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プロローグ

 雲に覆われた空を見上げ、雨の降る気配を感じとった人々が普段より早足になっていた。

……ここから逃げなくちゃ。

 都市の往来を通行人の間を縫うようにして、走り続ける年端もいかない金髪の少年。

「おぃ、待ちやがれ!? くそっ、てめぇら、邪魔だ。どきやがれ」

 自分の後を目つきの鋭い男性が歩いている老若男女を押しどける様に追いかけてくる。自己中心的な言動をする翡翠の目をもつ男の言葉どおりにする人達は少なく、少しずつではあったが、少年と男の距離が離れていく。

 捕まってしまえば、僕もどこかに売られてしまう。自分と同年代ぐらいの少年、少女が売られていく場面を何度も目にしているからこそ、必死だった。足がもつれてしまい、派手に転倒する。

「……ッ」

 立ち上がって、みてみると腕や膝に多数の擦り傷が出来ており、唇を噛み締める事で痛みを堪えようとしていた。

「なんで、異邦人なんかの子供がこんな所にいるんだよ」

「おかあさん。あの子の金色の髪、綺麗だねー」

「目を合わせちゃ駄目じゃないの」

 自分の横を通り過ぎる時の通行人達の言葉を理解し終わる前に雰囲気で察し、人目を避けるようにして、路地裏沿いの道に入る。

「あのガキ、どこにいきやがった!?」

 追っ手の声が近くで聞こえ、慌てて、三メートル先の角を右に曲がり、身を隠す。自分が来た道に顔を少し覗かせる。視界に追っ手の姿が現れ、せわしなく辺りを見渡した後で、僕の姿が見つからない事を悟ると栗色の髪を掻き、苛立ちを持て余しながら、移動する。

 やり過す事が出来て、緊張から解放され、へたり込む様にして座り込む。行きかう人達を見ていたが、全員が追っ手と同じ髪色と瞳の色をしている事から自分の容姿が明らかに異なる事実を突き付けられ、本当に独りになってしまったことを実感し、咽び泣く。

……とりあえず、歩かなきゃ。追っ手からようやく、逃げられたのにここから出られないままなんてのは、嫌だ。父さんや母さんにも会えないじゃないか。

 己にそう言い聞かせる事で震える両膝に力を込めて立ち上がり、転倒した時の痛みを引きずったまま、路地裏の奥の方へと向かう。

 金髪の少年は、人通りの多い場所を避けて、鼻の粘膜を刺激する匂いや何かが現れそうな暗さに耐えながら路地裏沿いを徹底的に歩き続けていたが、路地裏にいる継ぎ接ぎだらけの服を着ている老若男女と頻繁にすれ違ったりしていたものの、彼らは僕の方を一瞥するだけに留まり、無関心である事にその度に胸を撫で下ろす。

 次の通り道に出ようとした時、大勢の笑い声を耳にする。思わず、後ずさりする。その方向を目を向けると、開けた場所に頭に布を巻いている男性の横顔が見え、その前に大勢の人々が集まっていた。

「おっと、これは失礼いたしました。どうにも、私は舌が良く回ってしまうみたいでして……お次はこの小刀を使っていきます」

 そう言うと、男性は、左手で腰に携えていた鞘から小刀を抜き出してから、小刀を頭上高くへ放り、落下してきたのを捕らえては、再び垂直へと投げるという一連の動作を繰り返す。

 落下地点から一歩踏み出し、背中越しに左手を伸ばし、掴んだ。今度は、投げた後で両足を広げて座り、小刀を地面と衝突する直前まで引きつけてから握ったり、と色々な動作を交えて、踊りを披露する彼に、観客達は思い思いに声をかけている。

……この人は、何をしているだろう。

 そんな感想を抱き、視線を奥の方へと映すと、都市の外へと繋がる門が見える。

……あれ? 皆、あの人の方に視線がいっているって事は、ひょっとしたらいけるかもしれない。

 観客達が彼の一挙手一投足に注目している事に気付き、今なら、好奇の視線を向けられずに済むという思いに至り、駆け出す。

「さて、次は何を披露しようかな……。ん? おーい、そこの赤い瞳が綺麗な少年。こっちきてくれないかなー!」

 男性の声量に驚き、何事かと振り返ってみると多数の翡翠の目が自分を見ている事に気付くと共に、彼が手招きしている事から呼ばれているのだと知る。逃げても仕方ないと判断して、輪の中に入っていく。

