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喫茶『Amulet』の日常  作者: 桐沢 綾
第二章
30/50

2-20 きっと、何もない日常

翌朝、看護師さんが起こしに来たときに、僕はどうなったのかを聞いた。


どうやら詳しいことは分かっていないようで、看護師さんは


「事件に巻き込まれたあなたが、犯人の家からこの病院に運び込まれた」


とだけ言っていた。


なんとも間抜けな話だ。


工藤の話を聞く分には、僕は巻き込まれる必要もなかったようだったし、つまり僕は自分からまきこまれて、ケガして病院に運ばれたってことだ。


朝食を食べながらそんなことを考えていると、扉がノックされた。


こういう時は……


「どうぞ?」


自分の回答に「これで適切だろうか」なんてアホな感想を抱く。


ガラリと開いた扉からは、厳格そうなおじさまが入ってきた。


「こんにちは、岩永さん」


「どちら様でしょうか」


知らない人と話すのは苦手なのだ、つい冷たくなってしまう。


「ああ、先に名乗るべきでしたね、私は警察のもので……星と申します」


そう言って警察手帳を見せてくる。


「はあ、で、なんでしょうか」


僕の態度に気にした様子もなく、用意されていた椅子に腰かける。


「一昨日の事件のことについて、少しお話を伺いたくて」


「はあ……」


そうか、もう一昨日の事なんだ……。


星さんは急に神妙な面持ちになり、ただでさえ厳格な雰囲気を纏った彼がそうするだけで、一層空気が重くなる。


「柊雅さんから、ある程度お話は伺っていたのですが、一応現場の状況が状況でしたから……あなたにも確認を取らせてもらいます」


「まず、最近起こっている女性連続殺人のことはご存知ですか?」


「はい」


「あの場に居た男、工藤が一連の事件の犯人と見て間違いないと思います。我々が通報を受けて向かった先……彼の自宅の地下室ですね、そこに、一連の被害者の遺体の一部が縫い合わされたと思われる人型と、工藤の遺体、そして意識不明の貴女が居ました。」


淡々と、こちらの意思とは関係なく続ける。


「まず、柊さんが意識を失った時、まだ工藤は生きていたそうです。あなたもまだ意識はあったようですし……何があったか、説明できますか?」


…………。


ドクンと心臓が高鳴る。


嫌な汗が背中を伝うのがわかる。


「……え、と……あの…………」


上手く言葉にならない、だが、僕は彼を間違いなく殺した。


いくら犯罪者が相手とは言っても、彼にだって人権はある。


その命を奪ったならば、償わなければならない。


深く深呼吸して、答える。


「雅さんが意識を失った後、工藤に襲われました。」


ここは推測だ、この時に何が起こっていたかを知るのは、工藤と、白金だけだ。


「必死で抵抗して、その後、彼が持っていたナイフで、その……彼を殺しました……。」


星さんは感情の読めないまなざしでこちらを見つめる。


「…………、そうですか。」


無言でうなずく。


判決を待つ犯罪者のような気分で……と言っても例えというか事実に近いんだが……彼の言葉を待つ。


「工藤とは、以前に面識は?」


「………………は?」


だからその質問に、本当に間抜けな声が出てしまった。


「雅さんから聞いた分には、なかったようですが。間違いはありませんか?」


「え、ええ……面識はありませんでしたね、雅さんのお店で、事件の日に見かけたくらいで」


「そうですか。ま、正当防衛ってとこでしょうな」


「…………?」


ごめん、難しい言葉よく知らないや。


「正当防衛?ってなんです?」


「…………。」


可愛そうな子を見るような目でこちらを見る星さん。


「まあ、そのうちわかりますよ……」


はぐらかされた。


そして思い出したように、星さんは鞄を漁り始めた。


「そうそう、これ、あなたのですか?」


彼が手渡してきたのは僕の携帯だった。


「あ、はい」


「心配している方がいるようですし、さっさと連絡してあげてください」


誰だ?思い当たる節がない、雅さんか?


「あと、これ」


そう言って彼は紙の束を取り出す。


「何ですかそれ」


「工藤の日記みたいなものですね、コピーですが。一連の事件だけでなく、何年か前にも同じことをしていたようです、巻き込まれた貴女には、きっと見る権利がある」


「…………後で読みます」


なんか、一気に気が抜けたというか、今そんな気分じゃないし。


苦笑すると、星さんは立ち上がった。


「そうそう、雅さんとその娘さん、今日で検査終了らしいですから、後でお見舞いに来るそうですよ」


そう言って彼は病室から立ち去った。


「で…………僕、結局どうなるのさ」


そんな疑問を抱えたまま、窓から晴れ渡る空を見て、まあいいかとつぶやく。


携帯を開くと、赤沢千鶴が300回も不在着信を残していた。


それをみてクスリと笑って、きっとこの先の何もない日常に想いを馳せるのだった。

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