10 異文化交流・2
湯殿は16ブロック使うだけあって、すさまじい広さだった。天井が20メートルあり、80メートル四方の敷地に、魔王軍らしく黒曜石みたいな石で作られた大きな浴槽と、サウナなどの施設まで付随しているようだ。
スケルトンやワーム、ハウンドに関しても一応専用の洗い場がある。滝のように水を浴びる施設――岩盤と思ってもらえば適切だろうか。俺たち人間型以外に対するケアも完備とは、魔力500マギウスをかけて生成した甲斐があるというものだ。
その広い浴場を誰が管理するのだろう、と思っていると、脱衣所に入ったところで、一人の女性に出迎えられた。髪と目、肌が青っぽいが、それ以外は普通の人間と変わりない。
彼女は水着のような装備をしていて、手首や腰などに魚のヒレがある。頭にも角のようなものが生えている――間違いない、水棲系の種族だ。
「いらっしゃーい。ゆっくりしていってね」
「はい、ぜひ……あの、この湯殿の生成と同時に召喚された方ですか?」
「ええそうよ。私はネレイドのネイというの。元は魔界の海に住まう種族なのだけど。これからよろしくね、参謀さん」
まさかネレイドとは……湯殿を管理するキャラは元からいたけど、こんな細かい設定があったのか。話すことすら出来ないから、あまり深く考えずにいた。そもそも湯殿は放っておいても機能するし、せっかくの風呂なのにイベントが起こるわけでもなかったので、夜の間に勝手に疲労度が回復するだけの施設だったのだ。
「いちおう、私の種族はそのうち魔王さまのお力で召喚出来るようにもなるから、その時は仲間を呼んでもらってもかまわないわよ。魔界は退屈だから、喜ぶと思うわ」
「はい、その時はぜひ。これからよろしくお願いします」
ネイさんに挨拶をすませ、俺は服を脱ぎ始める。サクヤも出てきて脱衣かごに着陸すると、その中で着替え始めた。身体が小さいというのは便利なものだ。
俺はシャツの前を開けて、ブラを外す。この世界のブラにホックなどはないので、きつく両端が背中のところで結び合わせてあった。
「ん、んしょっ……あれ、外れない……」
「じっとしていらっしゃい、今外してあげるわ」
「あっ……アムネシアさん、す、素早いですね……」
「私は上を脱ぐだけで済むから早いのよ。あら……こんなに紐がきつく締まってしまって。一日中こうしていると大変じゃない?」
「あ、あはは……下着をつけないと型崩れするって言いますから、そこは我慢します」
後ろからブラの紐を外されるだけでも、気が気じゃない。たぶんそこも、弱点の一部だからだ。肩甲骨とか、背筋とか、首の後ろとか、さっきも表示されてたけど二の腕とか、俺はとても後方に弱い参謀に違いない。前方にももれなく弱いのだが。
毎日一緒に入浴するとしたら、慣れておかないと……しかしブラの締め付けを緩くしたら、サクヤが入ったときにはずみで取れてしまうかもしれないし。入れる前提というのもどうなのか。
「……驚くくらいお肌つるつるね。白くて、透き通っていて……食べてしまいたいくらい……」
「た、食べないでくださいね、お願いですから。私、絶対に魔物の王国を作りたいんです」
「ええ、私もよ。地上を我が物顔で歩きまわっている人間たちに、思い知らせてやらなくてはね……」
――そして、固く結ばれていた紐がほどけて。締め付けられてもなお大きかった胸が、ついに自由を手に入れる。
ぷるるん、ならまだ可愛いものだが、ばるるん、としか形容しようがなかった。
(わ、我ながらなんてけしからん胸……いや、杏仁豆腐だ。つまり例の部分は、杏仁豆腐の上に載ってるクコの実だな)
クコの実というか、色は桜色である。ブラを外すと風通しが良くなって、同時にちょっと寒いので、必然として硬くなってしまう。
(さっきは、サクヤが触ったときに、ここがこすれてしまったんだな……ニプレス的なものが必要だろうか)
「ふぁぁ……す、すごい……ミリエルさん、アムネシアさんよりおっきいです」
「ラミアは平均的に胸が大きい種族なのだけどね。ミリエルさんは何の種族なのかしら」
「私は……なんて言えばいいんでしょうか。悪魔の一種だと思っていただければ」
悪魔の中でも、一部の特殊な存在を「魔人」と呼ぶ。正確には「悪魔人」だが、魔族は自分たちのことを悪だと思ってないので、悪はつけないというわけだ。
