19 デス・ワーム
ウェイグとガズールはハウンドを見失い、森の奥深くまで入り込んでいた。
「クソッ……面倒くせえ。これじゃ、サリバンの野郎がいる場所まで戻れねえじゃねえか」
「……サリバン様を……悪く言うな」
「うるせえよデクの棒。てめえがノロノロやってるから、犬ころを見失っちまったんだろうが……ん?」
毒づきながらウェイグは気がつく。少し先に大木が見える――その木の左側と右側に、獣道が形作られている。
「……まさか、魔物が通る道か? 魔王の迷宮が、この先に……?」
「……サリバン様に、報告する。魔王の迷宮の情報は、高く売れる……そう言っていた」
「あ? そんな儲け話があるのに黙っていやがったのか……あの野郎……」
ウェイグの目に暗い炎が宿る。ガズールはそれを見ても、彼が何を考えているのかまでは分からず、大木に視線を送り――そして、気がつく。
右側の獣道から出てきたのは――犬のような魔物。ガズールはそれを見た途端、我を忘れたように反射的に動き出す。
「うおぉぉぉぉぉっ……!」
「っ……てめえ、勝手に動くなっ! 犬の魔物なんて、もうどうだっていいんだよっ……クソがぁっ!」
サリバンの命令はガズールにとって絶対だった。主人の命令を守る、そうすれば生きるために必要なものは全て与えられ、欲望すら満たされる。そのサリバンが、ガズールに犬の魔物を狩れと命じた。ウェイグが何を言おうと、もはやガズールには関係はなかった。
ハウンドが大木の右側の獣道の向こうに、飛び跳ねるようにして駆け去っていく。ガズールは目を血走らせ、手にした大鉈を振りかざしながら、ハウンドを逃すまいと猛烈に突き進み――そして。
ウェイグは一瞬、地面が揺れるように感じた。次の瞬間、大木の右側を抜けようとしたガズールが『消えていた』。
ガズールの足下から土埃を巻き上げて、巨大な何かが飛び出してきた。
「うぁぁぁっ……!」
ウェイグは絶叫する。それは、ガズールに何が起きているのかを、一瞬だけ視認することができたからだった。
巨大な口を持ち、後は胴体しかないような『何か』が、ガズールを飲み込み、そのまま地面の中へと引きずりこんだ。それが魔物の仕業であると理解したとき、ウェイグは腰に帯びていた山刀を抜いていた。
ガズールを助けようという思いからではない。ただ、恐怖がウェイグを突き動かしていた。
「うぁぁぁぁっ! あぁぁぁっ! うぉぁぁぁぁっ!」
半狂乱で山刀を振り、ガズールの消えた地面へと叩きつける。しかし盛り上がった土が削れて飛び散るだけで、そこにはガズールの姿も、魔物の姿も残ってはいない。
残されたものは、ガズールが持っていた大鉈だけだった。ウェイグはそれを見ながら、頭を乱暴に掻きむしる。
「死んだ……のか……何だってんだよ……てめえ、でかい図体しやがって、何あっさり死んでんだ……っ、おかしいだろ……ありえねえだろ、こんな……っ!」
ウェイグの頭に様々な考えが巡る。逃げるという選択で思考が埋め尽くされたあと、別の考えが浮かんでくる。
「……魔王の迷宮を見つけたのは……俺だけ……くっ、くくっ……そうだ……死んじまったらおしまいだよなあ、ガズールさんよ……!」
魔王の迷宮の情報は、高く売れる。ガズールの言葉が、ウェイグの欲望に火をつける。
何が起きたのかは分からない。しかし自分は生きている。それは運があるからだとウェイグは思う。ガズールは運がないから死んだ、それだけの話だ。
ウェイグは幽鬼のような、狂気じみた光を目に宿して、大鉈を踏みつけて先に進む。するとそこには想像した通りに、岩で形作られた迷宮の入り口があった。
吸い込まれそうな闇がそこにある。ウェイグは明かりも何も持っていないが、それでも退くことを選ばなかった。少しでも共に仕事をしたガズールの無念を晴らしてやろうという、自分には似つかわしくない考えに笑いながら、ウェイグは迷宮の入り口に向かう。
「待ってろよ、魔王さんよ……てめえの顔を見届けたら、クソ勇者に居場所を教えて、殺してもらうからなぁ……ははははっ、ははははははっ……!」
◆◇◆
迷宮管理球に映し出されたふたつの赤い点のうち、一つが先に大木の右に回り――そして、そこで『青い点』に置き換えられた。
青い点はすぐに消えてしまう。それが何を意味するのか――青は自軍のユニットの色だ。
つまり、ガズールは、魔王軍のユニット――ワームによって、『喰われた』のだ。
∽ 現在の状況 ∽
・《ガズール》が《ワーム》の上を通過しました。
・《ワーム》が口を開いた! 《ガズール》は飲み込まれた。
・《ワーム》はこの戦闘中、戦場から排除されます。
「ワームさんが……敵の人を、食べちゃった……」
「ワームって、ずっと同じ場所で動かなくて、獲物が来た時だけ動くっていうけれど……こうして見ると、物凄く強いように見えるわね……いえ、参謀殿の使い方が上手いのね」
サクヤとアムネシアさんは感心しつつも、茫然としている。ワームの発動が、それほど度肝を抜いたのだろう。
ワームは罠モンスターというやつで、一回の戦闘で一体しか配置できず、通常戦闘は全く行えないかわりに、敵が上を通過してさえくれれば一撃で倒せるという能力を持つ。しかし腹に敵ユニットが入ると、ワームはもうその戦闘中は使えなくなってしまう――使い方によっては強いが、無敵というわけではない。
勇者もそうだが、罠を看破できるユニットは自動的にワームの存在に気がついて避けてしまうし、『盗賊』などのユニットはワームを発動させずに排除することもできる。だから、ワームは序盤のステージならではの切り札だ。
しかし、見事に役割を果たしてくれた。後で経験を振り分けるとき、ワームもレベルアップの対象に入れておきたいくらいだ。
だが、まだ戦いは終わっていない。最後にウェイグが残っている。
何となく、彼が最後まで残るような気がしてはいた。ガズールがワームに飛び込んでくれなかったら、『強盗』も罠を看破する可能性があるので、ワームを回避されていたかもしれない。
――しかしガズールは排除できた。ウェイグを倒すための準備も、もう整えている。
「最後の一人が迷宮に入ってきます……魔王さま、ここで待っていてください。私とみんなで終わらせてきます」
「っ……参謀、我も戦う! 我には、皆を守る義務がある!」
「いいえ、魔王さま。魔王さまは戦ってはいけないんです。本当に大事なときまで、そのお力はとっておいてください。必ずならず者を倒してみせますから」
私はベテルギウス少年の頭を撫でる。少女の時の姿の方が好きだけど、この際、それは関係ない。
どちらの姿でも、私が守るべき主君であることに変わりはないのだから。
「アムネシアさん、サクヤちゃん。事前に打ち合わせておいた通りにお願いします!」
『はいっ!』
魔王の親衛隊である私たちが、参謀室から最後の戦いに出撃する。
最後に振り返った迷宮管理球には、ウェイグを示す赤い点が、迷宮に足を踏み入れてくるところが表示されていた。