8-2
ティジットが戦地に発ってから、もう三ヶ月以上が経っていた。
あの騒動の話も、ようやく人々が口にしなくなっていた。
時間が経ったというのもあるが、定期的に伝令が届ける戦場からの知らせがいつも芳しくないためだ。奥方は受け取る度に報告書を引き裂き、その場に叩きつける。
続く長雨も重なって、館の空気はこれまでにないほど重苦しい。
いつでも出陣できるよう、最近は平時から鎧甲冑を着込み、今か今かと出陣命令を待つエイクが、うろうろと獣のようにそこらをうろつくのも、それを助長した。
今日もまたひとり、伝令が館にたどり着いた。
それを聞きつけたエイクが、早速戦況を確かめようと駆け足で長い廊下を渡り、奥方の執務室へと向かっていた。目当ての場所が視界に入る場所までやって来たところで、ちょうど部屋から、早馬で疲れきった伝令が出て行った。
入れ違いに、エイクが執務室の扉に手をかけようとしたその時、内側から勢いよくそれが開いた。誰かが飛び出してくる。
「きゃ……!」
小さな悲鳴が上がり、エイクの硬い鎧に何かが当たって跳ね返り転がる。
「痛……。って……あ、あっ!? わり!」
何と、いや誰とぶつかったのか、気づいたエイクが跳ね上がった。
イーシュだ。恐らく伝令の後を追って飛び出して来たのだろう。
筋肉逞しい、山のようなエイクにまともにぶつかって、軽く廊下の壁際まで吹っ飛んでいた。小さくて華奢なイーシュなら無理も無い。
扉にかけるはずだった手は即座に取りやめられて、大急ぎでエイクは少女を助け起こす。
イーシュは首をふらふらさせている。頭でも打ったのだろうか。が、支えられ、ようやく立ち上がるとすぐに、今にも泣き出しそうな思いつめた顔でエイクを見上げ、すがり付いてきた。
「エイク様! まもなく出陣命令が下ります!」
その命令を知っていることは、別に驚くことではない。奥方付きの神官であるイーシュの耳には、将軍並みに詳しい戦況が届くこともある。時には、それよりも早く。
だが、それをエイクに伝えるのはイーシュの仕事ではない。
「お、おう。待ってたぜ」
エイクはいささか面食らっていた。
本来、照れ臭くてまともに話せる相手ではないし、正式な命令を頂くべく、という理由にこじつけて、「じゃあ」と言ってそそくさと奥方の部屋に入ろうとする。
そのエイクを、イーシュが全身で腕につかまって引き止める。らしくない。
仕方なく足を止めたエイクは、落ち着きなく鼻の頭を掻いたりしてみながら、取り繕うように聞いてみる。
「え、えーと……戦況は? 伝令が来たんだろ?」
イーシュはただ瞳を揺らめかせた。
そんな抱きしめたくなるようなか弱い眼差しで見つめられては、エイクが見返せるはずがない。視線をあちこちに泳がせる。
たじろく大男の太い腕に、そんなことは露も思いもしないイーシュは、ただいっそうきつくしがみついた。
「エイク様……無理を承知でお願いがあります……!」