魔人が人間の姿と変わらないのは、人間の知恵に対抗するための存在として作られたからだ。個体の戦闘力に勝る魔族であっても、人間の知恵を脅威とみなしているのである。
「少しあいまいだけれど、詮索しすぎるのも良くないわね。ゆっくり理解を深めていきましょうか」
「はい、まずは裸のおつきあいからですね!」
「あ、あの……サクヤちゃん、隠さなくていいの?」
「女の子同士なので隠さなくてもへーきです!」
それはごもっともな話だなと思ったが、俺はまだ自分の身体を自分で見るのも恥ずかしいので、タオルを巻いたままで浴室に入っていった。
健康ランドか、と言いたくなるような広すぎる浴場。アムネシアさんは胸を押さえて隠しつつ、ずりずりと蛇の下半身を使って移動していく。後ろから見ると腰をくいっ、くいっと振るように動かしているので、凄くなまめかしい。下を見れば蛇の下半身なので、慣れが必要ではあるが。
サクヤがどこかに飛んで行ってしまったので、俺とアムネシアさんは二人で洗い場に辿り着く。水道はないが、髑髏を象った岩を押すと湯と水が吹き出すようだ。赤い髑髏が湯、水は青い髑髏である。原理については、また機会があったらネイさんに教えてもらいたいところだ。
「参謀殿、先に背中を流してあげましょうか」
「あ……い、いえ。私がアムネシアさんにさせてください、これからお世話になりますから」
「そう? 私、身体がこんなだから、時間がかかってしまうわよ」
大蛇の下半身もしっかり洗わないとな。どのみち地面を這いずるのが悩ましいところだが――洞窟の床をレベルアップして綺麗にしたら、彼女も喜んでくれるだろうか。
「時間がかかってもかまいません。私、まだ元気ですから」
「ふふっ……そうね、まだ外の時間だと、日が暮れたばかりっていうところかしら? さっき、参謀殿を呼びに行く前に外の様子を見てきたのだけれど、辺りが赤く染まっていたわ。人間の世界で、夕焼けというのよね」
「魔界には、夕焼けはないんでしょうか?」
「魔界の太陽は黒いし、常に夜みたいなものだから……それを知らないなんて、あなたも相当にわけありみたいね。一度、連れていってあげましょうか?」
「本当ですか? じゃあ、休暇をもらえたら、その時にでも……」
ゲームで魔界に行くことなんて無かったので、どんなふうになってるか興味はある。俺の想像を絶する世界かもしれないが、迷宮を守る仲間たちのことは何でも知っておきたい。
「じゃあ、今回だけはお願いしようかしら」
俺は洗い場に置いて用意されていた瓶入りの液体が石鹸だと教えてもらい、それを泡立てた。そして、はたと気がつく。
「あ、あの……直接、手で洗ってもいいんですか?」
「鱗があるから、できれば布で洗った方が肌が荒れないと思うけれど。上半身なら、手で洗っても構わないわよ」
(ついに来てしまったか、この時が……)
オーケー、落ち着いていこう。これはただ、身体を洗うという純粋な行為だ。洗体エステのようなものだと言ってもいい。後者の方がエッチな感じがするのはなぜだろう。
アムネシアさんは俺に背中を向けると、髪をかきあげて前に送る。白い背中が露わになると、同性だというのについ見とれて、こくん、と息を飲んでしまった。
「じゃ、じゃあ……う、上の方から、いきますね」
「ええ、どうぞ」
緊張しながら、泡をアムネシアさんの首のあたりから付け、背中全体に手をすべらせて、泡をまんべんなく塗りつけていく。腰のくびれが凄くて、そこから下が蛇の部分であっても、もう関係なく魅了されてしまう。
「ふふっ……そこはお尻のあたりだから、くすぐったいわ」
「あっ……ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……」
「いいのよ、種族が違うと分かりにくいところだものね。上半身は同じだけれど……前の方も、お願いしていいかしら? 胸は人に洗ってもらった方が、凝りが取れて楽になるのよ」
「……分かりました。変なところを触っちゃったら、言ってくださいね」
「ええ。そのときは私もお返しするから……」
冗談を言いかけたところで、アムネシアさんが沈黙する。
彼女は自分から腕を上げてくれた――後ろからでも、前に手を回しやすくなるように。
