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01 魔王と参謀

 俺は迷宮が大好きである。


 ロールプレイングゲームや小説などに登場する、ありとあらゆる迷宮に対して心が踊る。

 天然の洞窟、地下迷宮、塔、古代遺跡、秘境――とにかくありとあらゆる迷宮が好きだ。愛していると言ってもいい。


 マップの自動生成により何度でも新鮮な気持ちで楽しめるダンジョンもいいが、決められた仕掛けを解きながら進む迷宮もいい。フィールドは最低限でいい、町と迷宮があればいい。城と訓練場があればもはや世界はそれで完結しても構わない。


 迷宮といえば宝探しであったり、ボスの撃破が目的であることが多い。それも確かに魅力なのだが、迷宮好きな俺が行き着いたジャンルは、自分でダンジョンを運営するタイプのゲームだった。


 そのゲームは「魔王と参謀」という一見して売れなさそうなタイトルなのだが、実際にあまり売れなかった。理由として、このゲームは非常に面倒くさい。システムを理解するための説明書は、愛好者の間で鈍器と言われるほどに厚く、高い自由度に伴って、何をすればうまく進められるのか、非常にわかりにくかったのである。


 しかしやりこめば、これほど迷宮好きをうならせる作品もなかった。

 最初に沢山いる魔王たちのうち一人を選び、プレイヤーは参謀役となって、実質上のダンジョン運営を行うことになるのだが、魔王は基本的に何もしない。ユニットとしての戦闘力は高いのだが、とにかく何もしない。そんな無能な魔王のおかげで、参謀は文字通り好き放題できるのだ。


 世界観を簡単に説明すると、魔王一体につき一つの迷宮を支配しており、魔王の迷宮の存在は付近の町をおびやかしており、王様に依頼を受けた勇者や冒険者、賞金稼ぎが迷宮にやってくる。そして魔王は世界に百体以上いて、それぞれ同じようなことをしている。魔王ごとに強さや使えるユニットの違いがあり、プレイヤーが選ぶ魔王によって、難易度は大きく変わってくる。


 そして俺は登場する魔王のうち、98体を使ってクリアしていた。全部で151体いるらしいのだが、まだ半分ちょっと過ぎである。それでも全く飽きていないが、俺にとって予想外の事態が訪れた――そう、詰んだのである。


 99番目の魔王は、あまりにも弱すぎた。

 「ベテルギウス」という結構立派な名前の魔王なのだが、勇者などの外敵がやってくると、何もしないどころか、戦いたくないと言って自分から降伏してしまう。迷宮の浅い層に入ってきて、配下のモンスターがダメージを受けそうになった時点で諦めるのである。その速さ、まさに光速と言っていい。


 降伏するとどうなるか。参謀は捕まり、人間たちによって拷問を受けてしまい、ゲームオーバーとなる。

 「その後、魔王の参謀の姿を見たものはいない……」という画面の表示を、俺はベテルギウスを主君に選んだことで初めて見せられた。最初は負けて終わることが新鮮で面白くすら感じたものだが、俺はそのうち気がついた。

 どうやらベテルギウスを補佐して勇者に勝つというのは、無理ゲーなのではないか。事実、クリア報告は一つもネット上に上がっておらず、開発陣のデバッグ不足で絶対クリア出来ないままに発売されたのだ、とすら言われていた。実質上、魔王は150体しかいない、そう思わないとやっていられないと嘆いているプレイヤーが、ベテルギウスに対する怨嗟を書き込んでいた。

 それを見た時点で俺は十回ほどゲームオーバーしていたが、あきらめるつもりは毛頭なかったので、こう思った。やってやろうじゃないか、と。


  ◇◆◇


「おいィ……またかよ」


 深夜二時前、俺は自室のPCの前で、冷房から流れ出る風を浴びながらぼやかずには居られなかった。「魔王ベテルギウスが勇者に降伏し、あなたは王国軍に捕らえられた。その後、魔王軍の参謀の姿を(ry」というメッセージを、これで何度見たことだろう。


