが終わったら、フェニさんが作った美味しいお料理を食べるんだ……なんてことを口にしたら、フラグになるかな。

 そんなことを考えつつ、左目でこの道にいる魔物すべてを見て、マーキングして数を数える。その数なんと、五百七十三体。

 アホみたいな数だな。でも、数なんて私にとって関係のないことだ。

 よし、行くか。

 剣を構え、強く踏み込み、すでに戦っている人達の上を飛び越えて魔物の大群の真っただ中の、一匹の魔物を狙って剣を突き立てた。

 まずは一体、と。


「ここから先には、行かせない」


 自分の中で絶対防衛線を定め、それを守るために剣を振る。

 ただひたすら剣を振って、魔物を斬って斬って斬って斬って斬りまくる。段々と減って行くマーキングの数。段々と増えていく死体。

 海から上がってくるよりも速いペースで倒し続ける。


「ふっ、はぁっ!」


 牙を避け、斬って、斬って、また尻尾の足払いを跳んで避ける。その攻撃が別の魔物に当たり、仲間割れのような状態になったところを二匹まとめて仕留める。

 よし、次!

 下の引き金を引くと、剣の刃の部分がなくなり、代わりに高エネルギーでできたビームの刃が出てきた。

 こっちの方が、少し軽くなっていいな。

 このビームの刃は実態の刃と違い、熱を使って物を切るため、生物を斬っても血が出ない。斬る時の抵抗もほぼない。切れ味も落ちないし、研ぐ必要もない。いくらでも切れる、すばらしい刃だ。

 ただし調理には向かない。お肉も野菜も、切り口が黒焦げになってしまうから。この魔物みたいに。


「はぁっ!」


 魔物の頭を踏ん付けて上に跳び、重力と自分の体重をかけた一撃で何体かの敵をまとめて倒す。

 続けて横についているボタンを下に動かす。

 すると、片刃の剣が縦に半分に割れ、エネルギーの刃がその間から伸び、どんどん伸び、数メートルは伸びた。それを一振りするだけで、十数もの命が消える。まるで、お誕生日ケーキの蝋燭を吹き消すかのように、一振りで、一瞬にして。

 敵は、倒す。慈悲はない。自分達の、この町の安全を脅かす者は、すべて。


「はぁぁ!!」


 気が付くと、左目に表示されている倒した敵の数が五百を超えていた。しかし、まだ終わりは見えない。前進もほとんどできていない。

 まったく、何なんだよ、この数は。いったい、全体でどのくらいいるんだ。

 左目の索敵範囲を広げ、町とその近海の魔物の数を調べる。

 ……死体も含めて、約八千匹? うち生きているのは五千と少し、だって? どこからこんな数が出てきたんだ。

 海を見ると、今もまだどんどん魔物が上がってきている。


「チィッ! 次から次へときりがない!」


 いい加減逃げて言って欲しい。そもそも、なんでこいつらはここを襲ってきたんだ?

 事の発端について考えながら、もう慣れた感じで魔物を倒す。先ほどのスイッチを元に戻し、刃も最初の刃に戻して。

 こいつらが現れたのは、朝だったな。この目の異変に戸惑っていた私の部屋に、フィキさんが来て魔物の襲来を教えてくれたんだ。

 あの少し前に、こいつらはここに来た。こんな大群で。いつもは、年に数回しかやってこない魔物が、一万匹弱も一気に来るなんて、明らかに何かある。

 魔物襲来の原因を突き止めようと、海から上がってくる魔物と今目の前にいる魔物をよく観察する。

 んー、んー……ん? ふむ……。

 何だろう。こいつら、なにか、焦ってる?

 後ろに引けないというか、前しか見えてないというか。この魔物の大群からは、そんな、焦燥感、のような何かが読み取れた。

 ……後ろの方に、こいつらをこうさせる何かがある、またはいるな。それがきっと原因だ。

 元を絶てば何とかなるかと思ったが、どうやらそれは、かなり遠くの海の中にある様子。そこは、ここからでは到底辿り着けない場所だ。

 今はとにかく、この大軍を倒し続けるしかない、か。

 幸いにも、疲労はそこまで蓄積されていない。まだ十分動くことができる。まだまだ、これからが戦いの本番だ。

 もう一度横のボタンを動かし、伸びたビームの刃で敵を二十体まとめて葬る。減る数字。上がる口角。


「……ふふふっ」


 楽しい。なんだか、凄く楽しい。こうやって無双することが、倒れる魔物を見ることが、生温かい返り血を浴びることが、とても気持ちいい。つい笑ってしまうくらい、気持ちがいい。


「ふふっ、はははははっ!」


 あぁ、何て楽しいんだ。休む暇もないほどの大量の敵、終わりの見えない戦い、らなければやられるというこの状況。まさに極限、まさに自分との闘い。あの平和な日々にはなかった、新しい刺激。

 血にまみれた手で、血にまみれた剣を振り、さらに血を浴びる。白い服も銀の髪も、体中が赤く、黒い色に染まって行く。

 最初は、漁師さん達を救うため、この町を守るためにと思って武器を握ったはずなのに、今ではもう、この戦いを楽しむことしか頭にない。頭の中までこの赤黒い魔物の血液に侵されてしまったようだ。

 知らなかった。戦いがこんなに楽しいことだったなんて。私がこんなに戦いを求めていたなんて。懐かしい、この感覚。過去へ繋がる手がかりになりそうな、この気持ち。……戦えば、私は昔の自分を思い出せるかもしれない。