俺は両手で同時に、泡のついた手を滑りこませる。すると正面から見た時よりずっと、俺の手にかかる重みは大きかった。
(すごい弾力だ……これが人生初めて、自分以外の……)
手に吸い付くみたいな感じがして、ずっと触っていたくなる。しかし揉んだりしてはいけないので、俺は手指をなるべく動かさず、ぬるぬると表面に泡を塗りつけるようにして手をすべらせた。
「んっ……」
そういうこともあるかもしれない、と思ってはいた。女性同士でも、触れることがくすぐったくないわけはないのだから。
「……参謀殿の洗い方は、丁寧なのね。いつも、自分でもそうしているのかしら」
「え、えっと……自分ではくすぐったいので、そんなに触っていられないです」
「あら……じゃあ、人の身体だからって、そんなふうに……いたずらしちゃだめよ?」
後ろにいる俺をうかがいつつ、照れ隠しみたいなことを言って、アムネシアさんは少しためらってから腕を上げる。続けていい、っていうことらしい。
洗うという名目で、好き放題に胸を触っていいなんて。素晴らしいけど、そんなに胸に執着していてはいけない。アムネシアさんもくすぐったいみたいだし。
それからは胸はそこまで重点的に洗ったりしないで、彼女の腕や首筋などに泡をつけて手をすべらせていく。アムネシアさんは何も言わず、するがままに任せていた。
「そろそろ流しましょうか。ぬるめにした方がいいですか?」
「ええ、そうね……水でもいいくらいだけど、そうすると動きが鈍くなってしまうから。お湯と水を半々にしてちょうだい」
蛇は変温動物なので、温度管理は繊細にしなくてはならない。適温に調整したお湯を桶に汲んで、俺はアムネシアさんの肩からかけて流した。
(……泡を流したあとって、こんなに……)
美しいとしか言いようのない背中に見とれてしまう。もっと鱗とかが生えていてもおかしくないところだが、アムネシアさんの上半身はほぼ人間そのものだ。
「参謀殿、ありがとうございます。すごく心地よかったわ……毎日こうしてもらいたいくらい」
「ええ、私で良かったら喜んで」
「ミリエルさーんっ! こっち向いてくーださいっ!」
アムネシアさんと笑い合って完全に油断しきっているところに、突然の飛行物体――もとい、サクヤが突撃してくる。今の俺は敏捷性があまりに低く、なすすべもなく受け止めてあげるしかなかった。
「はぷっ!」
「きゃっ……も、もう。サクヤちゃん、飛び込んできたら危ないでしょう?」
「えへへ、準備をして待ってたんです。どうですか? 私と洗いっこしませんか?」
「参謀殿、今度またお礼をさせてね。私はあそこにある部屋の様子を見てくるわ、さっきから気になっていたの」
「あ……アムネシアさん、あれってサウナですよ? すごく熱いので気をつけてくださいね」
「サウナ……? 魔界の火山岩を使った、輻射熱を利用したお風呂のことかしら」
「そういう原理かはわかりませんが、たぶんすぐに出てくることになると思います」
「ふふっ、美容のためなら少しくらいの熱さは我慢できるわよ」
いざとなったら救助しに行こうと思いつつ、俺はずりずりと這いずっていくアムネシアさんを見送った。ああ、あの尻尾の先がたまにシュルッとなる感じ、見ててぞわぞわする。蛇は嫌いだったが、何とか慣れないとな。
「アムネシアさんとばかり仲良くして……そんなあてつけみたいなことすると、こうしちゃいますよ!」
「ひゃぅんっ! だ、だめ、そこはやめて、くすぐったいから」
「……あ、あの、どうしてミリエルさんはそんなに可愛いんですか? 同じ女の子の私でもどきどきしますよ?」
泡だらけになったサクヤは実は全裸なので、少し動くと泡がとれて、人形サイズでなければかなりスタイルが良い彼女の肢体が見えてしまいそうになる。それこそ、俺の方がドキドキしてしまう。
「私はサクヤちゃんの方が可愛いと思うけど……」
「っ……そ、そんな、私は、子供っぽくて、何も考えてなくて、お騒がせなだけですからっ……」
自分で分かっててテンション高く振る舞っているというのは、ちょっと俺の中では好感度が高い。彼女は元気に振る舞うことで、ムードメーカーとなろうとしているのだ。それは素に戻るとテンション低めな俺にとっては、とてもありがたいことなのである。
