戦いのあとに
旦那、そこの旦那。
そう、あんただよ、旦那。ちょっと俺っちの店に寄っていかないかい?
あぁいや、店ってほどのもんでもないけどな、とにかく俺っちの売り物を見ていってほしいわけさ。珍しいものがあるぜ。ただし、少しだけだぜ。厳選してあるんだ。俺っちは金にならないものは手に入れない主義でね。つまり必ず売れる誰もが欲しがる逸品ってわけよ。わかるかい? 誰もが欲しがるんだ。この価値を知ったら寄らない手はないね。あ、いや、その顔は探しものだな? そうに違いない。俺っちは詳しいんだ。探しものも任せてよ。こう見えても俺っちの手は広いんだ。仕入れのために色んな所を駆けずり回るんだ。この星の中なら何でも探すぜ。ネジの一本から箱いっぱいの宝石までなんでも、だ。どうだい? 少しは気になってきたかい?
おい、旦那。そっちへ行っても俺っちの店はねぇよ。
おおーい。
◆◇◆
乾いた風が荒れ狂う度、足元から砂が巻き上がり視界を奪う。
太陽は砂に沈みどこで燃えているのか判然とせず方向すらわからない。
遠くに見える黒い影が揺れる。そのシルエットは角ばった岩山であり、全くの不毛な大地が続いていた。
荒野を歩いていた。
砂にまみれた革のブーツを履き、長旅で擦り切れた豪奢な赤いワンピースを分厚い砂色のマントで覆い、目深にフードをかぶって、小柄な少女が歩いていた。
隣には二足の鳥足ラクダ型運搬機を連れて。
このラクダとふたり旅なのだが、こいつは最近どうにも調子が悪く私を乗せることができない。
乗ろうとすると重量過多などとわめきやがる。私はそんなに重くないぞ。
少し暗くなるまで歩き続けていると適当な大きさの岩が散らばっているところを見つけた。更に岩群の中央部はすり鉢状に窪んでいる。好都合だ。
大きな岩があれば砂風から完全に身を隠せて良いが、手頃な大きさの岩が多数あったほうが更に良い。
岩の隙間にエネルギー源になる岩トカゲや小さな虫が居ることがあるし、組み合わせて簡易な寝床を作ることもできる。
中央の窪みなら砂風も大部分をやり過ごせるだろう。
「今日はこの辺りで休もうか」
返事がないのはわかっているがつい話しかけてしまう。ふたり旅とはいえ日常会話もままならない相棒だとつまらないと思う時もある。もっとも、システムメッセージしか流さないこいつを選んだのは自分だが。
もう少し考えればよかったとも思うが、当時は会話など煩雑だと思っていたらしいのも事実だ。
随分昔の話で詳しくは覚えていないが、つまりは自業自得である。
憤慨やるかたなしという気分のまま、しかし手際よく寝床を作る。岩を組み合わせて砂風と地面の砂に潜む虫を防ぐ。これを怠ると噛まれるのだ。虫に。2回、噛まれた。クソ虫め。
まぁ、その話はいい。今は休もう。
ラクダは手頃な窪みにはまり込み勝手に待機モードになっている。手のかからない、いいやつだ。
この辺りには大型の生物も岩を昇る害虫もいないので地面から離れていれば安心。
適当にエネルギー源と水分を取り込みマントを被って横になった。
夜半、目が覚めた。
妙に明るいのだ。閉じていたマントを広げ、周囲を確認し立ち上がった。
赤いワンピースの上を砂が滑り落ちる。
晴れていた。
砂嵐はすっかり止み、深い藍色の空には筋状の薄い雲がゆったりと流れている。
まんまるの月が上りきらめく星々とともに涼しげに砂の大地を照らしていた。
その見上げる視界の端には砂嵐。360度の砂嵐。ここだけ、晴れていた。
「うそ」
信じられなかった。
万年砂嵐とも呼ばれ私の知る限り止んだことのないはずの砂嵐が、ここだけ止んでいた。
辺りを見回していてふと、気が付いた。
岩の断面が四角だったり、大きな平面があったり、人工的な彫刻があったり。
いずれも風雨で――いや砂風で――削り取られ崩れかけているがうっすらと人工物の痕跡が見えた。
「ここ、もしかして遺跡の上だったのかしら。何か文字が描いてあるような、というか光っているような……?」
