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喫茶『Amulet』の日常  作者: 桐沢 綾
第二章
17/50

2-8 接触

「落ち着いたかしら……?」


カウンターに用意された椅子に腰かけ、二人でお茶を飲む。


手にした湯呑から感じる温かさに、なぜだか安心する。


「はい……」


雅さんに抱きしめられた僕は、なぜだか涙が止まらなくなっていた。


なぜかはわからない、でも、久々に人前で泣いた気がする。


そんな僕を気遣って、彼女はお茶を出してくれた。


本当に、気を使わせっぱなしだ……。


「でも、青葉ちゃんがあんなに甘えんぼだったなんてねえ……ふふっ」


雅さんは悪戯っぽく笑って僕の頭を撫でた。


「もう、あんまり意地悪言わないでくださいよ……」


「でもね、あんな風に弱いところも見せてもらえるほどに、青葉ちゃんが私に気を許してくれていたなんて、ちょっぴり意外だったから、うれしかったわ」


「そりゃ……人見知りはする方ですけど……」


「ふふ……初めてあなたのお店に行ったとき、本当におっかなびっくりといった風だったわね」


初めて彼女が僕の店に来た時。柔和なその笑顔は僕が今まで接したことのないタイプの人だと実感するには十分で、その裏でこの人は何を考えているのだろう、なんて、得体の知れなさに恐怖した。


彼女が僕の店の常連になって、僕が彼女のその笑顔が、心の底からの優しさの表れだと知った頃、僕も彼女の店の常連になっていた。


きっと無意識に、気を許せるようになっていたんだと思う。


「もう……あんまり恥ずかしいこと、思い出させないでください」


拗ねたように言うと、彼女はまた柔和な笑みを浮かべた。


その時、店の引き戸がガラッと音を立てて勢いよく開いた。


「あ、いらっしゃいませ」


即座に反応した雅さんは、ゆっくりしてていいからねと僕に耳打ちした。


入ってきた男は30代後半くらいだろうか。


小奇麗な服、まるでこれから長年の思い人にでも会いに行くかのような格好をして居る。


彼は僕を一瞥し、それから雅さんに声をかける。


「柊 雅さんですね?」


名字、柊っていうんだ……。


でも確認したってことは初対面なのか?


「ええ、工藤さん、お久しぶりです、お待ちしておりました」


来客の予定があったのだろう、少し申し訳なくなる。


「主人の遺品ですね、少々お待ちください」


そう言って雅さんは店の奥、居住スペースに入っていった。


残された僕と工藤さんは、一言も交わすことなく、また視線を向けることもしない。


僕は初対面の人と話すのは苦手なのだ。


チラリと目線をやると、忌々しそうに店内を物色している。


機嫌悪いのかな。


雅さんは綺麗な木箱をもって戻ってきた。


「こちらになります」


「ああ、ありがとうございます」


少し興奮した様子で木箱を開けた彼は、子供のように無邪気な笑みを浮かべ、物色している。


僕は小声で雅さんに話しかける。


「この人誰です?」


「主人の幼馴染よ、あの人の葬儀の時以来だから、5年ぶりかしら」


だというのに、二人は思い出話に花を咲かせるでもなく、他人同士といった風だ。


そんな中工藤さんは歓喜に満ちた声を上げた。


「あった……!」


手に取ったのは時計、文字盤が青く、ベルト部分も鉄っぽい質感の、よくあるアレだ。


だがそんなありふれたものも、きっと彼と雅さんにとっては深い思い入れがあるのだろう。


「じゃあ、これ……お借りしても……?」


工藤が雅さんに告げる。


「ええ、それではあの、疑うわけではないのですが……」


雅さんが申し訳なさそうに言うと、工藤はすでに準備していたのか、ポケットから免許証を取り出し、雅さんに差し出した。


「では、1日だけ、お借りします、ありがとうございます……!」


工藤は待ちきれないといった様子で店を出た。


「……よかったんですか?」


当然の疑問だ、夫の幼馴染とはいえ雅さんからすれば他人も同然なのだ。


「ええ、私はあの人のものはたくさん持っているもの。1日くらい借したって、あの人はきっと怒らないわ」


「……そういうもんですか」


「そういうものよ」


柔和な笑みを浮かべる雅さんを見て、僕はなんだか胸騒ぎがした。


僕の中にいる私のカンか、人間の持つといわれる第六感かはわからない。


でも僕は、なぜだか工藤と呼ばれた男が気になって仕方がなかった。


いったい何の理由があって遺品を借りたりするのか。




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