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08 迷宮生成・2

 しかし迷宮の中というのは湿っぽく、そして暑い。ゲームの時は季節の変化で気候が変わるのは迷宮の外のフィールドだけで、迷宮の中の気候は一定という設定だったが、さっきから少し話しすぎたこともあってか、しっとりと汗をかいてしまった。


「参謀さん、暑いみたいですねっ! 服のボタンを外してくれたら、私そこに入りますよ! 妖精の羽根はいつでもしまえるから、じゃまになりませんし!」

「ど、どうしてそんなに私の胸にこだわるの?」

「それは惹かれるものがあるからに決まっておろう。大きいということは良いことだ。我の身体が小さいからそう思っているわけではなくてな」

「ああ……魔王さま、口を開くたびに墓穴を掘っていくタイプなのですね。魔王の掘る墓穴……ふふっ、なかなか興味深いですね」

「我は穴など掘っておらんぞ、何を言っておるか。それより参謀、汗をかいたなら風呂は必須であろう? 我の気持ちが分かったのなら、さっさと陳情せよ。湯殿が欲しいですとおねだりせよ」


(もしや魔王さまは、私に好意をお持ちなのでは……まあ、俺は女の子にしか興味はないけどな)


 ショタに慕われるより、女の子同士で仲良くしたい。その方がメンタル的にはとても健全でいい。合法的に色んなことをしても許されそうだし。


 ――そこでようやく俺は、落雷を浴びたような感覚と共に気がついた。遅い、遅すぎる。その時俺に電光走る――といったところでだいぶ遅い。


「私も少し汗ばんできちゃったわね……かといって寒いのは嫌いだし、困ったものだわ。水浴びが出来るといいのだけど」


 アムネシアさんが大きく胸の開いた服をぱたぱたする。下着をつけてないので、だいぶ胸の膨らみが見えてしまって、魔物ってなんて大胆なんだろう、こんな格好じゃ絶対戦わせられないと思ってしまう。


 しかしその見てはいけない部分を、見てしまっても構わんのだろう? というわけで。

 アムネシアさんにも見られるけれど、女の子同士なら、そこにいやらしさはないわけで。すごく仲良くなったら、挨拶がわりにお風呂場でハイタッチ、もといパイタッチをして、「今日も絶好調ね」「ええ、あなたもね」なんて会話が出来るようになるかもしれない。俺はその可能性を今の今まで見落としていた。


(攻略も大事だけど……日々を楽しく生きることも、同じくらい大事だ。俺……いや、私は今とてもいいことを考えた!)


 我ながら馬鹿だなあと思うけど、嬉しいものはしかたがないのだ。自分のを触っても感動しそうだったのに、人のを触らせてもらえたらどうなるかなんて明白だ。


「参謀よ、先ほどから顔を赤くしたりにやにやしたり、アムネシアを見たり、我を見なおしたような目で見たり、忙しないな。もっと顔を落ち着けよ、参謀は落ち着いているものではないのか?」

「忙しなくなんてありません。私だって色々考え事をすることもあるんです」

「何を考えていたのか、後でお風呂で聞かせてもらいたいわね。ふふっ……」

「私も聞かせてほしいです! あ、もしかして声を大きくしなくても聞こえてますか?」


 サクヤがようやく気付いたので、俺は彼女を手招きして、耳元でささやいた。


「これくらいでも聞こえるから、大丈夫」

「はぅっ……お、お耳が甘やかされました……ミリエルさんのお声、とっても優しいです……」

「くっ……参謀は我以外には、そのように甘くするのだな。あてつけのつもりか? 悔しくなどないぞ」


 すっかり閣下はいじられ役が板についてしまったが、彼には感謝しなければいけない。閣下のお力のお陰で迷宮を拡張し、湯殿を作ることが出来るのだから。



 ◇◆◇



 俺はいったん魔王さまと一緒に、参謀室にやってきた。迷宮の拡張自体はどこでも出来るのだが、念のために迷宮の全体像をつかんでおきたい。


 この部屋には大きな水晶球があり、その中に迷宮の姿がミニチュアのように浮かび上がっている。これを迷宮管理球と言い、魔王にお願いなどしなくても、俺の意志で迷宮の拡張、部屋の削除などを行うことができる。



