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喫茶『Amulet』の日常  作者: 桐沢 綾
第二章
16/50

2-7 雅

懐かしい校舎の前では、学生達が笑いあっている。


僕の銀髪はやはり目立つのか、彼ら彼女らの興味を引くのには十分のようだ。遠巻きに僕らを見て、何やら話の種にしているようだ。


目立つのはやはり好きじゃない、さっさと目的を済ませてしまおう。千鶴に小袋につめたマンドレークを渡す。


「これは?」


「マンドラゴラ、マンドレークともいうね。お守りみたいなものだよ。」


「ふーん……?」


「千鶴ー」


落ち着きのあり、やんわりとした少女が千鶴に声をかける。


黒く艶のある髪を先端で小さな三つ編みにして、赤いリボンで縛っている。


「おー!雪!おはよー!」


こんなに元気な千鶴を見たのは久々な気がする。


外面はいいのだろうか。


雪と呼ばれた少女はこちらに僕と千鶴に会釈をし、千鶴に尋ねる。


「この人が千鶴のよく言ってる青葉先輩?」


「へえ、どんな悪評を聞かされているのかな?」


そういって千鶴に冷たい笑みを向ける。


「あ、あはは……、雪、そろそろ行こうか……」


逃げられたか、今度すべて吐いてもらおう。


「それじゃあね、二人とも」


二人に声をかけ颯爽と立ち去る、次の目的地は雅さんの店だ。


「またね、青葉ちゃん」


後ろから声をかけてきた千鶴、その横でこちらに会釈をする雪さんに軽く手を挙げ挨拶代わりとした。






雅の店に入ると、相も変わらず和服に身をつつんだ美人店主が僕を迎えた。


「青葉ちゃん、いらっしゃい。電話で言ってた渡したい物って?」


来るまでに電話をかけておいた、アポなし訪問は店の客として来るわけではないなら必須だろう。


「ええ、最近物騒なので、お守りを。と思いまして」


「お守り?」


首をかしげる雅さん。可愛い。


彼女は僕の事情をまったく知らない、急にそんなことを言われても不思議に思うのも当然だろう。


「あー……僕の実家がその……何と言っていいやら、まあ、ご利益のあるとこなんですよ」


家系という意味で言えば、ご利益という表現以外は適切だろう。


「ふーん……?」


さっきも見た反応。


納得こそしていないが、信用はされているといったところか。


まったく同じ反応を千鶴が返していたのだから、そう思っておこう。


「あーっと、楓ちゃんにも渡したいんですけど、学校は部外者立入禁止ですよね……」


当然の壁にぶち当たる。


「それはそうよ、でも、そんなに急に渡すものなの?帰ってきてからでも……」


まあ、楓ちゃんが狙われるなんて、いくら女性が狙われていると言っても限度があるだろう。


「んー……まあ、それもそうですよね、それじゃあお願いできますか?」


「ええ、構わないわよ。それにしてもこれ、いい香りだけど、お守り……なんだったかしら?」


「ええ、まあハーブなんですけどね、実家で取れるハーブが厄除け開運に効くんです」


嘘は言ってない、嘘は。


訝しんで聞いた様子はなく、ただ単に興味で聞いただけなのだろう、彼女はそれ以上の追及はしなかった。


「さて、目的も完了したし、桜餅とおはぎください」


「あら、昨日のお菓子、もう食べちゃったの?」


驚いているようだが当然だろう、なんせ二千円相当を一晩でだ。


「いえ、バイト社員にほとんど食べられちゃいました、だから改めて、今日はおはぎの気分なので」


テキパキと作業しながら驚いた様子返事がかえされる。


「アルバイト、雇ってたのね、知らなかったわ。ああ、だから昨日は夜まで付き合ってくれたのね」


「ええ、昨日は本当にご馳走様でした、毎日あんなご飯を食べられる旦那さんが羨ましいですよ……」


旦那さんにあったことはないが、来るのはいつも昼間だし、一般的な会社員なら当然勤務中なのだろう。


「あら?言ってなかったかしら、私の旦那はもうとっくに居ないわよ」


気にした様子もなく言うものだから虚を突かれた。


「あ、わ、あの、僕……えっと、すみません……」


しまった、本当に失言だった、離婚だろうが死別だろうが、聞いてはいけない話題だった。


「そんな、いいのよ!青葉ちゃんに悪気はなかったんだし、知らなかっただけなんだから、ね?」


むしろ気を遣わせてしまったみたいだ、重ね重ね申し訳ない。


「あの……本当に、すみません……」


深々と頭を下げる。


こんなに気を使ってくれているのに、僕はお守りを渡すだけなのか……人間として僕は……ああ……。


「もう、そんな落ち込まないで?」


いつの間にやらカウンターから出てきた雅さんが僕を抱きしめる。


「あ、わ……あ、の、雅さん……!?」


優しく香る抹茶の香り、柔らかな胸から感じる彼女の体温はまるで優しさが表れたかのようだ。


僕の背に回る細い腕、この女手一つで楓ちゃんを育ててきたのだろう。


一人でこの店を守り、苦労もしてきたのだろう。


「大丈夫、大丈夫だから」


僕の髪を撫でながら、彼女は続ける。


「確かに、落ち込んでいた日々もあったし、今でもたまに、あの人を思い出して悲しくなる時もあるわ?だけどね、今の私には楓がいて、あなたがいて、商店街の人たちも居て、皆の温かさに触れているの。」


「だから、大丈夫。気にするなっていうのは無理かもしれないから、そうね、たまにはまた昨日みたいに、ウチで夕飯を一緒に食べて、楓と遊んでくれたら、それだけで私は幸せよ?」


強く、そして優しい、柔らかな笑みを浮かべてそう言う彼女を見て、ああ、この人には敵わないなあと思うのだった。



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