第五話 牢屋からの脱出
…さて。
とりあえず目的は決まったわけだが、兎にも角にもこの牢屋から出なければ話にならない。
ノコギリでも切れそうにないほど太い鉄格子、俺の両手を縛る堅い縄、そして俺達…じゃない、俺を見張る屈強な看守。
この3つを攻略しなければ、俺達はここから出られない。
ただし、幸いなことに、ここには妹がいる。
この国は何故か女性に甘々らしく、彼女は手も足も自由だ。
欠点があるとするならば、頭の中が兄である俺で溢れていることだが、今回はそれも利用させてもらおう。
個人的にはあんまり使いたくないし、うまくいくかも五分五分くらいの手なんだが…
「…美沙希」
「ひゃぁ!?な、なに?兄さん…」
俺は妹に耳打ちする。…美沙希よ、顔を赤らめるのはどうかと思うんだが…
「大きな声を出すな。今から、ここから出る作戦を…」
「おい!!何をしているっ!!」
…マズいっ!!看守に感づかれたか!?
と思ったがそうではなく、
「お前ら、飯の時間だ」
見れば、手になにか持っているようだ。
…どうやら、たまたまご飯を運びにきただけだったみたいだな。ガチな見回りじゃなくて助かった。
「ほら、お前はこれ。お嬢さんはこっちだ」
どうやら妹と俺でメニューが違うようだ。どれどれ…?
美沙希…トマト(に似た何か)とレタス(に似たなにか)のサンドイッチ。
俺…食パンの耳。
………この気持ちはなんだろう。
腹の底から湧き上がる炎のような気持ちが俺を満たす。
この気持ちはなんだろう。 谷川俊〇郎
「…兄さん……私の、一つあげようか…?」
「…………いや、いい」
妹から飯をもらうなんて、そんなみっともない真似はできない。…一瞬間があったのは、仕方ないと思ってくれ。
…つーか、このパンの耳、明らかに美沙希のサンドイッチの余りだよな…。俺は残飯処理装置かよ…。
俺の心は不満で満ちているが、他に食い物もないし、食うか。不満で満ちているっつーのはちょっとおかしいか。
「「いただきます」」
美沙希は手を合わせ、俺は…手が合わせられない。当然ですよね、縛られてるんだもの。
この状態でどうやってパンを食べろと?犬食いか?器に顔擦り付けて食えってか?
まぁいい。犬食いでも食べられないよりはマシだ。…いや、でもなー…。
俺が犬食いをするかどうかの葛藤を続けていると、サンドイッチをパクパク食べていた美沙希がなにを思ったか俺のパン(耳)に手を伸ばした。
おいお前、そんなうまそうなサンドイッチ食っといて、俺のパンまで取る気かよ。あれか?俺が食うのが遅いから、「あ、それ苦手なの?俺が食ってやんよー!!」っつって、俺に何も聞かずに奪い取る的なやつなのか!?
パンの耳とはいえ、コイツは俺の貴重な食糧だ。家族団らんの暖かい夕食ならともかく、兄妹二人きりの冷たい牢屋での食事なら、このパンの耳が生命線と言ってもいい。残念ながら、美沙希に渡すわけにはいかないな。
「おい美沙希よぉ、そいつぁ俺のメシなのよぉ。いくら妹っつっても、サンドイッチをたらふく食った手前に、渡すわけにゃあいかねぇなぁ?」
「そうです!!おなごがそのような残ぱ…もとい、男の食事を口にしてはなりません!!」
…は?誰?
と思ったら、さっき俺達に飯を恵んでくださった看守さんが、まだ牢屋の中にいた。いつまでいるんだよ。じゃまだよ。消えろよ。てか今、俺の食事のこと残飯っていいかけたよね?
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、
「えっ?この人、まだ居たの?早く出てってよ。兄さんに残飯食べさせるとか、何考えてんの?」
美沙希が嫌悪感もあらわに言った。
「自分は器を回収しなければなりませんので」
なんだ、そういうことか。
にしてもコイツ存在感無いなー。しゃべるまで気づかれないとかどんだけだよ。
そして看守さん、あなた、そのさっさと食えや的な視線やめてくれませんかねぇ。こちとら両手縛られてんだよ?素早く食えるわけねーじゃん。そんなに早く食べてほしいなら、縄ほどいてくれませんかね?
そんなことを考えていると、美沙希は俺のパンの耳を一つつまんで…俺の口元に運んだ。女の子らしく、左手で手皿をして…なんだ?マトモに食えない俺へのあてつけか?馬の目の前にニンジンを吊す的な感じか?
ちなみに手皿は日本ではマナー違反とされているのでご注意を。迷い箸とかご飯かき込むとかと同じカテゴリー。これ豆なー。
そのままぼーっと眺めていると、美沙希が照れたように頬を赤らめて、
「兄さん、あ、あーん」
と言った。
「ん?あーん」
パクッ…と、
パンの耳一切れを、口に入れ、味わって食べる。
うーんなるほど。いつもは食パンのオマケみたいな感じで食べる耳も、こうして単体で食べると…無いな。普通に堅いしちょっと苦い。
「えへへ…」
美沙希は何故か幸せいっぱい、みたいな感じで微笑んでいる。その笑顔を見ていると、まぁいいか、って気になる。
気になるだけで、なにも良くはないのだが。
「……おいお前。今何をした…?」
すると、看守がいきなり低い声で聞いてきた。本っ当に存在感無いな、また忘れかけてたぞ。
「何、まだ居たの?さっさと帰ってくれない?いい加減邪魔なんだけど」
美沙希も急に冷めた口調で看守に言う。
すると看守は立ち上がり…って、あの腰に付けてんの鍵じゃん!!
「貴女は関係ありません!!…おい、貴様。今この方に何をさせた!?」
…どうでも良いけど、貴様って「貴」と「様」だからとっても偉い人に使いそうな言葉だよね。
そんなことを考えてないと、いい加減こっちも爆発しちゃいそうだった。ムカっと来て着火してファイアしちゃいそうだった。
とわいえここで俺がキレても、武器を持った看守には勝てないだろう。あくまで冷静にいかなければ。
しかし事態は、俺の思うようには動いてくれない。
俺がうんうん考えているうちに、美沙希が答えてしまったのだ。
「何って、あ~んだけど?」
なんということでしょう。元から真っ赤だった看守の顔が、さらに血が登ってクリムゾンになってしまったではありませんか。
「じょ、女性にそんな屈辱的なことをさせるなど!!貴様っ!!我が日本国憲法一条を、破りおったな!!!」
…は?