 ∽ 迷宮の情報 ∽


名称:ベテルギウスの魔窟

迷宮レベル:1

魔物:8/20体

部屋数:4/10



 今は魔王の部屋、参謀室、俺が召喚された部屋、魔物召喚室の4つの部屋がある。あと6部屋までは追加できるわけだ。


 そして、迷宮内部だけでなく、地上の迷宮に続く森の部分も「フィールドダンジョン」という扱いで、情報を把握することが出来る。迷宮は入る前から始まっているのだ。



 ∽ フィールドダンジョン ∽


名称:暗黒の森

魔物配置数:0

侵入者:0

アクティブ罠:0

発動済み罠:0



「罠……と表示されておるようだが。そんな卑怯な手段を用いて戦うのか、参謀よ」

「卑怯じゃないですよ。罠は準備さえしておけば、すごく効率がいい戦闘方法なんですから」


 それに罠を使えば、配下の魔物たちを傷つけたくないという、閣下の甘い考えもある程度順守できる。

 ある程度というのは、罠を使ってもダメージを与えないわけにはいかないし、場合によっては相手が死ぬことだってある。

 ベテルギウスには配慮するが、どうしても相手を倒さなければならないなら、俺は躊躇する気はない。敵の方も、俺たちに対して全く情け容赦などないからだ。


「今日の夜のうちに、スケルトンたちに工作をさせます。森に罠を仕掛けて……と」


 俺は水晶球にフィールドダンジョンを表示し、魔王の迷宮に続く道にいくつか罠を指定し、それを作るユニットを指定する。


 スケルトンにかぎらず魔物は夜目が利くので、夜の間に工作をさせるのが有効だ。ハウンドは今の段階で召喚出来るモンスターでは一番視界が広いので、索敵も早く、もし罠を仕掛けている時に敵が来てしまっても、敵に気づかれないうちにこちらが気づくことができる。そんなわけで、手が使えるスケルトン三体と、ハウンド一体を一つの部隊にしておいたわけだ。


 初期状態で仕掛けられる罠はこんな感じである。



 ∽ フィールド用の罠 ∽


 ◆罠レベル1◆


「ワイヤートラップ」 敵が引っ掛かると、他のトラップのキーとなる。

「派生:鳴子」 キートラップからの派生で発動。敵の侵入を知らせる騒音を鳴らす。混乱効果あり。

「派生:尖った枝」 キートラップからの派生で発動。対象に小ダメージ。クリティカルあり。

「派生:吊るし上げ」 キートラップからの派生で発動。敵を高く吊るし上げる。

「草結び」 地面の草を結んで転ばせる。

「派生:トゲ地面」 草結びからの派生で発動。転んだ相手に追加ダメージ。

「落とし穴・小」 敵を落とす浅い穴。3~5ダメージ。敵の動きを短時間止める。



「……この、尖った枝というのは……敵に当たったら血が出るのではないのか?」

「気が付きましたか……分かってます、そういう罠は優先度を下げますから。他の罠でも十分有効ですからね」


 とは言いつつも、初めにやってくる冒険者に「尖った枝」は非常に有効で、クリティカルでの一撃死を期待できたりするのだが――ワイヤートラップを引っかけて、連動して勢い良く飛んできた尖った枝が突き刺さるなんてのは、絵面としてとても魔王に見せられるものじゃない。


