1‐7 私の仕事
私が彼女の体に入る時、必ず目の前にはお仲間が居る。
だけどそれは、必ず人間に悪意を持っている個体に限られる。
私が依代にしている娘の家系は、先代の時代からずっと妖怪と闘っている。
もっとも、闘うのは私の仕事で、なぜこんな関係にあるのかは今話すことじゃないのだが。
それにしても、とんだ貧乏くじを引いた子たちだと、つくづく思う。
生まれで生き方まで決められているなんて同情に値する。
私を包む白煙が晴れたころ、目の前に居る「変化」は動揺した様子を見せた。
変化は人の形をしているが、中身は獣そのものだ。
齢五十といったところか、それなりに人を喰ってきたのだろう、満ちる妖気はどす黒く、私に驚きこそしたものの怯えた様子は見せない。
舐められたものだ、不快感がこみ上げ、舌打ちとなって表れた。
両腕をだらりと下げたそれは、口からぼたぼたと尋常じゃない量の唾液を零しながら、獣のような目でこちらを睨んでいる。
私はポケットからタバコを取り出し、指先から狐火を用いて火をつける。
「偉い偉い、ちゃんと用意しててくれたんだねぇ、うんうん」
吸うと痺れるような芳香が肺を満たす。
この充足感は人間の体を借りるようになってから病みつきだ。
ふうと煙を掃き出し、一応挨拶をしておく。
「やあやあ、初めまして。いい夜だねぇ」
縛られた髪をほどきながら、相手を観察する。
元はおそらく犬だろう、変化が相手ならおそらく苦戦することはないだろう、相性はばっちりだ。
人の体を変化に無理やり同調させられたからか、行動が犬そのものだ。
話しかけただけ無駄だったかもしれない、相手は人の姿をした犬なのだから。
その証拠に、矢のような速さでこちらにとびかかってくる。
最早人の皮は不要なのか、手はクマのようになっている。
犬なのにね。
私は軽やかに避けると、大きな狐火を発生させ、ソレに打ち込んだ。
野獣のような悲鳴が轟く。
「鳴いたってダメだよぅ、人の皮被ってまでほかの人間襲うなんて、妖怪としてのプライドくらい持ちなさいな」
先輩として助言しておく。
50年なんて私にしてみれば大した年月じゃない。
炎に包まれた変化は動かなくなり、そのまま灰となった。
「さて、これで私の仕事は終わりかな」
そう独り言ちて、周囲に白煙を発生させた私は、靴の裏でタバコの火をもみ消し、元の持ち主に体を明け渡すのだった。