17 スケルトン部隊
迷宮管理球には、『瘴気の森』のフィールドマップと、配置されているユニットの位置が表示されている。
サリバンと別れて赤い点2つが動いている。私はハウンドとスケルトンと同じ部隊に編成していたが、ウェイグとガズールの二人を引き付ける際に、ハウンドを第一部隊から外した。すると、ワームが第二部隊なので、自動的に第三部隊ができて、ハウンド一体が組み込まれる。
私たちの部隊はというと、魔王さまを含んでいるので『本隊』となる。本隊が交戦状態になるのは出来るだけ避けたいところだが、敵がどうしても強かったりする場合は、直接対決で撃退するということもままある。そうすると次ステージに消耗を持ち越してしまうので、ノーダメージで倒さないといけない。
(最初のステージの難易度がおかしいっていうことは、次のステージはもっときついかもしれないから、被害は持ち越したくない。幸い、迷宮の外の森のマップは、ゲームの時のパターンのひとつと同じ……それなら大丈夫。ノーダメージでいける)
「ミリエルさん、私たちは何もしなくてもいいんですか? さっきの酷い人たちを、早く懲らしめなきゃ……」
サクヤが今にも飛び出していきそうなので、私は首を振って制した。
「直接戦闘になるのは避けたいですが、これから念の為に迎撃の準備をします。迷宮の中に入って来られないように手は打ってあるけど、敵も少し手強いみたいだから、罠を超えてくる可能性があります。その時のために、迷宮内部にも罠を仕掛けておかないと」
「そうね……あのガズールという男は脳みそまで筋肉でできていそうだけど、ウェイグという男は無駄に知恵がついていそうだものね。罠を回避したり、厄介な動きをしてきそうだわ……忌々しい」
「アムネシア、短い言葉の中に高濃度の毒を感じるのだが……やはり、怒っているのだな」
アムネシアさんは魔王さまを見やって微笑む。その笑顔の温度の低さに、私はぞくぞくと、それこそ蛇に睨まれるような気持ちを味わった。
「私たちの種族は、雄が雌を守るものですから。人間だけでしょう、快楽のためだけにあんな行動に出るのは。それを見せられて、いい気分がするわけもないわ」
「み、ミリエルさんっ、あの女の人をすぐ助けないと……っ!」
「あのサリバンという男が、そこまでクロエという女性に執着しているなら……いえ、やはりそうみたいですね。魔王さま、いかがいたしますか?」
サリバンを示す赤い点が動いて、黄色い点――仲間でも敵でもないと見なされたクロエという女性に近づいていく。見張りをしているファナという女性を示す赤い点は、黄色と赤の間で色が揺れ動いている。
(中立の黄色と、敵の赤の間――オレンジ。この状態のキャラは、『説得』が通じる可能性がある……戦闘中は難しいから、捕虜にしてから考えよう)
「参謀は考え事をしていると、凛として見えるのだな。奴らに対する義憤がそうさせるのか……」
魔王さまは真剣な目で私を見ている。確かに義憤はあるけど、私の目に触れるところで悪事を働いたのが運のつきだ。
そんなことを考えているうちに、クロエの近くに向かおうとしていたサリバンが軌道を変えて、もう一つの黄色い点が示す、アーシャという少女の方に向かおうとしていた。
迷宮管理球が彼らの様子を伝えてくる。私は攻撃命令を下すタイミングを見定めるために、怒りを感じないように自分の心を制御するように務めて、そのやりとりに意識を向けた。
『そんなにこの女を守りたいのか?』
『クロエには何もしないでください、私はどうなってもかまいませんからっ……!』
『お嬢様……いけません、私のことは置いて、お逃げください……っ』
『お前は黙ってそこで見ていろっ! 誰のせいで商談がぶち壊しになったと思っているっ!』
――そしてサリバンが激昂し、鞭を振り上げ、もう一度クロエを打ち据えようとした瞬間。
「スケルトン部隊、バックアタック!」
∽ 現在の状況 ∽
・《スケルトンA》《スケルトンB》が《サリバン》に攻撃を仕掛けました。
森に潜んでいたスケルトンが、サリバンの後ろから斬りかかっていく。私はスケルトン部隊にもうひとつの命令を仕込んだあと、みんなと一緒に攻撃の成否を見届けた。
◆◇◆
二体同時に姿を現したスケルトンが、手に持ったそれぞれの武器――鉄の剣とメイスを、サリバンに叩き込む。
「ぐぁっ……き、貴様らっ、どこからっ……ファナ、貴様裏切ったなっ!」
「っ……!?」
ファナの視界に入らないように移動していたのだから、彼女に非はない。二体のうちで一瞬早く攻撃したスケルトンAの斬撃は、サリバンの身につけた革の鎧を削り、浅くはない傷を与える。
スケルトンBが振りかざしたメイスの一撃もサリバンの左腕に叩きつけられる――鈍い音がしたが、そちらは武器の持ち手ではない。
(二発で18ダメージ……一撃目がバックアタックで二倍になっていても、それでも足りない……!)