 決まりさえすれば、「吊るし上げ」はうまくすると敵を生かしたままで捕らえられて良い。敵を生け捕りにすると、いろいろと後で利用法もあるからだ。


「この位置に罠を仕掛けても、敵が通るとは限らないのではないか?」

「そこはこれを使ってですね……まあ、フィールドで全てを決するのは難しいですから、これくらいにしておきます。コストもかかりますしね」


 フィールドに罠を仕掛けるにも魔力を使用するので、残りは2000マギウスとなった。湯殿を作っても1500は余っているが、出来るだけ多く次のレベルまで持ち越したい。


「迷宮の中の仕掛けは明日でもいいですから、今日はもうお風呂に入っちゃいましょうか……閣下?」

「……い、いや、何でもない」

「何でもないって顔はしてないですよ? 思っていることは遠慮なく言ってください」


 出来るだけ気兼ねしないように軽い感じで言ったつもりが、閣下の雪のように白い顔は――目に見えて分かるほど赤くなっていた。


「……我のことを皆で蔑ろにしていると思ったが、そうでもないのだな、と思っただけだ」

「そ、それは……ええと、何と言いますか。曲がりなりにも主君を敬うのは当然のことですし、皆さんだって本気でからかってるわけじゃないですよ。召喚主の閣下を、ちゃんと尊敬してます」

「う、うむ。それは当然だな。我のことを敬い、崇めるがよい」


 これが本当に男じゃなかったら、と思わずにはいられない。俺が男で、魔王が女だったら、今みたいな恥じらうリアクションも、全然別の意味に受け取れるのに。 


「こほん……では閣下、お願いします。ここのところですよ? 間違えないでくださいね」

「わ、分かっておる。魔力さえあれば、迷宮は我が意のままなのだぞ。新たな部屋よ……」

「あ、ちゃんと通路でつなげてくださいね、私と閣下の部屋に隣接するように湯殿を作ると、部屋からお風呂に入れてしまいますから。湿気もすごそうですしね」

「どのようにすれば良いのだ?」

「それはですね……」


 俺は近くにあった白紙の本を開いて、用意されていた羽ペンでさらさらと図案を書き記した。

 それに目を通した魔王はふむふむと頷くと、管理球に手をかざす。そして、再び迷宮生成の呪文を唱えた。


「新たな部屋よ、生まれよ!」



 ∽ ログ ∽


・新たな部屋「湯殿」が生成された!



 ドクン、と迷宮が胎動する気配を感じる――大きく構造が作り替えられたのだ。

 地面を掘り進んで構造を変えたなんてものじゃない。湯殿という区域が、物理法則を無視して、この迷宮に追加されたのだ。

 俺は管理球を操作し、表示されている情報を切り替え、今の迷宮がどうなっているのかを確認した。



 ∽ 迷宮管理球 1F見取り図 簡易表示 ∽


■■■■□参■王

■湯殿■□□□□

■湯殿□□■■■

■■■■□■■■

■□□□□□□□

■□召喚□■■□

廃□召喚□■■入


王:魔王

参:参謀

廃:廃棄魔法陣

入:入り口

■:侵入不可

□:通路



 表示形式はいくつかあるが、これが結構分かりやすい。一つのマスがだいたい20メートル四方になっている。参謀室も魔王の居室も同じ広さというわけだ。


 部屋の位置は変えられるので、普通なら召喚部屋を左上に持ってきて、下半分を入り組んだ迷路にするのが定石だ。しかしこれでは入り口から4マス分の通路を抜ければ召喚部屋まで着いてしまう。迷宮の核が裸でさらされているにも等しい状態である――まあ、やりようは幾らでもあるのだが。


「閣下、お分かりいただけましたか?」

「ぬ?」

「ぬ、じゃありません。湯殿を作ったので迷宮の防衛力が低くなってるんです。反省してください」

「む、むう……わかった。我は部屋でおとなしくしていればいいのだな。参謀は皆と一緒に、気兼ねなく風呂に入ってくるがよい」


 俺が何も言わないうちから、魔王さまが空気を読んでくれる。やれば出来るじゃないか、と思わず不敬なことを考えてしまう俺だった。


「……と言うと思ったら……」

「? 何か言いましたか、魔王さま」

「なんでもない。我は部屋に戻っている。あまり騒がしくするのではないぞ」


 あっさりと部屋を出て行く閣下を見送る。俺は参謀室に着替えは用意されているのだろうかということの方が気になり、探しているうちに、閣下が小声で言ったことなどすぐに気にならなくなってしまうのだった。


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