 今回はまだマシなほうだった。プレイ時間にして15時間ほど、俺の主君たる魔王は降伏せずに我慢していてくれた。しかしそれはただの気まぐれだったらしく、慎重にプレイを続けた俺を裏切るように、奴は勇者が迷宮の浅い層を突破した段階で降伏を決断した。あきらめんなよ! と地球の気温を上昇させていると言われるあの人に活を入れてもらいたいが、それでも降伏しかねないほど気弱だ。


 大学に入ったあとのゴールデンウィークにこのゲームが発売され、それから一学期の間はどっぷりハマって睡眠時間を削り、夏休みはバイトと勉強以外はだいたい攻略に費やした。8月29日、もう長い休みも終わりである。いちおうサークルにも入っていたので、盆前にサークル主催のバーベキューに誘われたりもしたが、それすらも断ってしまった。気になる女の子が居たりもするのに。

 しかし、リアルよりも優先する、あるいは意地になってプレイするだけの魅力が、このゲームにはあった。


(こいつのせいで予想以上に攻略に時間が……ベテルギウス、恐るべき男よ)


 このゲームの魔王は、ユーザーの性別によって性別が変わる。魔王が召喚するモンスター一体一体にも性別があって、同性とは友情を育むことができるし、異性とは恋もできる。それが「魔王と参謀」が一部で熱狂的な支持を受けている理由でもある。つまり迷宮運営と、恋愛シミュレーションゲームの二つを兼ね備えているのだ。


 そして俺は何度も何度もベテルギウスを主君に選んでやり直しているので、プレイヤーキャラの性別で男を選び続けるのも飽きてきて、今回は女性にしていた。そうすると、プレイヤーたる参謀が仕える魔王は男性になる。プレイヤーキャラのグラフィックはカスタマイズできるので、俺は結構頑張って美少女にした。黒髪ロングのぱっつんでニーハイが似合う、それが俺の考える美少女の定義である。偏っていることは否めないが、まあ主義は人それぞれだ。


 いちおう言っておくと、ベテルギウス(女版)もまた、それはもう美少女である。キャラはデフォルメされているが、それでも百以上の魔王の中で屈指の可愛さである。魔王の個人情報パーソナルデータはやたらと詳細に設定されていて、それを読むだけでどんだけ美少女を強調しているんだと呆れてしまうほどだ。


 そんなベテルギウスちゃんが降伏して捕まってしまうと、その後がとても心配というか、勇者においたをされているという同人誌――いわゆる薄い本――がそれなりに出ていて、本能には勝てなかった俺だが、そんな悲惨な感じになるよりはまだベテルギウス(男)が敵に捕まる方がマシかなと考えたのだった。ちなみにベテルギウス(男)は美少年である。見るからに弱々しそうだが。


 魔王が捕まる前提で考えてしまうあたり、もはや始まる前から心が折れている。百戦百敗、そのうち九割は魔王が勝手に降伏して負けた。ハードモードを超えた理不尽モードだ。


「ふつう、部下がいるのに無視して降伏するか? しかも俺は女性キャラを選んでるんだぞ? ちょっとは守ろうとしてくれよ。そんなヘタレを主君に選んだ身にもなれよ」


 ゲームに対して真剣に愚痴ってしまう。某大作RPGで256分の1の確率で仲間になるモンスターを千体狩っても仲間にできなかったとき以来のやるせなさだ。


 ゲームオーバーになった画面には、プレイヤーである参謀が常に身につけている帽子が、原っぱに突き刺さった魔王の剣の傍らに落ちているという、なんともわびしい光景が表示されている。


 今頃参謀である俺も、勇者や王家のやつらに、とても言えない責めを受けているのだろうか。くっ、殺せ! それは女騎士か。しかし俺が実際そんな目に遭ったら、とても言わずにいられる自信がない。お約束は大事だ。


 もっと、魔王に対して色んな働きかけができれば。ゲームの攻略法自体は飽きるほどプレイし尽くして理解しているので、それを魔王が邪魔しさえしなければ、勇者になど遅れは取らないはずなのだ。王国を支配下に置き、人間たちを奴隷として、モンスターの千年王国を作れるはずなのに。


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