寝床にしていた石の板。積み上げたり背にするのにちょうどいいと思って集めた平たい石の板たち。
よくよく見ればうっすらと文字が彫ってあるようにみえるし、そもそもこんなに大量に均一な石があるのは不自然だ。
うまい具合に文字が繋がっている部分が薄ぼんやりと光っていた。繋がっていない部分は光っていなかった。
知的好奇心がギュンギュンと刺激され、呆けていた脳が高速回転を始める。
いつの間にか相棒も待機モードから戦闘モードへ移行し、こちらを向いていた。
やるしかねぇ。
そう思った。
◆◇◆
ザァザァと音を立て砂が地面へ流れていく。
「こういうものってなんで横穴でなくて縦穴なのかしらね」
砂の流れる音を聞きながら考える。が、特に解決しないので横たわったまま、ただ砂の動きを見ていた。
石版を組み合わせたら古代の力が復活し遺跡は十全な機能を取り戻す。そんな訳はなかった。
目に付く限りで文字が繋がるよう組み合わせた途端、爆発した。
よくはわからないけれどとにかく爆発した。
その衝撃で砂は舞い上がり、地面が陥没、崩落し、そこへ巻き込まれた。
気がついたらこの状況だ。
つまり私は、身長の三倍以上の高さにある天井の穴を眺める地下牢に囚われた美少女になったわけだ。
クソ遺跡め。
『脚部に異常発生。歩行不可、歩行不可。部品を交換してください』
一緒に落ちてきたこのラクダもラクダだ。同世代機の中で抜群の跳躍能力があるからこそ選んだのにこれだ。肝心の足が壊れてどうするのだ。
私だって下半身すべてに異常発生だ。私の足と交換してやろうか。
苛立ち紛れに手の届く範囲にある飛び散ったラクダの脚部品を一つ掴み、天井の穴へ放り投げた。
ナイスシュートだ。体格に似合わない腕力は健在だった。
「ああ……探し物もここまでかな……」
げんなりだ。しょんぼりだ。私はずっと探していたのだ。
でなければこんな荒野を歩いてなどいない。
古い記憶を手繰り寄せるも何を探していたのか思い出せない。
ただ、何かを探していたのだ。
その記憶だけを頼りに歩き続けてきたのだが、それももうお終いかもしれない。
でも、諦めきれなかった。
動かない下半身と長い金髪を引きずったまま腕の力だけで進む。
フードとマント、ブーツは捨てた。邪魔だった。
地下に広がる空洞は想像以上に広かった。精々地下水脈やマグマの跡など洞窟を拝借した物かと思ったがそうでもないようだ。
幅は大人五人が手を広げて並んで歩けそうな程あり、高さも同じくらいあった。
粗末ではあるが床には磨かれた石板が敷かれ、岩盤を削った壁も垂直に立ち、天井もある程度均されている。廊下のようなこの通路も水平にまっすぐ伸びていた。
落下地点からニ方向に伸びた通路のこちら側を選んだ理由は特にない。適当だ。
「一体何のための場所なのかしら。こんな大きな施設を地下に作るなんて。それに何かちぐはぐね」
疑問を持ちながらも進んだ。数十メートル先で突き当り、T字路になっているようだ。
その途中に半壊した金属扉が立てかけられた人間一人がギリギリ通れるような通路があったのでその中へ進む。
大体こういうところにはイベントアイテムがあるものだ。私の知識がそう囁いた。
通路内は壁天井床すべてが金属で作られていた。安い素材らしく所々うねっている。
狭い通路はすぐに終わり、倉庫のような棚が乱立した部屋に出た。
「金属の通路に、これは……機械部品……? あっ、もしかして」
十メートル四方ほどの部屋を何とか這いまわって目的の物を探しだした。
ラクダの脚部に使える部品だ。流石に同タイプの足は無かったがこれならなんとか装着できる。そもそもメーカーが違うから互換性などないがその辺りは乙女の秘密だ。
工具はラクダと共に落ちてきた背嚢の中にあるはずだ。急いで戻った。
ラクダを適当に修理して歩かせる。どうせ大ジャンプも全力疾走もしないだろうから適当だ。動けばいい。荷物を下ろして私だけが乗れば素直に歩いた。
先ほどの倉庫から更に通路が続いていたのでそこへ進んだ。
