エピローグ
青空を多様な形をした有象無象の鉛色の曇が泳いでおり、太陽から地上に燦々と降り注ぐ光を遮っていた。そんな天気模様の中でも、祝祭も無事に終わった商業都市は、以前の喧騒に戻っており、刻一刻と人々の営みが地続きに流れていく。
北西地区と北東地区の境目にある生活路沿いに祭術師斡旋所の建物が聳え立ち、その内部では、今日も仕事を求める祭術を扱う人間達で溢れかえっている。
そして、大ホールの左側の一室にある応接室には、いま現在、ロジェが一人で椅子に腰掛けていた。
「うちの師匠は、一体、何を考えているんだよ……」
と、思わず、ぼやいてしまうには訳があった。
ロジェは、顔を動かして後ろに振り返り、壁に設置してある大きな機械仕掛けの時計を焦点に合わす。
自分がここに着いた時刻と現在進行形で時計が刻んでいる時刻を鑑みると、もうかれこれ、応接室にいる滞在し続けて約二十分近くが経過しようとしている計算になっていた。
時計から視線を外したロジェは、溜息を漏らし、昨日、昼頃の練習時間でモンドと会話した内容を耳の奥で再生する。
『坊主。明日、祭術師斡旋所に来い。お前に紹介したい人がいる』
『紹介したい人ですか? ……ひょっとして、旅団に加入してくれる人が見つかったんですか!? あぁ~~~、これでようやく、三人目ですか』
『そう項垂れるなって……。旅団は、稼動したばかりなんだよ』
『確かにそうだけど……。それにしたって、まさか、旅団メンバーがこんなにも揃っていないとは思ってもみなかったですよ』
『あははははっ!! まぁ、良いじゃねぇか。とにかく、坊主。明日、昼頃に祭術師斡旋所に来い。分かったな?』
『……分かりましたよ』
そんなやり取りが交わされた。
両手を組んで頭上まで持ち上げて、座ったまま背を伸ばしながら、ふぅ、と深く息を吐き出した。
腰を左右に捻るなどの軽い運動などをしつつ、ロジェの脳裏に思い浮かんでくるのは、祝祭が終了して、色々と賑やかであった二日間の出来事であった。
祝祭が終わって以降も商業都市に滞在し続ける旨をアニエスやクローデットやレイモンに告げてみると、大人達は、とても喜んでくれて、何故だか、パーティーを開いてくれた。
……その様子を目にしていた僕としても、無性に嬉しくなり、かなりはしゃいでいた、と自分でも、いま思うと恥ずかしい気持ちに蘇ってきて、どこかに隠れたくなってしまうけれど……。
そして、パーティーの中に、どこに住まうのか、という話になった時、あっさりとカメレオン亭の現在も寝泊りに使っていた部屋を今後も使い続けて良いという話の流れになり、勿体無いその申し出に、それ自体は、非常に有り難く、魅力的な提案ではあったが、自分がこの都市に到着して以降の数週間は、カメレオン亭の手伝いをしていたとはいえ、部屋を無料で借りていただけでも非常に助かったのに、今後もという話になれば、話は別だよな、という思いが自分の中に強くあったが為に、一度は断ろうとしていた。けれど、クローデットやレイモンの厚意に押し切られる形で自分の方から格安の家賃を払う事とカメレオン亭の手伝いを行う事を条件として入れてもらい、ちょっとした押し問答は簡単に終結した。
……あの人たちは、どうして、見ず知らずの人間にあそこまでやってくれるのかが不思議だよなぁ~~~。
と、不思議に思った。ちょうど、その時に甲高くも軋む音が鳴り続け、扉が内側に開き始める。
ロジェは、よし、少しくらいは文句を言ってやろう、と決心し、
「モンド、遅いで……って、えぇぇぇぇ!?」
振り向いた瞬間、持ち合わせ相手である師匠に小言を告げようとしていたロジェの口から素っ頓狂な声が零れ落ち、勢い良く立ち上がった為に椅子が倒れ、重低音が響いた。
「何、変な声を出しているんだ? 坊主。せっかく、三人目のメンバーを連れてきたのによ」
と、モンドが喋り続ける声が半ば聴こえていない程にロジェは、口を大きく開けたまま、思考停止状態に陥っていた。
……嘘だろう?
と、ロジェが右目を何度も擦る動作を行おうとも、現実は変わらない。視線の先にいたのは、
「三人目が私では、何か不満があるとでも言うの?」
左右の手を腰に添えているアニエスの姿があった。
「いや、そういう訳では決してなくて……」
ロジェは、弁明の声音で話しながら両手を振り、一歩後ろに下がった瞬間、右足の踵が横倒しされている椅子にぶつかり、それ以上、後方に下がれなくなっていた。
「もう、君は何をやっているよ……」
呆れた、とばかりに表情を変化させていたアニエスの口元が微かに緩む。
あはは……、と乾いた声を漏らすロジェは、右頬を人差し指でぽりぽりと掻く。
だが、すぐにボサボサ髪の少年は咳払いして、一拍の間を作り、それからアニエスを見遣り、言葉を紡ぐ。
「それより、アニエスさん。なんで昨日の内に言ってくれなかったんですか!? 驚いたじゃないですか!?」
「……」
アニエスは、口を閉ざしたまま、物言いたげな視線だけをこちらに向ける。
「アニエスさん? アニエスさん?」
と、何度も彼女の名前を呼んでみるも、無反応を貫き通された。
モンドからは、何をやっているんだ? という眼差しで二人を見ていた。
はぁ~~~、と深く息を吐き出したロジェは、観念した面持ちでアニエスを見つめ、
「アニエス」
「何かしら?」
……何かしら? じゃないよ!?
と、内心で一人ツッコミしながらも眼前にいる頭に飾り布を巻いている少女を凝視したまま、旧城壁の回廊での会話の続きを脳裏に思い浮かべる。
『あぁ、後、それと私の事は、きちんと名前で呼んでもらうわよ? 私は、貴方って名前じゃないんだから』
『? きちんと呼んでいるじゃないですか。アニエスさん』
『さん付けは不要よ』
『えっ!? ちょ、ちょっと、待ってください。それって、どうしてですか!?』
『ふふっ……、そんなの自分で考えなさい。それじゃあ、カメレオン亭に戻るわよ』
「何、ぼうっとしているのよ? 私達が座れないじゃない」
「あっ……。そうですね」
意識を現実に戻し終えたロジェがそそくさと自分が倒した椅子を立て直す間に、他の二人が移動する。
モンドは、窓を背に向けた位置の椅子に座り、ロジェの右隣にアニエスが座りこむ。
「アニエス。どうして、旅団メンバーになろうとしたんです?」
「私はね? ロジェ。昔、お父さん達が祭術に対して言っていた言葉の意味を知りたいと思ったの。だから、もう一度、祭術と向き合おうと決心したの。それに……君の傍でなら分かるかも知れないしね」
「そうですか。……ん? 最後なんて言ったんですか?」
と、アニエスの方に振り向いてみると、
「ううん。なんでもない」
と、首を横に振った彼女は、ボサボサ髪の少年に向けて、優しく微笑かける。
それは、ロジェ自身が望んでいたアニエスの笑顔であった。
「愚人は、踊る」は、これで完結いたしました。
ここまで、読んで下さった読み手さん、本当にありがとうございました。




