7-1
「ティジット。水臭いぜ。白状しろよ。イーシュちゃんと付き合ってんだろ?」
夕食も済んだ就寝までの長閑な時間、藪から棒にエイクが部屋に押し入って来た。ティジットが読んでいた本を乱暴に取り上げ、にやにや下品な笑いを垂れ流して詰め寄る。
のけぞるティジットは椅子の背もたれをