第7話 密談
別の世界に来たかと思った。
入り口から見たときには、少しの違和感も無かったハズだ。西洋風の内装、ベルサイユか!と突っ込みたくなるような壁画、ヴァッキンガムか!と突っ込みたくなるような豪華な装飾が施されていた。…まぁベルサイユもヴァッキンガムも行ったことはないが。 とにかく、入り口から見た時は、城の他の部屋と大差ない、ただの「豪華な部屋」だったはずだ。
しかし、入り口から一歩足を踏み入れて、辺りを見渡した瞬間、印象がガラリと変わった。
まず入り口から見えなかった左手に、ノートパソコン、携帯ゲーム機、携帯電話、タブレット端末などの電子機器…そして右手には、ジーパン、ワイシャツ、詰め襟の制服やブレザーなどの衣服類…つまり、元の世界の物品が置いてあったのだ。
どれも数は少なかったが、明らかに俺たちがいた世界の物だ。
「…うわぁ……!!」
思わず飛び付いて、携帯ゲーム機の電源を押してみるが、動く気配はない。電気が通っていないのだからあたりまえだが、携帯ゲーム機だからもしかしたら…と思っていただけに少し落胆した。
そこでようやく、王様と護衛の人の視線に気づく。
「あっ…申し訳御座いません…。陛下の御前であるというのに…」
俺は今まで使った最大限の敬語で、王様に謝った。しかし、王様は笑っていた。
「気にするこたぁねぇよ。元の世界のモンがあったんだ。そりゃあそうなるわな」
耳を疑った。
一瞬護衛の人が喋ったのかと思ったが、確実に動いたのは王様の口だった。
「ああ、あとその、無駄にかたっくるしいしゃべり方やめてくんね?お前らにとっちゃ俺なんざ王でもなんでもねーんだろ?」
マジかよ…この王様、裏でこんな感じなのか。ちょっと前に威厳たっぷりの佇まいをしていた人間とは思えない豹変っぷりだ。 ふと護衛さんを見ると、勝手知ったる風にして、さっきと寸分違わぬ姿勢で堂々と立っていた。つまりこの人も王様のこの豹変は知っていたということか。
後から考えて思ったのだが、この時俺は王の言葉を無視するという不敬を犯していたのだが、そのことについて彼に何か言われる事はなかった。
「まぁとりあえず座れよ。えーっと……すまん、名前なんだっけ?」
「は…はい。私は安岐拓人と申します」
王様の態度の豹変っぷりに驚いて、思わず名乗ってしまった。
ヤバい。せっかく伏線みたいな感じで今まで名乗って無かったのに、こんな微妙な所で言っちまった…。この機会に全部暴露しよう。名前知られたし、もうヤケクソだ。
安岐拓人 17歳高校生、得意教科は歴史(世界史日本史問わず)、苦手教科は歴史以外、趣味はゲーム(RPGやホラー、戦略ゲーから銃ゲーまで、恋愛ゲーム以外全般を広く浅く)、特技はゲーム、彼女居ない歴=17年、妹持ち。
これが俺の全プロフィールだ。超一般ぴーぽーだぜ!!
とかなんとかワケの分からないことを考えて居ると、
「…失礼する」
と、護衛の人が剣の柄に手をかけた。
えっ!?俺なんかした!?この人ごっつ怒ってるんとちゃいますのん!?
「ちょっ、やめっ…!!」
俺が逃げようとすると、
「動かないで頂きたい。間違えて切ってしまうかもしれないので」
「は、はぃいいい!!」
怖すぎて思わず足止めちゃったよぅ!!
ひぃぃぃいいいい!!怒ってる!この人絶対怒ってる!!ていうか間違えて切るってなに!?一撃で殺れなくなるって意味!?
「怖がらなくていい。すぐに済むから」
すぐに済むってなんっすか!!刹那の内に殺すって意味っすか!?絶対そうっすよね!?
そんなことを考えているあいだも、護衛の人はこっちにずり寄ってくる。
そのたびに俺も後ずさりするが、五歩目くらいで背中に堅いものが当たった。
部屋の壁だ。
もう逃げ場は無い。
そして護衛の人が、最後の一歩を踏み入れてくる。
「あ、あああああ…」
…――終わった。
俺の人生、ジ、エンド。
護衛の人の刀を持つ手に力が入る。
俺は、殆ど本能で縄で結ばれた両手を持ち上げた。しかしそんなものは何の意味も無い。
「いい子だ」
そう言って護衛の人は、刀を勢いよく抜いた。
…せめて、最後に美沙希の顔が見たかったな…声も聞きたかったな…嫁に行く姿を見たかったな…甥か姪の姿が見たかったな…俺も彼女欲しかったな…
などと未練たらたらで俺の人生は終わったのだった…。
……あれ?
いつまで経っても痛みが来ない。
走馬灯も蛍光灯も白熱灯も、三途の川もナイル川もアマゾン川も見えてこない。…てかアマゾン川出てきたら渡るの大変だな。広すぎて。
おそるおそる、目を開けてみる。
護衛の人の剣はキッパリバッサリ振り抜かれていた。
よく、「達人は極限状態になると、感覚が研ぎ澄まされて周囲の光景がスローになる」とかいうが、そんなことでもなさそうだ。第一俺は達人じゃない。
じゃあ一体何故…?そもそも俺は生きているのか?死んだ瞬間に幽霊にでもなっているのか?俺の体は死んだが、魂は生きていたーとか、そんな感じですか?ゆ~たいりだつ~か?ザ、タ○チか?
そんなことを考えつつ、今度は下を見る。ふむ。死体はないようだ。足もちゃんと付いてる。幽霊じゃなさそうだ。
それなら、なんなんだろう。俺は死んでないのか?
「おっとと…」
考えて居ると、バランスを崩した。どうやら足元がおろそかになっていたらしい。俺はしりもちをつきそうになるが、とっさに右手を突いて回避。
…ん?待てよ…
何かがおかしい。
何がおかしいんだ…?
自分の行動を振り返る。
倒れそうなところを…右手で…
右手で?
そう。俺の両手は縄でしっかり結ばれていたのだ。親友との絆よりも固く、恋人との赤い糸よりも強く、結ばれていたはずである。
それが今は、自由に動く。
それはつまり…
足元を見ると、俺の両手を縛っていた縄が(正確には2つに切られたそれが)落ちていた。
「はは…ははは」
乾いた笑いが出た。
微妙な所で終わりました