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18 ワイヤートラップ

 森の中を走り、ファナ・エクリスは、少しでも早く森を出て、遠くまで逃れようとしていた。


(私はまだ、死ぬわけにはいかない……っ)


 オルドア王国の中で進む、勇者による国政の腐敗。その一環として行われている奴隷の売買の実情を調べるため、ファナはサリバン商会に潜り込んだ。


 サリバンは表向きは武器や道具を扱う商人だが、その裏の顔は奴隷商であり、王族に向けて娼婦を斡旋する娼館の経営者でもある。 


 『勇者』がこの王国に現れ、魔王の脅威に対抗する存在として王に特権を認められてから、サリバンは勇者の要求に合わせて、それまで奴隷に落ちるなどありえなかった人物――貴人の誘拐に手を染めた。オルドア王国の貴族の子女の中では、既にサリバンの手によって勇者に献上されたとみられる者が何人もいる。


 現国王の従弟であるベルディアス公は、勇者による実質上の支配を憂いている。ファナはベルディアス公の作った反勇者組織の一員であり、サリバンの秘書となって、彼と勇者の繋がりを調べていた――しかし、勇者はこともあろうに、サリバンと共に行動していたファナに目をつけ、彼女を奴隷にしようとしたのである。


(……サリバンが気まぐれを起こさなければ、私は今頃……そんなことになっていたら、私はとっくに、舌を噛んで死んでいたかもしれない)


 サリバンは自分の愛妾とするためにファナを手元に置こうとした。他にもその候補がいたため、ファナは順番が回ってくる前に逃げなければと考え続けていた――サリバンに抱かれることまでは、任務には含まれていない。そうした方が組織のためになるのかもしれなくても、ファナには耐えられることではなかった。


 しかしファナを引き渡すことを拒否したことで、勇者は代わりの奴隷を差し出すことをサリバンに求めた。サリバンはウェイグを雇い、彼に貴族の子女であるアーシャをさらわせたのだ。アーシャの護衛を務めていたクロエは、サリバンの護身役でもある大男ガズールを倒すことができず、あえなく自らも捕まり、奴隷にされてしまった。


 クロエはアーシャを守るために勇者に逆らい、興をそがれた勇者はクロエとアーシャを処分するようにサリバンに命じた。サリバンはその命令に逆らえず、二人を『瘴気の森』で処分することになり、ファナは彼女たちを安楽死させるために連れてこられた。


 自分が殺さずに済んだことに安堵している。そして、自分が殺される側に回らずに済んだことも。


 スケルトンの哄笑を見たとき、ファナは改めて死を恐れた。魔王の迷宮があるという森になど、足を踏み入れてはならなかったのだ。サリバンにはまだ息があったが、魔物が生かしておくとは思えない。


 クロエとアーシャの二人も。自分には助けられない、だから逃げるしかない。


 そう割り切ろうと決めたはずが、足が鈍り、やがて止まる。あの二人を助けなければ、自分がしていることは、サリバンと同じ――彼女たちを見殺しにして死なせたなら、何のために反勇者組織に入ったのかという思いが湧く。


「っ……!」


 もうすぐで森の外に出られる。王都に戻らずとも、このまま逃げれば生き永らえることはできる。

 ――死にたくはないのに、足が進まない。一歩踏み出すことにさえ、全身の力を振り絞らなければならない。


 そしてようやく踏み出した、力のない一歩――その先に。

 注意深く見ていれば気づくことができたはずの、細い糸が引かれていた。


「きゃぁっ……!?」


 ファナには何が起きているのかわからなかった。足に何かが絡みつき、一瞬にして空高く吊り上げられて、天地が逆さまになる。


「た、助けて……っ、誰か……っ!」


 声を上げてから気がつく。助けを呼んでも、来るのは魔物かもしれない。

 ファナは声も出すことができなくなり、宙吊りになったままで周囲を見やる。魔物が現れたらと思うと全身に冷や汗が流れ、身体を強張らせて目を閉じることしかできなくなる。


(頭に血がのぼって……こんなふうに死ぬなら、せめてあの人たちを……守って……)