進んだのはいいが、迷った。
「何なのこの妙な配置は……でも見たことあるような、ないような」
なにか明確な意図を持って通路が配置されているようだったが、なんとなく右へ左へ進んでいたら大きな部屋に辿り着いた。
大型の画面が壁一面に並んだ部屋だ。いくつも机が並んでいた。
一番手前の机にも画面があり、そこだけ光が灯っていた。
非常電源が生きていた。言語も知っているものだ。よかった。これなら私もわかる。
わかる。
わかって、解ってしまった。
「ああ……ああ、そういうこと。私は、なんて運が良いのかしら。なんて運が悪いのかしら」
唯一生きていたサブコンソールには接続可能な機種一覧があり、私もそこに載っていた。
作業員が脱出前、設定しておいてくれたのだろう。
なので正規の手段でメインリアクターを始動させる。
外部記憶装置へ接続する。すぐに思い出した。
私は帰ってきたのだ。
燃料が残り少ないので材料が足りたとしても私の修理部品と少々の予備部品を作るのが精一杯だろう。だが、めいいっぱい使い切らず、少し残しておく。もしかしたら他の姉妹機が戻ってくるかもしれない。
可能性はゼロに等しいが、無くはない。
急速培養型生機ハイブリット人型兵器として敵基地に乗り込んだ。
人間サイズでハイパワーかつ精密な動作をするハイブリット機はとても高価だ。
通常、人間では耐えられないような加速Gの機動をする重戦闘機械の操作を担当する。
戦況悪化の末の特攻作戦だった。重戦闘機械はもう無かった。
上手く潜入し破壊を尽くしたが、足にダメージを受けて動きが鈍ったところを鹵獲されたのだ。
低い唸りとともにメインリアクターが始動した。必要な区画に電力を供給する。
部屋に明かりが灯る。メインモニターに状況が表示された。破損は思ったより少ない。
自動清浄補修機が壊れていなかったからだろう。助かった。
あの大きな通路は重戦闘機械の通路だった。大きいわけだ。
鹵獲前、データの読み取りや書き換えを恐れて自らのデータを抹消した。
その際、一縷の望みを託して時限データ復帰装置を起動した。
下半身が動かないのでいまだにラクダの上から操作している。まずは下半身とそれをつなぐ部品を作ろう。生体培養も出来そうだし、長旅で擦り切れた皮膚も交換だ。一応、女の子なのだから身だしなみも重要だし、燃料の負担も少ないし。マントとフードも新調しよう。せっかくだから赤だ。ブーツも赤だ。予備も赤だ。赤がいい。敵を滅ぼすための装備も必要だろうが物理銃は弾丸の補給が期待できない。一応設定するが刃物とレーザー兵器を優先だ。
データ復帰装置は問題なく起動した。ただ、タイミングが悪かった。
運搬中に起動した。基幹設定データと戦闘データ、感情システムをロード完了。
だが記憶をロードしている時に気付かれた。中断せざるを得なかった。
目の前にあった運搬機械を奪い、逃走した。
さて、敵はどこだろうか。基地のレーダー機能も一部生きているようだ。探ってみようか。いやいや、気付かれたらおしまいだ。ここは慎重に。慎重に……
逃走中、何度か襲撃を受けた。その際、外部記憶装置の接続部分が破損した。
破損してしまったのだ。そのため、ずっと記憶が中途半端に戻らなかったのだ。
しかし装置自体は体内の取り出せる部分にある。
機械的には接続できないものの、いまだ健在だった。
ここでは工場のメインシステムを介しワイヤレス接続が可能なため接続ができたのだ。
もう、よそう。敵なんていない。味方もいない。
ここは前線にほど近い急造の地下工場だ。すでに廃棄されて五百年ほど経っていた。
五百年だ。人間は十世代以上入れ替わっているだろう。私のことを覚えている人間はいないだろう。
私を設計してくれたあの博士ももういない。現実を見よう。
今しがた動かしたレーダーは何も示していない。ただ、荒野が広がるだけだった。
別に死にたいわけでもない。
守るものも、もう無い。
全て忘れて好きに生きようかしら。
そうだ、それがいい。
ねえ、相棒?
