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02 そして美少女へ

 ベテルギウス以外の魔王を主君に選べばうまくいくし、何のストレスもなく攻略できる。しかし俺は、そこまでヘタレであってもベテルギウスを見捨てる気にはなれなかった。どこかの野球部のマネージャーのように、ドラッカーのマネジメントでも読んだならば、俺もこのチームを甲子園に連れていけるだろうか。それとも孫子の兵法書でも読むべきなのか。兵は神速を尊ぶ、それくらいなら俺も知っている。


「……あれ?」


 ゲームオーバーになるとそのうちタイトルに戻るはずなのに、画面がなかなか切り替わらない。それどころか、さっきまで聞こえなかった効果音が鳴り始めた。

 まるで、この場に風が吹いているかのような、臨場感のあるサウンド――今までは、すぐにタイトルに戻ってやり直していたから気付かなかったんだろうか。


「百回ゲームオーバーになると、隠しモードが始まるとか……?」


 まさかな、と思いつつ俺はニヤニヤとしながら画面を眺めていた。黒画面になったときに自分の顔が映るのは嫌だな、とかそんなことを考えつつ――。


 初めは、見間違いかと思った。


 画面の中央に、模様が浮き上がっている。液晶モニターに表示された映像かと思ったが、それとも何か違う。

 その模様は、画面より手前にあるように見える。

 俺の使っているモニターは3D仕様なんかではない。ただの28インチのワイド型ディスプレイだ。それに配線を繋げてゲームとPCの表示切り替えが出来るようにしている。


 ハードの問題なのか、何なのか。今回の15時間のプレイで、一度も電源を切らなかったことが原因だろうか。冷房をかけているとはいえ夏だし、ゲーム機は熱を持ちやすい。しかし液晶モニターに、こんな焼きつきが出ることがあるんだろうか? 古いブラウン管モニターならまだしも。


 そのうち消えるかもしれないと思ったが、まだ模様は浮かび上がり、赤く輝いている。光は強まったり、弱まったりを繰り返している――それを見ているうちに、俺は好奇心を抑えられなくなる。


 タッチパネルに慣れて、タッチ機能のないモニターに触ってしまうなんていうマヌケなことをやらかすこともたまにある。傍から見るとそんなふうに見えるんだろうな、と苦笑しながら、俺は画面に手を伸ばした。



 ――汝、我が元に来たれ。その叡智を以って、魔王たる我に仕えよ。



「うわっ……!?」


 いきなり声が聞こえてきて、思わず声を上げてしまう。ゲームからの音のようで、そうでないような――まるで、頭の中に声が直接響いてくるかのようだ。


(て、手が……動かない……!)


 それどころか、声も出ない。モニターに浮かび上がった模様の赤い輝きが、際限なく強まって、視界を埋めつくしていく。


 昔やったホラーノベルゲームで、そんな展開があったなと何となく思い出しながら、俺は思った。

 ベテルギウスをしつこく主君に選び続けた俺は、もしかしたら、魔王に呪われでもしたのかもしれないと。


(……この場合、新聞にはゲームのやりすぎで死亡って扱いで載るのか? 嫌すぎるんだが)


 勘弁してくれと思うが、そんなことになったら父さんと母さんの方が勘弁してくれと言いたいところだろう。

 だが、どうしようもない。もしもう一度無事に目が覚めたら、俺がよく利用しているゲーム攻略サイトに「モニターに魔法陣が浮かび上がったら触れてはいけない」と書き込もうと思った。



  ◇◆◇



 なんとも形容しがたい夢を見た。


 自分の身体が粘土みたいにこねられて、新しいものに作り替えられるような。そんなことになれば発狂してもおかしくないのだが、俺はなぜか耐えることができた。


 つまりは、夢だから耐えられたのだろう。夢の中なら殺されようが、何をしようが、目が覚めれば全てなかったことになる。


 ――そう、だから、今俺が感じている馬鹿げた感覚だって、目が覚めれば消えているに違いない。


 違いない、はずなのに。




「……ん……んん……」


 身じろぎをしたのは『自分』だ。そのはずなのに、声は俺のものではなく、高音で透き通っている。


 俺はどうやら、床に座り込んでいるようだ。男の俺にはあるまじき、骨格の都合で女性しか自然に出来ないはずの、ぺたんこ座りというやつで。


 ひとつひとつ身体を動かして、自分の状態を確かめていく。俺は――何だろう、見たことのない服を着ている。今まで着ていたはずの部屋着のTシャツはどこに行ったのだろう。

 というか、このふわふわしたレースで縁取られた生地は……まるで……。


「……スカート?」 


 自分の声じゃない声で俺は言う。もともと声がそれほど低かったわけじゃないが、それにしても高すぎる。

 なんとなくのどを触ってみて、俺は驚愕する。まず、俺の手が小さくなって、爪がつやつやしている。それはいいとして、男の喉にあるべきもの――喉仏がない。影も形もなくなっていて、首も細くなっている気がする。


 というかこの服、見覚えがある。さっき、ゲーム画面の中で見たような……というか、15時間ゲームをプレイしていた間、わりと頻繁に見ていたような。


「……は?」


 本当に驚いたとき、人は驚いたリアクションすら出来ないのだと思い知る。


 これは「魔王と参謀」において、女性主人公を選んだときだけ与えられる、参謀の専用装備だ。

 参謀のジャケット、参謀のスカート。参謀の白手袋に、参謀のブーツ。そして、さっきまで画面の中で魔王の剣と共に野ざらしになっていた、参謀の帽子がすぐ傍らに落ちている。


 頭のどこかでは理解しているが、けれど認めたくない。冷や汗が背中を流れ落ちていくのを感じながら、俺はそこに何もないことを祈りながら、胸に手を当てた。


(……こんな感触、初めて……ってそうじゃねえ!)


 感動しかけて自制する。喜んでいる場合では全くない。男だったはずの俺に、胸があるとか、悪い夢だ。ゲームオーバーと同時に俺は力尽きて、夢にまでゲームの内容が出てきてるだけだ。


 しかし周囲の光景はあまりにもリアルで、洞窟の苔むした石壁も、湿っぽく淀んだ空気も、現実にしか見えない姿でそこにあった。


 俺はとりあえず帽子を装備――もとい、きゅっと被った。何となく落としたままにしておくのは心もとない。胸にかかるくらいの長さの髪を帽子にしまいこむのが参謀スタイルだったが、まだ慣れないのでそのまま被ることにした。


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