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03 少年魔王

 帽子をかぶり終えて、サイズがぴったりだとか平和なことを考えた途端、なんだか無性に笑えてきてしまった。


「ははは……かぶった感触までリアルだ。はぁ……」


 乾いた笑いが出てくる。夢であってほしい、そう思うが、意識がはっきりして周囲の風景が鮮明になっていくほどに、肌に感じる現実の手触りが否応なく強まっていく。


(とりあえず、状況を確認しないとな……)


 俺がいるのは、石壁でできた地下室らしき場所だ。どこからか空気が流れているので、暗くて部屋の端々までよく見えないが、出入口があるのだと思いたい。

 壁は加工成形でもされたかのような直方体の石材だが、床は石床というわけでなく、黒褐色の地面だ。俺が座り込んでいる下に、先ほど画面に浮かび上がった模様と同じ図形が描いてある。サイズ自体はさっき見たものよりずっと大きく、俺がその上でちょうど大の字になってもすっぽりと収まるくらいだ。


(……召喚されたっぽいけど、まさかな。信じたくないな)


 独りごとばかり言っているのも何なので、俺は頭の中で独りごちる。少し動いた拍子に、長い黒髪がさらりと流れて、大きく膨らんだ胸にかかった。


 俺がカスタマイズしたというわけでなく、「魔王と参謀」の女性主人公の胸はデフォルトで大きかった。サイズの指定が出来ないので、開発スタッフはおっぱい星からやってきたに違いないと言われることもあった。服装の変更がユニットのモデルに反映されるゲームだったので、胸を強調する装備も多く用意されていたものだ。


 しかしこうして自分のこととして考えると、大きな胸は邪魔だった。ちょっと動いただけで揺れて、もしかして走ったりしたら凄く痛いんじゃないか、という予感がする。さっき触ったとき、手が小さくなっていることもあるが、全然手におさまらなかった。


(この身体で生きていくとしたら、俺はまず胸を小さくする方法を探すだろうな)


 じっと胸を見る。ジャケットの前が大きく開いて、下に着ているシンプルな白い服の胸のところがピッチリと貼り付いており、胸の形がくっきり出ている。首元にリボンが結んであり、ちょうど谷間の部分に紐が垂れていた。


 この紐を引っ張ったら脱げるとか、そんな構造だったりしないだろうか。自分の身体なら、別に自己責任で見るぶんには問題ないんじゃないだろうか。


(……これは自分のことを知るためのステップだ。早いうちに知っておかなければ、後悔することもたぶん、おそらく、無きにしも――)


「さっきから見てれば、何をしているのだ」


「うわっ……!?」


 いきなり後ろから声がして、俺はその場で飛び跳ねてしまう。振り返ると、そこには一人の少年の姿があった。

 黒いマントを羽織り、王様というか、王子のような豪奢な装飾のされた服を着て、銀色の髪を飾るように小さな王冠をかぶっている。


「べ、ベテルギウス……様っ……!?」」


 なぜ、名前が分かるのか。そして、『様』なんてつけてしまってるのか。

 何も考えなくても、反射的にそうしてしまった。しかしよく見て見れば、その少年が「魔王ベテルギウス」に他ならないことは、俺自身が一番良くわかっていた。

 さっきまで散々ヘタレと罵っていた相手が、そのままの姿で俺の目の前にいたのだから。


「何やら混乱している様子だが、召喚したときに、失敗してしまったのか? 我を導いてくれる相手を探していたのだが」

「っ……は、はいっ、それは私です。あなたの覇道を手助けするために召喚されたのは、私に違いありません」


(か、勝手に喋ってしまう……何だこの、ゲームのオープニングイベントみたいな展開は……っ)


 しかし、改めて見ても容姿が整いすぎた少年だ。彼がベテルギウス(男)だとしたら、女性に弱いが女性を惹きつけずにはいられないなんていう、おねショタホイホイみたいな設定だったわけで……。

 そして俺は、ベテルギウスよりけっこう身長が高いわけで。その感覚としては、こうして見ると可愛いのではないかとか、つい考えてしまわなくもない。何しろ、顔は双子のようにベテルギウス(女)とそっくりなのだ。


「では、我の参謀になってくれるのか? そうであればこの迷宮の全てをおまえに委ねよう」

「はっ……ありがたき幸せです!」

「言っておくが、我は人間と戦いたくない。もし人間が攻めてくれば、そのときは無条件で降伏する。それこそが、人間と共存するための唯一の道だからだ」

「……えっ? 魔王さま、今、何とおっしゃいました?」


(おっ……自分の意志で喋れるようになってきた。しかしこいつ、いきなり降伏とか……性根から臆病なのか、平和主義なのか……)


 ゲームの世界に来てしまったのか、似ている異世界なのか、そんなことはもう気にしていられなかった。

 魔王ベテルギウスが何を考えて降伏していたのか、ようやく判明しようとしている。ゲームの中では何度も煮え湯を飲まされたが、今の俺はただ魔王に従うだけの下僕ではない――らしいのだから、チャンスは逃したくない。


「なぜ、降伏されるのですか? 魔王であれば、人間と戦うのが自然ではありませんか。それなのに……」

「我は血を見るのが嫌いだ。人間と戦うために魔物を召喚するのも、正直を言えばあまり好きではない」

「そ、そんな理由で……ありえない……」

「ありえないとはなんだ。なぜ魔王であったら、人間と戦わなくてはならないのだ。我は恐ろしいのだ、勇者たちが血に飢えた剣を振りかざし、我が下僕たちを襲うと思うと……そんな悲惨な目に合わせるよりは、降伏したほうがまだよい」


 ベテルギウス少年は、どうやら本気で言っているようだ。

 しかし……しかし、そんな理由で……想定してはいたものの、まさか本当にそうだとは……。


「……何を震えているのだ? そうやって胸を震わせて、我を誘惑しようというのか? 参謀にあるまじき行為ではあるが、今はよきにはからおう」

「こ、これは怒りに震えてんだよっ! ふざけんな、このヘタレ魔王!」

「っ……へ、ヘタレ……我のことをヘタレと言ったな? 少しばかり臆病で、博愛主義なだけの我に向かって、そのようなひどいことを、よく言えるっ……!」


(うわっ……な、泣いてる……魔王なのに……)


 少年魔王がぐしぐしと泣いている。何というか、居たたまれないというか、俺は自分が悪いことをしてるみたいな気分になってしまって、それ以上言う気をなくしてしまう。


 もしかしなくても、ベテルギウス(女)も同じ理由で、人間と共存しようとして……その結果、人間たちに蹂躙されると知らずに、降伏を選んでいたんだとしたら。そんなことを想像してしまったのだ。

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