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12 忠誠心の育て方

 まず始めに、俺は魔王さまの髪を洗った。銀色の長い髪は指通りが滑らかで、洗っているこちらの方が心地よくなってしまう――髪まで完璧とは。

 シャンプーにあたる薬液を泡立て、痛くしないように優しく洗う。魔王さまは俺のするがままに任せてくれていた。


「魔王さま、かゆいところはございませんか?」

「うむ、苦しゅうない」

「えっ、それってどっちですか?」

「参謀のしたいようにしてくれていい。我は、全て任せる……とても、心地良い……」


(何か、おねだりされてるような……こんな役得、い、いいのかな……?)


 俺が召喚される前は男だったということを黙っておいていいものだろうか。ベテルギウス様は魔王にも関わらず、貞淑な考えを持っておられて、男女で風呂はいけない、というお考えの持ち主なのに。


 こちらが洗ってもらうと際限なく興奮度が上がってどうしようかと思ったが、今は落ち着いている。受ける側より、俺は攻める側のほうが向いているようだ。


「では、お流ししますね……」


 お湯を汲んできて適温に調節し、魔王さまの頭からかけていく。泡が落ちると、魔王さまは自分で髪の水を切る。そのために腕を上げた拍子に、ふるん、と胸が揺れて、見えてはいけないものが見えた気がした。


 アムネシアさんに続いて、女の人の身体に触れるのは二人目……小さいとはいえサクヤも入れると、三人目。それでも、今までよりも否応なく俺の緊張は増す。


「……参謀よ、触れるときはそっとしてくれぬか。我も誰かに洗ってもらうのは、久しぶりなのでな」

「あ……そうですね、それで湯殿を作りたかったんですね。いけない魔王さまです」

「不純なことは考えてはいない。まあ、男の身体で参謀に尽くさせるというのも、悪い気はせぬのだろうが。我はそなたの忠誠心を、時間をかけて育てていきたいと思っている」


 こうして触れさせてもらえるだけで、十分忠誠心は高まるというものだが、あえて言わなかった。

 自分にも胸があるのに、魔王さまのそれは自分のものとは違って、何というかその、触りたくなる。できるならこねこねしたり、さわさわしたり、いろいろしたい。洗うときはそういう動作も自然に組み込まれるので、俺は魔王さまを籠絡しようとしているわけではなく、単に下僕として尽くしているだけで――。


「で、では……お身体のほうに移らせていただきますね……」

「くれぐれも、ゆっくりと頼む。参謀の触れ方は、さじ加減次第で、くすぐったくもあるのでな」

「はい……かしこまりました。で、ではっ、腕を、両腕を、上げていただいて……」

「さ、参謀っ、少し待て、そのような触れ方は……っ!」


 素直に魔王さまが腕を上げてくれる。俺は脇の下に手を差し入れて、泡まみれの手で、前にあるだろう胸をすくいあげるように、手を滑らせていった。


「んっ……!」



∽ インフォメーション ∽


・あなたは《ルーナ》の弱点「胸」に触れた。ルーナの興奮度が2上昇した。

・《ルーナ》は甘い吐息を漏らした。「きゅ、急に……何なのだ、この、感じは……っ」



「さ、参謀、そこは……そこばかりを重点的に洗うのは、どうなのだ……っ」

「必要なことです。くすぐったいかもしれませんが、少しだけの辛抱です、魔王さま」

「そ、そうなのか……っ、ぁ……ま、待てっ、そんな、重点的にっ……」


 魔王さまの身体に触れさせていただくのだから、痛くさせるようなことがあってはならない。俺は丁寧に、彼女の反応を見ながら、行き過ぎないように泡のついた指をすべらせていく。