「君は、こっちの言葉は分かるかな?」

「スコシだけ」

 身構えながらもそう答える自分と、彼から頭を撫でられる。

 「それなら、良かった。君に……って怪我してるじゃないか」

「よし、これで泥を落としたから、帰ったら傷口をきちんと洗うんだぞ」

 頭に布を巻いている男性はしゃがみ込み、懐から出したハンカチで、転んだ時に出来た擦り傷の周りについている泥を丁寧に拭ってくれる。

 人買いと同じ瞳を有している男性の行動に戸惑いつつ、すぐさま、我に返り、感謝の言葉を伝えようにも現地語の発音が分からずにいた。

「君に私の手伝い役を頼みたいのだけれど、良いかな?」

 ゆっくりと話した言葉の意味を呑みこみ、感謝の気持ちを伝える為にも、ほんの少しだけなら良いかなと考え、首を勢いよく、何度も縦に振り、肯定の旨を伝える。


 ●


 彼の指示どおりに、両腕を水平にした状態で直立しながら、右手、左手には林檎が乗っていた。

 新たに一本の小刀を持ち、懐から取り出した一枚の布で目隠している姿にざわつき始める観客達の雰囲気に察した男の子は、不安になりつつも彼の方を見遣る。

 小刀二本を空中に投げては捕らえ、また投げるの動きを繰り返す男性。身体を回転させながら、落下する小刀を捕らえている。目隠ししていない状態と何ら変化の無い動作に周囲の人々は声を発する事はせず、見守っていた。

 不安な気持ちが薄まり、瞬きしようと目を閉じた瞬間。

 軽い音が二度に渡り、聴こえた直後に目を開けると、観客達の目線がある場所に釘付けされており、視線を動かして辿ってみると、小刀二本ともに林檎に刺さっていた。

……本当に成功させるなんて。

 その事実に愕然としている自分とは異なり、一部始終を目撃した人々は興奮冷めやらぬ面持ちで、芸を披露した男性に拍手喝采を送っている。

 彼は、目隠しを外した後で、小刀を地面に置き、自分の方に向かう。

「少年、ありがとう」

 金髪の少年が持っていた林檎一個を手に取った後、観客の方に振り向き、

「この少年のお陰で、無事に林檎に小刀が刺さる事が叶いました。皆様、是非とも、私に協力してくれたこ少年に惜しみない拍手をお願いします!!」

 人々の熱気に当てられ、呆然と立ち尽くす少年に、彼に促され、人の輪にもどると、傍にいた年上の人達から次々と話しかけられるも、頷いて返事するだけで精一杯なほどに、場の雰囲気に呑まれた事から抜け出せておらず、その場に残る。

「まだまだ、続きますよ」

 彼がそう言うと、歓喜の声を上げる観客達。カスタネットを取り出し、鳴らすと同時に、両足だけを使ったダンスを披露し始める。

……次は何をやってくれるのかな。

 多種多様な道具を扱いながら、独特の動作をみせる彼の姿に、時間を忘れて見入る少年の身体が震えだす。

……なに、これ???

 と身体が熱くなるのを感じながら、自分に訪れた異変に戸惑っていた折に、

 「何をしているんだ!? ここら一帯は、見世物行為は禁止なんだぞ」

「警邏隊の連中だ。巻き込まれたら厄介だ」

 広場に近付いてくる男性達から発せられた言葉に反応し、ダンスを見物していた大人達は、たちまち、彼の元から離れ始める。頭に布を巻いている男性も、慌てて、芸を中断して、手荷物を持ち、走り出す。

 数分前までの賑わいとは余所に、閑散となった広場でただ一人だけ、呆然と立ちつくしていた所に、不快感を伴う視線を覚える。嫌だな、と不安に感じ、逃れようと通行人達の目と合わせないよう、地面に目線を向けたまま、歩を進めようとした時、通行人の一人とぶつかり、つんのめる。

 後ろに下がりながら顔を上げ、ぶつかってしまった相手の姿を捉えると、目の前にいたのは自分が必死で逃げてきた目つきの鋭い男性。

 後ずさり、来た道を引き返そうとしたが、すぐさま彼に腕を掴まれ、身動きできない。肌が粟立ち、振り解こうとするも年端の行かない子供の腕力では、抵抗も微々たる物でしかなかった。

 助けを呼ぼうと叫ぼうとした瞬間、彼に腹を殴られ、呼吸が出来なくなり、足元を支える力が抜け、倒れる。

「まったく、手間をかけさせやがって……。それにしても、祭術に夢中になってくれたお陰で助かった。このガキに逃げられちゃ、当分暮らしていけなくなる所だったしな」

 意識が薄れ行く中で、祭術、という言葉だけが耳に残り、それがさきほどの見世物の名称であると知るのは、ずいぶん先の事であった。

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