2-11 凶刃
小学校に着くまでに余裕があったので、一度店に寄って二人分の傘を持って来た。
曇り空は先ほどより重苦しさを増して、今にも雨粒となって崩壊しそうだ。
こんな物騒な事件が続いているからだろう、小学校の前では、沢山の親御さんたちが迎えに来ていた。
その中に、見知った和服姿を見つけた。
「雅さん?」
僕の声に反応して、彼女は驚いた表情をする。
「青葉ちゃん?何してるの?」
当然の疑問だろう。
「いえ、物騒ですし、フラフラした帰りに、ちょうど良い時間だったので、楓ちゃんを送っていこうかと」
「ふふふっ、青葉ちゃんは世話焼きね?」
上品に、しかし思いっきり笑われてしまった。
「うう……まあ、楓ちゃんはほら、僕からしたら妹みたいに思ってるところがあるので……」
「あらあら、ふふっ。ずいぶん大きなお姉ちゃんね?」
雅さんは心底可笑しそうにしている、何がそんなに面白いのか、いや面白いか、滑稽極まりないだろう。
雅さんにからかわれていると、校舎からゾロゾロと子供たちが湧いて出てきた。
いくつかのグループに分かれて、その中に一人ずつ大人が混じっている。
「集団下校ってやつですかね?」
「そうみたいね」
いくつもあった集団の中から自分の子供を見つけ、ある者は車に乗せ、またある者は手を繋ぎ帰ってゆく。
「あー!母ちゃんと青葉姉ちゃんだー!」
不意に響く元気な声は、大人たちの憂いを知ってか知らずか、どんよりとした曇り空の中で一際明るい物だった。
「雅さん、これ、良かったら使って下さい」
そう言って傘を差し出す。
「あら、悪いわね。今度お店まで返しに行くわね?」
「ふふ、お待ちしてます」
そんな軽いやり取りをして帰ろうとすると、楓ちゃんの小さな手が僕のズボンを引っ張る。
「青葉姉ちゃんも、一緒がいい……」
ポツリとつぶやく楓ちゃんが、何故だかとても愛おしく感じた。
「あ……」
言葉をなくし、どうしようかと思っていると、雅さんはやはり気を使ってくれた。
「楓?青葉ちゃんはお仕事の途中に、わざわざ迎えに来てくれたのよ?あんまりわがまま言っちゃいけないわ」
「……青葉ちゃん、嫌?」
ズボンを握る力が強くなるのを感じ、胸がキュッと締め付けられる。
「大丈夫ですよ、雅さん、僕はどうやら世話焼きらしいですから」
得意げな顔をして雅さんを見ると、仕方ないわねとでも言いたげな顔でうなずかれた。
「楓ちゃん、お姉ちゃんも一緒に帰るから、大丈夫だよ」
しゃがんで、彼女と同じ高さの目線で告げると、寂しげだった表情が華やいだ。
「青葉姉ちゃん、大好き!」
その言葉を聞いた途端、ドスンと強い衝撃を首に感じた。
楓ちゃんの肩が首にヒットし、咳込みそうになりながらも、楓ちゃんと抱き合う。
「ふふ、よかったわね、楓」
柔和な笑みで言う雅さん。
「……ッホッ、ゴホッ……あー、そろそろ帰りましょうか」
そういって立ち上がった僕は、左手を楓ちゃんと繋ぐ。
楓ちゃんは僕と雅さんの真ん中に立ち、雅さんは右手をしっかり楓ちゃんと繋いでいる。
商店街とは反対方向にある小学校から、雅さんの店まで歩く。
人気の少ないこの道に停まっていた一台のワゴン車から、見覚えのある顔があらわれた。
「工藤さん……?」
先に反応したのは雅さんだ。
「ああ、探しましたよ雅さん、店まで行っても誰も居ないものだから……」
そう言って淡白な笑みを浮かべる工藤に、どこか恐怖を覚えた。
やはり、僕はこの男があまり好きではないらしい。
「あらあら、申し訳ありませんでした……」
そういって小走りで工藤に駆け寄る雅さん。
楓ちゃんと繋いだ手が離される。
刹那、雅さんが工藤の方に倒れこむ。
雅さんから離れた工藤は、そのままこちらに歩み寄ってきた。
手には血のべったりついた大きなサバイバルナイフがしっかり握られている。
「雅さんっ!!」
「かあちゃん!!!!!!!」
あまりにも常識外れな出来事に、叫んでしまう。
異常が異常に事を成す『異常』には慣れているつもりだが、一般人が成す『異常』にはまったく慣れていなかった。
雅さんはよろけながらも立ち上がり、逃げてと叫んだ。
一気に距離を詰めてきた工藤に、足がすくんで動けなかった僕はお腹を刺された。
じわりと広がる痛み、流れて下着ごとズボンを濡らす血液に寒気がした。
「楓ちゃんっ……!」
逃げてと言おうとした時には、僕は工藤に蹴り飛ばされていた。
地面に倒れこんだ僕は、急に降り出した雨の冷たさが体温を奪っていくのを感じながら意識を失った。