 そんな仮説が、私をさらに、血みどろな戦いの沼へと引きずり込んでいった。

 ああ、楽しい。楽しすぎてやめられない。記憶を取り戻すまでやめたくない。ずっとこのままでいたい。ずっとこのままでいい。

 激しく動きすぎて左腕の傷口が開いてしまったが、そんなことは気にならない。いや、違うな。この腕の痛みが、こんな状況の中でも私がまだ生きていることを実感させてくれる。


「ふはは、はははは! はははははっ!!」


 笑いながら戦う。動くスピードを上げ、人だとは思えないほどの速さで敵を薙ぎ倒していく。

 もう、町を守ることなんて考えていない。考えられない。自分が楽しむために戦う。ただそれだけだ。

 お仕事も楽しかったけど、これはそんなのと比にならないくらい楽しい。

 今私は、どんな顔をしているのだろうか。ニヤニヤ笑っているのだろうか。満面の笑みを浮かべているのだろうか。

 この状態の私を見たら、フェニさん達は何て言うのかなぁ。驚くのかなぁ。ドン引きするのかなぁ。それはちょっと悲しいかなぁ。でも、楽しいからいいやぁ。

 そんなことを考えながら、アドレさんとカイさんのことを見る。彼らはさっき見た時と変わらず、騎士達と協力して着実に魔物を押し戻していた。

 おお、やってるやってる。んー、でも、全然楽しそうじゃないなぁ。もっと楽しめばいいのに。争いなんていう、自分を殺すことなんて、楽しまなきゃやってけないっていうのに。


 笑って、戦って、他の人の状況を覗いていると、私はいつの間にか、毎週来ている武具屋さんの前まで戻っていた。

 あ、今日行く予定だった武具屋さんだ。もうここまで来たのか。順調、かな。ここのお婆さんはどうなったんだろう。ちゃんと無事に逃げられたのかな? ……死んじゃってたりは、してないよね?

 心配になって、左目を使って中を覗いてみるが、人の姿はない。代わりに、お店の裏にまで魔物が入り込んでいた。道にいられなくなった個体が、お店の中に入ってしまったようだ。

 中にまでいるなんて……こいつらには、どれだけ余裕がないんだ。

 何でもいいから、海から離れたい、逃げたい。そんな魔物達の必死な意思を感じる。そして、その原因である遥か後方の何か。

 んー……気になるな。

 知りたい。こんなに凶暴な魔物が、とりあえず何でもいいから逃げなくてはならないと思うほど恐ろしい存在のことを。

 ……まぁ、こいつらを倒していけば、そのうち出てくるでしょ。

 そう軽く考えて、再び楽しい楽しい戦闘に戻った。建物の中や路地裏にいるのは後ろの騎士さんに任せる、というか残しておいて、宿屋さんの前を通り過ぎた。

 早く動きすぎて、魔物が止まっているように見える。凄い。私、なんかとっても凄いことしてる。やっぱり戦うのって楽しいな。


 倒した数が最初にマーキングした数を超えた時、私は他の二本の大通りとの合流点である港まで後一歩という所まで来た。

 ふぅ、ここまで来ると、流石に少し疲れてきたな。まあでも、そこまで戦闘に支障はないから大丈夫だけど。


「あと少しで、港だっ!」


 ここまで来れば、もう後は倒すだけだな。今まで倒す以外のことほとんどやってないけど。

 私の後ろでは、付いてきた騎士とフェニさん、フィキさんが奥に入り込んだ魔物を処理していて、隣の道ではアドレさんが、さらにその隣の道ではカイさんが、私と同じようにこの町の騎士達の仕事を奪っていた。


「はっ! はぁ! らぁ! っと」


 彼らも私と同じくらいまで戦線を押し上げていたので、そろそろ合流できそうだった。

 合流できればきっと、もっと速いペースで魔物を残滅できるはずだ。そうすれば、この戦いを早く終わらせることができる。

 正直言って、ただ剣を振り回す作業にも飽きてきた。いつまで経ってもやることは変わらないし、敵は最初よりも弱くなっちゃったし、手応えもまったくと言っていいほどない。こいつら、本当に人を襲う魔物なのか?


「……そろそろ逃げてってくれないかなぁ」


 なんてことを呟きつつも戦い続ける。

 大通りから港に出たところで、剣を突き出したタイミングに合わせてカチッとボタンを親指で操作し、一瞬だけビームの刃を出した。その直線状にいた魔物が死に絶え、肉の焼ける臭いが血の臭いに混じる。

 うーん、最初は決め技だと思って使ってたけど、そうでもないな。


「なっ……」


 そう思った私の目の前、倒れた魔物が連なる地面の先に、突然目の前にいた敵が倒れたことに驚きを隠せないと言った表情のアドレさんがいた。驚きのあまり、魔物に取り囲まれていることも忘れている。

 ああ、なんか、デジャブだな。ま、あの人の所に行くためにやった訳だし、いるのは知ってたんだけど。それにしても、

 ハンドガンで彼に襲いかかろうとしていた魔物を撃つ。


「う、は? なん……お、お前――」

「危ないですね。自分の身くらい自分で守ってくださいよ」


 そう言いながら三発ほど撃って、アドレさんの周りの敵を倒す。

 その銃声にハッと我に返った彼は、魔物をいつも背負っていた剣で斬りながら、私の方へ近付いてきた。


「おまっ、レイラ、馬鹿野郎! なんでここにいるんだっ!」


 そんなことを口走りながら。


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