2-20 きっと、何もない日常
翌朝、看護師さんが起こしに来たときに、僕はどうなったのかを聞いた。
どうやら詳しいことは分かっていないようで、看護師さんは
「事件に巻き込まれたあなたが、犯人の家からこの病院に運び込まれた」
とだけ言っていた。
なんとも間抜けな話だ。
工藤の話を聞く分には、僕は巻き込まれる必要もなかったようだったし、つまり僕は自分からまきこまれて、ケガして病院に運ばれたってことだ。
朝食を食べながらそんなことを考えていると、扉がノックされた。
こういう時は……
「どうぞ?」
自分の回答に「これで適切だろうか」なんてアホな感想を抱く。
ガラリと開いた扉からは、厳格そうなおじさまが入ってきた。
「こんにちは、岩永さん」
「どちら様でしょうか」
知らない人と話すのは苦手なのだ、つい冷たくなってしまう。
「ああ、先に名乗るべきでしたね、私は警察のもので……星と申します」
そう言って警察手帳を見せてくる。
「はあ、で、なんでしょうか」
僕の態度に気にした様子もなく、用意されていた椅子に腰かける。
「一昨日の事件のことについて、少しお話を伺いたくて」
「はあ……」
そうか、もう一昨日の事なんだ……。
星さんは急に神妙な面持ちになり、ただでさえ厳格な雰囲気を纏った彼がそうするだけで、一層空気が重くなる。
「柊雅さんから、ある程度お話は伺っていたのですが、一応現場の状況が状況でしたから……あなたにも確認を取らせてもらいます」
「まず、最近起こっている女性連続殺人のことはご存知ですか?」
「はい」
「あの場に居た男、工藤が一連の事件の犯人と見て間違いないと思います。我々が通報を受けて向かった先……彼の自宅の地下室ですね、そこに、一連の被害者の遺体の一部が縫い合わされたと思われる人型と、工藤の遺体、そして意識不明の貴女が居ました。」
淡々と、こちらの意思とは関係なく続ける。
「まず、柊さんが意識を失った時、まだ工藤は生きていたそうです。あなたもまだ意識はあったようですし……何があったか、説明できますか?」
…………。
ドクンと心臓が高鳴る。
嫌な汗が背中を伝うのがわかる。
「……え、と……あの…………」
上手く言葉にならない、だが、僕は彼を間違いなく殺した。
いくら犯罪者が相手とは言っても、彼にだって人権はある。
その命を奪ったならば、償わなければならない。
深く深呼吸して、答える。
「雅さんが意識を失った後、工藤に襲われました。」
ここは推測だ、この時に何が起こっていたかを知るのは、工藤と、白金だけだ。
「必死で抵抗して、その後、彼が持っていたナイフで、その……彼を殺しました……。」
星さんは感情の読めないまなざしでこちらを見つめる。
「…………、そうですか。」
無言でうなずく。
判決を待つ犯罪者のような気分で……と言っても例えというか事実に近いんだが……彼の言葉を待つ。
「工藤とは、以前に面識は?」
「………………は?」
だからその質問に、本当に間抜けな声が出てしまった。
「雅さんから聞いた分には、なかったようですが。間違いはありませんか?」
「え、ええ……面識はありませんでしたね、雅さんのお店で、事件の日に見かけたくらいで」
「そうですか。ま、正当防衛ってとこでしょうな」
「…………?」
ごめん、難しい言葉よく知らないや。
「正当防衛?ってなんです?」
「…………。」
可愛そうな子を見るような目でこちらを見る星さん。
「まあ、そのうちわかりますよ……」
はぐらかされた。
そして思い出したように、星さんは鞄を漁り始めた。
「そうそう、これ、あなたのですか?」
彼が手渡してきたのは僕の携帯だった。
「あ、はい」
「心配している方がいるようですし、さっさと連絡してあげてください」
誰だ?思い当たる節がない、雅さんか?
「あと、これ」
そう言って彼は紙の束を取り出す。
「何ですかそれ」
「工藤の日記みたいなものですね、コピーですが。一連の事件だけでなく、何年か前にも同じことをしていたようです、巻き込まれた貴女には、きっと見る権利がある」
「…………後で読みます」
なんか、一気に気が抜けたというか、今そんな気分じゃないし。
苦笑すると、星さんは立ち上がった。
「そうそう、雅さんとその娘さん、今日で検査終了らしいですから、後でお見舞いに来るそうですよ」
そう言って彼は病室から立ち去った。
「で…………僕、結局どうなるのさ」
そんな疑問を抱えたまま、窓から晴れ渡る空を見て、まあいいかとつぶやく。
携帯を開くと、赤沢千鶴が300回も不在着信を残していた。
それをみてクスリと笑って、きっとこの先の何もない日常に想いを馳せるのだった。