 悔やむうちに、ファナの意識は遠のいていく。そして、おぼろげに思い出すのはサリバンに襲いかかった三体のスケルトンのことだった。


 ――魔物が、クロエとアーシャを救おうとした。もしそうだとしたら、逃げ出すことを選んでしまったのは間違いだった。


 骸骨の魔物たちの統率された動きが、ファナを臆病にさせた。サリバンはウェイグたちと比べれば腕力で劣っているが、ファナが簡単に倒せるような相手ではない。


 そのサリバンが為す術もなく、骸骨たちの連携で倒されてしまった。骸骨たちそのものではなく、その動きが恐ろしいと感じたのだ。


(あんなふうに襲われたら……ウェイグと、ガズールも……)


 ハウンドを追っていった男たちのことを思い出す。彼らがサリバンの前でさえ、自分を常に女として見ていることに、ファナは嫌悪の感情しか抱いていなかった。


(あの魔物たちなら、あの男たちの……暴虐を、止めて……)


 逃げ出すほどに恐ろしいと感じた魔物に対して、ファナは期待を抱いていた。そんな自分が卑怯だと感じながらも、意識は混迷し、全ての音が聞こえなくなっていった。



◆◇◆



 ∽ 現在の状況 ∽


・《ファナ》がワイヤートラップにかかりました。

・ワイヤートラップから派生し、吊し上げが発動! 

・《ファナ》が気絶しました。



 メッセージを見るだけで、何が起きているのか手に取るようにわかる。これで二人目……敵対行動は取っていなかったから、できるだけ早く罠を外して、助けてあげなくてはいけない。一時的に捕虜として、事情を聞き出すのが良いだろうか。


「参謀よ、他の二人はどうするつもりなのだ?」

「ハウンドはもう敵の索敵範囲から外れています。彼らは、自分の意志でこちらに向かってきます……迷宮の位置がわからなくても、いずれ辿り着きます」

「……どうしてそんなことが……人間たちは、本能で迷宮に導かれているとでもいうの?」


 アムネシアさんの言う通りで、性質が悪くもあるが、それこそが攻略の要でもある。敵が『迷宮に向かって進軍してくる』からこそ、パターンを読めば効率良く迎撃が可能になる。


 ゲームにおいては、敵が迷宮に向かってくるのは仕様として当然というか、敵がいつまでも森で迷って攻めてこなかったらゲーム自体が成り立たない。彼らはいずれ魔王の迷宮の入り口を発見する、それが基本ルールだ。


 この世界でもそれが適用されるのかは、まだ確かめていない――しかし、確かめる方法は一つある。私が何度も何度もプレイした通りに、敵が動くかどうかを見定めればいい。


「あっ、み、ミリエルさんっ、赤い点がふたつ、向かってきてます……っ!」


 今、ウェイグたちは迷宮の入り口からほど近い場所まで来ている。彼らが使える経路は2つある――そのうち、私は経験上、敵が二体以上の場合はどちらから来るかを想定できていた。


「……左から来る可能性はほとんどない。9割9分、敵は今進行方向にある大木を、右から回り込んできます」

「そ、そんなことを確信できる材料は何もなかろう。左であろうと、右であろうと、奴らにとっては何も変わらぬはずだ……!」


(でも魔王さま、私は知ってるんです。百度同じステージを繰り返せば、統計としてデータが取れるっていうことを)


 私がゲームオーバーになった百回のうち、魔王がすぐ降伏せずに戦闘を行うことができたのはたったの十回。

 しかしそのうち、敵が右からの経路を取った回数は――九回。

 さらに言うなら、ハウンドの威嚇で敵を引きつけたケースでは、絶対に右の経路だった。


「見ていてください。全てが、私の読み通りに動きますから」


 手のひらの上で、敵を動かす。私はそれを現実に変えるために、最後の一手を打つ――敵を撒いて森の中に伏せているハウンドに、ある命令を下すことで。

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