「……サクヤちゃん、アムネシアさんにしてあげたみたいに、洗ってあげましょうか?」
「えっ……い、いいんですか? 私、ミリエルさんに寝そべってもらって、その上を転がって遊ぼうと思っていたんですけど。そうしたら、一石二鳥で身体も洗えるじゃないですか」
全身が弱点の俺がそんなことをされたらどうなるか――想像するだに恐ろしい。
しかしサクヤの超ミニサイズとはいえ、人間サイズに拡大するとナイスバディな身体で転がられるというのは、一度経験してみたい気はする。
(しかし初日から、遊んでばかりいる気がする……今後厳しい戦いが待っているのに。いや、だからこそ結束を強くしておくべきなのか。裸同士のつきあいによって)
「もう、そうやってすぐ考え事しちゃうんですから。ちょめ! です!」
「ひぁぁんっ!」
「ふぁっ……ど、どうしたんですか? ちょん、って押しただけですよ?」
押したところがどこかと言われると、ふたつほど左右対称に存在する俺の弱点のうち、左の方だった。
それだけで身体の震えが止まらなくなり、腰砕けになりそうになる。自分の身体が言うことをきかないというのが、これほど大変なことだとは……。
「そ、そこはだめ。サクヤちゃんはいたずらしないって約束するまで、アムネシアさんと一緒に遊んできなさい」
「は、はい……そうしたら、許してもらえますか?」
「ええ。私の方こそごめんなさい、すごくくすぐったがりで、自分でも困ってて……」
「そうだったんですね……私、ミリエルさんと仲良くしたくて、つい触ったりしちゃってました。そういうの、女の子同士でもだめですよね。親しき仲にも礼儀あり、ですよねっ」
サクヤは話せば分かってくれる子だった。良かった……これからもちょめちょめされたら、俺のラスボスはサクヤという、訳の分からないことになってしまう。
「サクヤちゃん、分かってくれて嬉しいわ。これから一緒に、人間と頑張って戦いましょう」
「はいっ! 小さいですけど頑張ります! では、アムネシアさんのところに行ってきますね!」
こんなものは計略でも何でもないというか、美容に熱心なアムネシアさんも、よく分かっていないサクヤも、サウナに行けばどうなるかは火を見るよりも明らかだった。
◆ 十分後 ◆
「あぁ~、なんだか目がぐるぐる回って……」
「ふぅ……こんな灼熱の環境で過ごしたのは、火山帯に住んでいる親戚に会いに行ったとき以来ね……身体の火照りがおさまらない……」
「二人とも、私が身体を冷ましてあげますから、水分をしっかり取って休んでくださいね。明日からは、魔王さまの親衛隊として頑張ってもらいますよ。敵が来るとは限りませんが」
「参謀殿、今作戦の話をされても、頭に入ってこないわ……というか、今私、どうなってるの……?」
アムネシアさんの上半身は真っ赤になり、ぐでんぐでんにのぼせている。サクヤも同じ状態でのびていた。
「そんなふうにのびてると、私が身体を拭いてあげちゃいますよ?」
「……お願い……今は自分では何も出来ないというか、どうにでもしてっていう気分……」
「私もです~……きゅぅ~」」
計画通りというわけでもないが、二人の身体を拭いてあげても、それは介抱の一環なので全く問題ない。
女の子の身体に触り放題ではあるが、今の俺はあまり興奮しない。だんだん、考え方が男のものじゃ無くなりつつある……それも、仕方ないことなんだろうか。
◇◆◇
ふたりを介抱して部屋に戻してあげたあと、また汗をかいてしまったので、俺は再び風呂に入っていた。
「ふぅ……」
アムネシアさんが髪を束ねるアクセサリを貸してくれたので、アップにしてお湯に浸かっている。十人くらいで一緒に入っても大丈夫なくらい広く、泳いでみたくなってしまうが、ネレイドのネイさんの手前、あまりお風呂ではしゃぐのも良くないのでおとなしくしておく。
お風呂の泉質はなんだろう、と考えつつ、何となく腕に手を滑らせてみたりする。肌がつるつるになっている感じがするので、どうやら美肌効果があるようだ。
(……さっきは、二人がいるから気にする暇もなかったけど……下半身がスースーするな)
あったはずのものがないというのは寂しいものだ。しかし、代わりに医学的な探究心はくすぐられる。