「骨ふぜいが、これで殺せると思ったか……っ!」
サリバンが右手で鞭を振るおうとする。最弱のモンスターであるスケルトンは、レベル3の人間から攻撃を受ければ、一撃で破壊されてしまう――!
――しかし、だからこそ。私はスケルトン『三体』を一緒に攻撃させることはしなかった。
「がっ……!」
サリバンが鞭を振り上げたところで動きを止める。その頭には、スケルトンCのメイスが叩きつけられていた。
∽ 現在の状況 ∽
・《スケルトンA》のバックアタック! 《サリバン》に倍撃、12のダメージ!
・《スケルトンB》の攻撃! 《サリバン》に6のダメージ!
・《サリバン》の攻撃! しかし、途中でキャンセルされた。
・《スケルトンC》のバックアタック! 《サリバン》に倍撃、11のダメージ!
・《サリバン》は瀕死状態になった。
(削りきった……体力を9割削れば、殺さずに捕虜にできる)
管理球に、サリバンが倒れこむところが映し出される。スケルトンたちはさらに追い打ちをかけようとする――その辺りはさすがに魔物だが、私はその動きを制した。戦闘に勝利したからか、スケルトンは自分のしゃれこうべを回転させ、カタカタと音を立てている。仲間ならいいが、敵だったら呪われそうな光景だ。
「っ……」
「お、お嬢様……っ」
やっぱり怖かったみたいで、アーシャお嬢様がまた気絶してしまう。しかしクロエは、自分たちをスケルトンが助けたことを察しているみたいで、スケルトンに敵意を向けてはいなかった。
「……魔物が、人を……助ける、ことも……」
∽ 現在の状況 ∽
・《アーシャ》が気絶しました。
・《クロエ》が気絶しました。
◆◇◆
(戦闘終了までは、そのまま眠っていてもらうしかない。あと3人……!)
「ミリエルさん、赤い点が動いて……に、逃げちゃってますか? この人」
「リーダーが袋叩きにされたら逃げるでしょうね……ミリエル殿、いいの? 逃がしてしまっても」
サクヤとアムネシアさんは管理球を見ながら言う。彼女たちも地形図の見方が分かってきたようだった。
「ええ、それも対策は講じてあります。罠を仕掛けてあるので、大丈夫ですよ」
涼しい顔で言う。私にとっては、敵が逃げようとしたときこそが最大のチャンスなのだから、そこを狙うのは基礎中の基礎だ。きのうのうちに、敵が撤退したときのための罠は仕掛けてある。
「参謀よ、罠とはまさか、敵の血をすする吸血植物などではなかろうな……? そ、そこまでする必要はないと思うのだが……」
「……魔王さま、今はあまりお話なさらないでください、戦意をそがれます。それに吸血植物なんて、今の魔王様が召喚できるリストには入ってませんでしたよね?」
「お、怒るな……我はただ魔界での一般論を述べただけだ」
怒ってるのは敵に対してだけど、空気を読まない魔王さまの発言にはほんのちょっとだけピリピリしてしまった。ほんのちょっとだけなので、忠義には反していない。
「み、ミリエルさん……すごい迫力ですっ、羽根までぶるぶる震えがきちゃいますっ」
「ああ……ゾクゾクしてしまうわね。惚れ惚れするほど冷徹なんだもの……私冷たい女の子って好きよ」
「つ、冷たいとかじゃありません! 戦いにおいては情けは禁物なんです! それより、次の準備をしますから、魔王さまもみなさんも手伝ってください!」
私が参謀室を離れようとするのを見て、アムネシアさんたちは驚いた様子を見せる。
「ここから離れても大丈夫なの?」
「ええ、迎撃の準備自体はすぐに終わりますから……そうだ、ここから運び出すものが幾つかあります。魔王さま、よろしいですか?」
「む……何を持ち出すのだ? 戦いに使えるようなものは、何もないはずだが……我の念動力で運べば良いのか?」
「はい、そうしていただけると助かります。その大鏡を、私の指定した位置に運んでください」
魔王さまは鏡を何に使うのか分からず、首をかしげつつも、念動力で鏡を浮かせる――これは便利だ。いや、ゲームの時に設備を移動したりするときも、案外魔王がじきじきに念動力で移動させてたのかもしれない。
「あ……ミリエルさん、逃げていった人が、森から出ちゃいますっ」
「いえ、出られませんよ?」
「……出られない? 参謀殿、いったいそれは……」
アムネシアさんの質問に答える代わりに、私は人差し指を立てた。そして、少し得意げな気持ちで言う。
「罠の基本は、『入り口』に仕掛けることなんですよ」