表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

19 デス・ワーム

 ウェイグとガズールはハウンドを見失い、森の奥深くまで入り込んでいた。


「クソッ……面倒くせえ。これじゃ、サリバンの野郎がいる場所まで戻れねえじゃねえか」

「……サリバン様を……悪く言うな」

「うるせえよデクの棒。てめえがノロノロやってるから、犬ころを見失っちまったんだろうが……ん?」


 毒づきながらウェイグは気がつく。少し先に大木が見える――その木の左側と右側に、獣道が形作られている。


「……まさか、魔物が通る道か? 魔王の迷宮が、この先に……?」

「……サリバン様に、報告する。魔王の迷宮の情報は、高く売れる……そう言っていた」

「あ? そんな儲け話があるのに黙っていやがったのか……あの野郎……」


 ウェイグの目に暗い炎が宿る。ガズールはそれを見ても、彼が何を考えているのかまでは分からず、大木に視線を送り――そして、気がつく。


 右側の獣道から出てきたのは――犬のような魔物。ガズールはそれを見た途端、我を忘れたように反射的に動き出す。


「うおぉぉぉぉぉっ……!」

「っ……てめえ、勝手に動くなっ! 犬の魔物なんて、もうどうだっていいんだよっ……クソがぁっ!」


 サリバンの命令はガズールにとって絶対だった。主人の命令を守る、そうすれば生きるために必要なものは全て与えられ、欲望すら満たされる。そのサリバンが、ガズールに犬の魔物を狩れと命じた。ウェイグが何を言おうと、もはやガズールには関係はなかった。


 ハウンドが大木の右側の獣道の向こうに、飛び跳ねるようにして駆け去っていく。ガズールは目を血走らせ、手にした大鉈を振りかざしながら、ハウンドを逃すまいと猛烈に突き進み――そして。


 ウェイグは一瞬、地面が揺れるように感じた。次の瞬間、大木の右側を抜けようとしたガズールが『消えていた』。


 ガズールの足下から土埃を巻き上げて、巨大な何かが飛び出してきた。


「うぁぁぁっ……!」


 ウェイグは絶叫する。それは、ガズールに何が起きているのかを、一瞬だけ視認することができたからだった。


 巨大な口を持ち、後は胴体しかないような『何か』が、ガズールを飲み込み、そのまま地面の中へと引きずりこんだ。それが魔物の仕業であると理解したとき、ウェイグは腰に帯びていた山刀を抜いていた。


 ガズールを助けようという思いからではない。ただ、恐怖がウェイグを突き動かしていた。


「うぁぁぁぁっ! あぁぁぁっ! うぉぁぁぁぁっ!」


 半狂乱で山刀を振り、ガズールの消えた地面へと叩きつける。しかし盛り上がった土が削れて飛び散るだけで、そこにはガズールの姿も、魔物の姿も残ってはいない。


 残されたものは、ガズールが持っていた大鉈だけだった。ウェイグはそれを見ながら、頭を乱暴に掻きむしる。


「死んだ……のか……何だってんだよ……てめえ、でかい図体しやがって、何あっさり死んでんだ……っ、おかしいだろ……ありえねえだろ、こんな……っ!」


 ウェイグの頭に様々な考えが巡る。逃げるという選択で思考が埋め尽くされたあと、別の考えが浮かんでくる。


「……魔王の迷宮を見つけたのは……俺だけ……くっ、くくっ……そうだ……死んじまったらおしまいだよなあ、ガズールさんよ……!」


 魔王の迷宮の情報は、高く売れる。ガズールの言葉が、ウェイグの欲望に火をつける。


 何が起きたのかは分からない。しかし自分は生きている。それは運があるからだとウェイグは思う。ガズールは運がないから死んだ、それだけの話だ。


 ウェイグは幽鬼のような、狂気じみた光を目に宿して、大鉈を踏みつけて先に進む。するとそこには想像した通りに、岩で形作られた迷宮の入り口があった。


 吸い込まれそうな闇がそこにある。ウェイグは明かりも何も持っていないが、それでも退くことを選ばなかった。少しでも共に仕事をしたガズールの無念を晴らしてやろうという、自分には似つかわしくない考えに笑いながら、ウェイグは迷宮の入り口に向かう。


「待ってろよ、魔王さんよ……てめえの顔を見届けたら、クソ勇者に居場所を教えて、殺してもらうからなぁ……ははははっ、ははははははっ……!」



 ◆◇◆


 迷宮管理球に映し出されたふたつの赤い点のうち、一つが先に大木の右に回り――そして、そこで『青い点』に置き換えられた。


 青い点はすぐに消えてしまう。それが何を意味するのか――青は自軍のユニットの色だ。


 つまり、ガズールは、魔王軍のユニット――ワームによって、『喰われた』のだ。



 ∽ 現在の状況 ∽


・《ガズール》が《ワーム》の上を通過しました。

・《ワーム》が口を開いた! 《ガズール》は飲み込まれた。

・《ワーム》はこの戦闘中、戦場から排除されます。



「ワームさんが……敵の人を、食べちゃった……」

「ワームって、ずっと同じ場所で動かなくて、獲物が来た時だけ動くっていうけれど……こうして見ると、物凄く強いように見えるわね……いえ、参謀殿の使い方が上手いのね」


 サクヤとアムネシアさんは感心しつつも、茫然としている。ワームの発動が、それほど度肝を抜いたのだろう。


 ワームは罠モンスターというやつで、一回の戦闘で一体しか配置できず、通常戦闘は全く行えないかわりに、敵が上を通過してさえくれれば一撃で倒せるという能力を持つ。しかし腹に敵ユニットが入ると、ワームはもうその戦闘中は使えなくなってしまう――使い方によっては強いが、無敵というわけではない。


 勇者もそうだが、罠を看破できるユニットは自動的にワームの存在に気がついて避けてしまうし、『盗賊』などのユニットはワームを発動させずに排除することもできる。だから、ワームは序盤のステージならではの切り札だ。


 しかし、見事に役割を果たしてくれた。後で経験を振り分けるとき、ワームもレベルアップの対象に入れておきたいくらいだ。


 だが、まだ戦いは終わっていない。最後にウェイグが残っている。

 何となく、彼が最後まで残るような気がしてはいた。ガズールがワームに飛び込んでくれなかったら、『強盗』も罠を看破する可能性があるので、ワームを回避されていたかもしれない。

 ――しかしガズールは排除できた。ウェイグを倒すための準備も、もう整えている。


「最後の一人が迷宮に入ってきます……魔王さま、ここで待っていてください。私とみんなで終わらせてきます」

「っ……参謀、我も戦う! 我には、皆を守る義務がある!」

「いいえ、魔王さま。魔王さまは戦ってはいけないんです。本当に大事なときまで、そのお力はとっておいてください。必ずならず者を倒してみせますから」


 私はベテルギウス少年の頭を撫でる。少女の時の姿の方が好きだけど、この際、それは関係ない。

 どちらの姿でも、私が守るべき主君であることに変わりはないのだから。


「アムネシアさん、サクヤちゃん。事前に打ち合わせておいた通りにお願いします!」

『はいっ!』


 魔王の親衛隊である私たちが、参謀室から最後の戦いに出撃する。

 最後に振り返った迷宮管理球には、ウェイグを示す赤い点が、迷宮に足を踏み入れてくるところが表示されていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