第六話 王城
『…罪人をここへ…』
…ん?
聞き覚えの無い声が聞こえる。…罪人?裁判所か?バカか。裁判所なら罪人じゃなく被告人だ。
じゃあ刑務所…?いや、刑務所なら番号か名前で呼ぶハズだ。
じゃあ異端審問…?
…まぁいい。目を開けば答えは出るはずだ。
ここがどこなのか、俺がどうなるのか、そして…我が妹、美沙希は何をしているのか。
「…うっ」
なんだ!?フラッシュグレネードか!?なんか滅茶苦茶まぶしい。視界が真っ白だ。
と思ったが、目が慣れてくるとそこがただ明るいだけであると気づいた。
次第に周囲の様子も見えるようになる。綺麗な装飾の施された、豪華をそのまま表したようなたてものだ。そこかしこに金、銀や、各種宝石がちりばめられている。床には当然のように真っ赤な絨毯が引かれており、壁は大理石と思われるものだ。お約束のシャンデリアまで天井からぶら下がっている。さっきと別の意味で視界が真っ白になりそうだ。
最後に自分の手を見てみると…そこには両手を縛られた俺の両腕があった。
「兄さんッ!!」
その時、後ろから大きな声が聞こえた。
「美沙希…?」
俺はゆっくりと首を回す。
そこには、綺麗なドレスを着せられた美沙希が居た。
白を基調としたそれは、さながらウェディングドレスのようだった。いつもは可愛いと感じるその風貌も、このドレスを着ていると、可愛さよりも綺麗であるという印象が生まれてくる。まるで別人のようだ。
しかしその印象も、彼女の顔を見ると薄れてしまった。目尻を釣り上げて顔を真っ赤にしているその様は、鬼と表現するにふさわしいものだった。
「放して!!私は兄さんの所にいくの!!」
すると美沙希を引き止めている衛兵らしき人が、
「なりません!!貴女はあの薄汚い男に洗脳されているのですっ!!」
「兄さんが起きたら話をさせてくれるって言ったじゃない!!」
「駄目です!!これ以上あの男と話すと洗脳が強化されてしまいます!さぁ、どうぞこちらへ、あんな男は我らが処分しておきますので」
「イヤァァァァァァ!!」
そのまま美沙希は衛兵達に引きずられるように奥に連れて行かれる。
「……おい」
低い声だった。
誰の声だ?と思ったら、他ならぬ俺の声だった。
「美沙希に指一本でも手ぇ出したら、お前ら全員ぶっ殺してやるからな」
多分俺は、今まで生きてきた中で、最も醜い表情をしているだろう。醜くて、汚い、憤怒の表情。
それは俺がずっと嫌っていたものだった。元の世界で起きた『あの出来事』から…
衛兵達は一瞬、ゾッとしたように体を震わせたが、俺の手を縛る縄を見て、勝ち誇るように笑った。
「ハッ。そんな手で何が出来る。法螺を吹くのも大概にしろ」
あ~あ、こいつ分かってねぇな。
「人が人を殺すくらい、足があれば十分さ」
「大口を叩くのも大概にしろよ、この野蛮人が」
部屋の中の衛兵達から嘲笑が漏れる。
いやー、実際人を殺すなんてのは、手順さえ踏めば簡単なんだがね。
倫理感に目を瞑れば、人を殺すのなんて人を殺さずに生きることよりずっと簡単だ。まぁ殺したことがある訳じゃないが、人間なんて、首を絞めれば、頭を強く打てば、心臓を貫けば、呼吸を封じれば、首を切れば、毒を飲ませれば、簡単に殺せるのだ。
武器を持つ人間なら、そのくらい分かりそうなものだが…どうやらこの衛兵達はそんなことも分からずに剣やら槍やら魔法やらを使ってるらしいな。
「これから貴様の処遇について、国王陛下直々にお達しがある。せいぜいマシな言い訳でも考えておくことだな」
嫌みたっぷりのニヤニヤ笑いで言われた。よっぽど俺に侮辱されたのが頭に来てたのだろう。いや、単純に人が不幸に なるのが好きなだけかもしれないな。他人の不幸は蜜の味、人を陥れる事が大好きな奴なんて、その逆の人間に比べるまでもないほどゴロゴロいる。
少なくとも元の世界ではそうだった。
「国王陛下、御入場!!」
一人の衛兵が言う。
すると、先ほどまで俺に嫌みを言いながらニヤニヤしていた衛兵達が、一瞬で神妙な顔になって、片膝をつき始めた。なんかよく分からんが笑えるな。テンプレすぎて。
流石に笑いこそしなかったが、俺は罪人らしいので変に怯えたり頭を下げたりせず、背筋をピンと張って、堂々としていた。周りの衛兵どもから睨まれているが無視だ。
そもそも俺は罰を受ける気などサラサラ無い。サラっサラーのサラサーティくらい無い。
そう、俺はこれから交渉をしなければならないのだ。
選択肢は2つ。
ここの衛兵達にそのまま権力を与えられたような愚王ならば、バッサリ切って敵国に取り入る。…できればこちらの選択肢はあまり選びたくないが、現状をみる限りこちらになる可能性が高いだろう。
そしてもう一つの選択肢は、王がそれなりに賢かった場合だ。
この国の現状を見て、何か思う所があるのなら、俺はこの国に取り入る。俺としてはこちらの方がありがたいんだがな。
さて、王様はどう出るかね。