「魔王さま……小柄でいらっしゃるのに、こんなに大きいと、肩がこったりはいたしませんか?」

「んっ……参謀や蛇女と比べれば、我はさほど大きくは……も、もう、胸はいいのではないのか……っ」

「いえ、もう少しだけ……お餅のように柔らかくて、くせになりそうな感触ですね……さすがは魔王さまです」

「お、お餅とは何なのだ……っ、んんっ……こ、ここまで丹念に洗わずとも……っ」


 魔王さまは身じろぎをしながら、俺の手から逃げずに居てくれる。ああ……女の子になって本当に良かった。

 人間の国を支配するという目標を忘れたわけではないが、彼女や仲間たちと一緒に毎日平和に、触れ合いの時間を持ちながら生きていくというのも悪くないと思ってしまう。



∽ インフォメーション ∽


・《ルーナ》の興奮度が30を超えた。

・《ルーナ》の理性が失われ始めた。「魔王たる我が……このような……っ」



(おっと……つい、延々と触り続けてしまった。次は別のところも洗わないとな……べ、別のところか……)


 座っている魔王さまの後ろ姿の艶っぽさに、顔がかあっと熱くなる。お尻丸見えだもんな……と口元に手を当て、恥じらいの仕草を表面上だけしつつ見ようとして、俺は気づいた。


「あ、あれ? 魔王さま……しっぽなんて、生えていらっしゃいましたっけ?」

「っ……そ、それは……なぜ出てきてしまったのだ。一人前の魔族は、尻尾を隠すことができるというのに……参謀に触られて、出てきてしまったのか……?」


 魔王さま自身も戸惑っている。彼女の尻尾は俺の手で握れるくらい細くて、黒くてつるっとしていて、先が矢印みたいな形になっている、まさに小悪魔といった可愛らしい尻尾だ。


 そして見ているうちに、どうしても触ってみたいという気持ちになってくる。魔王さまが不安そうに俺が何をするのかうかがっていると分かっていながら、好奇心を抑えきれない。


「この尻尾も、洗って差し上げないといけませんね……泡をつけて……きゅっ、きゅっと……」

「――ひゃぅぅっ!」



 ∽ インフォメーション ∽


・あなたは《ルーナ》の弱点「尻尾」に触れた!

・《ルーナ》は「陶酔」状態になった。

・《ルーナ》は「恍惚」状態になった。

・《ルーナ》の理性がさらに失われた。



「ま、魔王さまっ、すみませんっ……私、どうやらとんでもないことを……っ!」

「はぁっ、はぁっ……ど、どうやらではないっ……魔族の尻尾は、弱点、なのだぞっ……」


 息を荒げながら、魔王さまは俺の方を振り返り、涙目で見つめてくる。そんな顔さえも可愛いと思ってしまうあたり、美少女は無敵だと思う。


 しかし魔王さまは怒っているだけではなく、その瞳が切なげに揺れている。白い肌が目に見えて分かるほど紅潮して、身体が小さく震えている――泣いているのではなく、それ以外の理由で。


 泡のついた胸をそのままに、魔王さまは俺をじっと見つめたあと、ふっと微笑む。それが何を意味するかと思ったときには、彼女の小さな手が、俺の胸に当てがわれていた。


「ふぁ……ま、魔王さま、申し訳ありませんっ、どうかご容赦をっ……!」

「……恥ずかしかったのだぞ。あのようなはしたない声を上げさせて……そなたの声も聞かせてもらわなければな」


 銀色の濡れ髪を払いながら、宝石のような紅眼で俺の姿をとらえ、魔王さまは俺に仕返しをするように、両方の胸に触れて、泡のついたしなやかな指を動かし始める。


「ふぅぅっ……わ、私はもう、身体を洗う必要は……っ」

「参謀もこれほど大きくては、行動に支障を生じかねぬな……こうして揉めば、小さくなるやもしれぬ」


(むしろ大きくなると聞くことが多いような……っ、くぅ……)


 魔王さまがすごく楽しそうに俺の身体をさわっている。もはや何というか、このまま何らかの契りというか、深い関係を結んでしまってもいいんじゃないかと思えてくる。


(だ、だめだ……俺は女の子として、魔王さまのものになりたいんじゃない。男として、彼女を手に入れたいんだ……!)