◆◇◆
おおーい。
旦那、旦那ってば。
探しものだろう? 誰かを頼らなくっちゃ。その体を見りゃわかるよ、手段なんか選んじゃいられないんだろう? ええ? いやさぁ、だってさぁ、そんな重そうな、頑丈そうな内臓フレームのハイブリッド機人なんて見たことねぇよ。一体全体、何世代前の機種だい? 今の流行りは軽量高剛性よ。その古臭さから前大戦の頃だとして何百年探してるんだい? それに無理矢理で時期を外れた手術だろう、跡が残り過ぎだよ。俺っちみたいな業界人じゃなくたってわかっちまうよ。そりゃすぐわかるさ。変に詮索したわけでもねぇよ。そこは信じてくんないかなぁ。 で、たまには人に頼ってみたらどうだよ、んん? おっ、興味がわいたかい? そう来なくっちゃ! 俺っちは色々知ってるぜ。 例えばそう、……なんだって? 俺っちが右腕に巻いているこの布切れかい?
よっくぞ聞いてくれました! こちらは先の大戦の頃に作られた特製の軍用防刃防弾生地だい! ちんけな拳銃はもちろん、スナイパーライフルだって通さねぇ! 最高の生地だ! 実証済みだぜ。ちょっと痛いけどな! うひひ! そいつをどうだ、今日という日を記念していつもなら燃料パック二百本分のところを……
え? 値段じゃなくて拾った場所だって? この赤い生地を? バッカ言っちゃいけねぇよ。 商売人に仕入先を聞くのはご法度だぜ。情報? そりゃ情報屋の真似事もしてるよ。本業は商売だけどよ。 ……なぁ~~るほど! この情報を買いたいってわけね。いいぜ。売ろう。料金は後払いで結構だ。ただし俺っちを満足させてくれよう? でないと、なぁ? ああ、待て待て、今代金を出されたら困っちまうよ。俺の店に来てくれ。ここで話してコソ泥に聞かれたらたまんねぇ。全く油断ならない街だよ。なぁ、旦那。
ようし、誰も聞いてねぇな。こいつはな、南に三十日ほど行ったところにある街で手に入れたのよ。女だ。いや少女だな。そいつが貴重な銃弾をよこせってんだ。だからふっかけてやったのよ。それで手に入れたんだ。まさかこんなものが出てくるなんて思っても見なかったけどな! うひひ!
え? 特徴? そうだなぁ、まず、メチャクチャ強い。動きだってすげぇし刃物を扱わせたら一級品だ。銃器の扱いも上手いし噂じゃ戦闘車両も操作できるらしいぜ。ま、眉唾だけどよ。なに? 容姿の特徴だと? うーん、まず、長い金髪と赤い服が特徴だ。いつも赤い服を着てるから一部じゃちょっとした有名人だ。あとは――
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