女性化した以上はいずれ向き合わないといけないことだし、俺も自分で確認するのは恥ずかしいのだが、避けて通るわけにもいかない――魔人が普通の人間の女性と同じかは分からないが、だいたい同じなわけで、一般的に女性が気遣うことを、俺も当たり前のたしなみとして気遣わなければならないのだ。
(異世界では、月のものというやつに、どうやって対応すればいいんだ……くっ、いきなり難題にぶち当たってしまった)
魔人には生理がないということだったりしないだろうか。いや、来るのなら来るで、しっかり対策をしておかなければ。どれくらいの周期かわからないが、毎日迷宮運営していれば、あっという間に日にちが過ぎてしまう。
(アムネシアさんや、ネイさんは相談に乗ってくれるかな……)
――その時、ゴゴゴ、と浴室の扉が開く音がした。湯殿の扉は、岩壁がスライドしていくというスケールの大きいものなので、とても重々しい。
「誰かいらっしゃったんですか? すみません、先に入らせてもらって……」
何気なく振り返り、返事をしようとした瞬間、俺は目を見開いて固まった。
立ち上る湯気の向こう。そこには、アムネシアさんでも、ましてや人間サイズになったサクヤでもない、明らかに別の人影があった。
小柄で、腰に届くくらいの長い真っ直ぐな髪をしていて――透き通るような白い肌に、大きな瞳が紅く輝いている。
「……あ、あなたは……いったい……」
ひたひたと少女の人影が近づいてくる。その控えめな膨らみと、腰の周りを布で巻いて隠し、彼女は長い髪をかきあげてふぁさっと広げると、驚いている俺を見てドヤ顔をした。
「我は言っておいたはずだ、参謀には入浴の世話をしてもらうと……さあ、約束を果たしてもらおう」
そう言って自信たっぷりに立っているのは――紛れも無い。
ゲーム時代に、俺が九十九度参謀として尽くし、そして助けてやることの出来なかった魔王。
ベテルギウス――銀色の髪を持つ、紅眼の魔王が、少女の姿をしてそこにいた。
「ど、どうしてっ……魔王さま、男性なのではなかったのですか……っ!?」
「な、何を言うか。男の身体で、参謀に世話などしてもらったら、それは淫らな行為になりかねないではないか。我はそれほど破廉恥ではないぞ」
顔を赤らめて言うベテルギウス様。ああ、もう、『様』をつけるしかない。今の彼女はひたすらに愛らしく、可憐で、どうしようもないほどに麗しいのだから。
「……しかし、こうして見ると……参謀も、綺麗なからだをしているな。胸などとても大きく、そちらに栄養が向かってしまっているというのに、よく頭の回転を早くできるものだ」
「ま、魔王さま……胸が大きい人は頭が悪いって思ってます? それってひどい偏見ですよ」
「う、うむ……すまぬ、つい圧倒されてしまってな。我は女性体になるときも、それほど胸の大きさは重要視せぬ。よって、さほど膨らまぬのだ。一応隠しておるが、さほど意味はない」
「あっ……は、はずさなくていいです、洗うときだけ見せてくだされば……っ」
反射的に慌てて止めてしまう。見たいという本能と、こんなに美しい魔王さまを、俺の視線で穢してはいけないという思いがせめぎ合う。
「……洗うとき、と言ったな。アムネシアの世話をしているところも、我は見ていたのだぞ。我に対しても、あのように洗ってくれるのか?」
――そのとき俺は、天国というものが本当にあったのだと知った。
まさにヘブン状態。ずっと惚れ込んできたベテルギウスたん――じゃない、ベテルギウス様に、あますところなく触らせてもらえるというのだから。
「返事はどうした? 我もさほど気が長くはないのだぞ。魔王とはいえ、湯にもつからずにこんな格好でうろうろしていたら、風邪も引くのだからな」
「は、はいっ……私でよろしければ、喜んで、お背中を流させていただきます!」
「っ……そ、そうか。分かればいいのだが……急に素直になられると、我としても少し戸惑うところではあるが。まあ、それはそれで喜ばしいことなので、よきにはからおう」
定番の上から目線なせりふと共に、ベテルギウス様は洗い場へと歩いていく。
俺はその後ろからついていきながら思っていた。人間と戦う前からクライマックスだけど、それとは関係なく、俺は絶対に最後まで彼女を守り通すのだ――と。