 俺の理性が失われたというログが流れた直後、魔王さまの手をそっと握る。どんな顔をしていいか分からないが――辛うじて出した答えは、微笑むことだった。


「お気遣い、ありがとうございます……しかし私は、まだ魔王さまのために満足に働いておりませんゆえ。もし、この魔王軍に勝利をもたらした、魔王さまからのご期待に応えることが出来た暁に、もう一度お気持ちをいただければ幸いです」

「……我は参謀の身体を洗うことが好きなだけなのだが、続けてはならぬのか?」

「くぅっ……い、いけません。それ以上は……女の子同士といえど、世間的には、一線を越えてしまいますから……っ」

「そ、そうであるか……? 我はせっかく女性の身体になったのだから、そなたとの交流を深めたかっただけなのだが……身体を洗いあうことは、いやらしいことになってしまうのか……?」


(そんな目で見ないでくれ……そんな子犬のように寂しそうな目をされたら、俺は、俺はっ……!)


 いっそ抱きしめてしまいたい。そして魔王さまは私が守りますとか何とか言って、交流を深めたい。彼女だって望んでいるんだから、そうすることに何をためらう必要があるのか。


 ――しかし同時に、俺の良心が言う。魔王さまは、俺が思っても見なかった弱さを抱えている。そこに付け込むようなことをしていいのかと。


 だからこそ、怒られてもいい。今、確かめておきたい。魔王さまがなぜ、そんなに俺を構ってくれるのか……その理由は。


「……魔王さまは、寂しがり屋でいらっしゃるのですか?」

「なっ……ななっ、何をいうっ! わ、我はっ、寂しいなどという感情は持ちあわせておらぬ!」

「ふふっ……いえ、すみません。そうだったらいいな、と私が個人的に思っただけです。なにせ、私も寂しがり屋ですからね」


 俺を召喚するまで、魔王さまがどうしていたのかは分からない。何もない迷宮で、一人で、何を考えていたのか――この迷宮の支配者になるまで、何をしていたのか。全部、これから知っていくことだ。


 しかしひとつ想像できるのは、もし魔王さまがずっと一人だったなら、それはとても寂しいだろうということだ。彼女の言うとおり、寂しいという感情を持ちあわせていないなら、きっと今みたいな答えかたはしない。


 魔王さまは少し拗ねているみたいだったが、俺の方をちら、と見て、そして言った。


「……さ、参謀が寂しがり屋だというのは知らなかった。ならば我がこうしてここに来ても、困りはするまい。我は一人でも、問題などないのだがな」

「ええ、ありがとうございます。アムネシアさんとサクヤちゃんが先に出てしまって、寂しかったんです」

「そ、そうであろう! 我がここに来たのは正解だったのだ。やはり我は冴えているな、部下の心情を把握することに長けている。このような魔王に仕えることができて、そなたも幸せであろう?」


 満面の笑顔。それは血を見たくないと言った心優しい魔王にふさわしいほど無垢で、俺の心をとらえてやまなかった。


「はい、幸せです。ですので、もう少しだけ、魔王さまにいたずらをしたいと存じますが、いかがですか?」

「っ……い、いたずらと言ってしまっては、その、いけないのではないのか。洗うのならばまだしも」

「魔王様の足先まで洗ってさしあげましょう。私、そういうのは得意なんですよ。頭脳労働が得意なだけじゃありません」

「そ、そうか……わかった、では頼む。尻尾は触ってはならぬぞ、触ったらそなたにも尻尾を出させるからな」


 俺も魔族なので、興奮度が上がってくると、勝手に尻尾が出てしまったりするのだろうか。魔王さまがあれだけお声を上げられたのだから、俺だったらひとたまりもないだろう……くれぐれも気をつけないと。


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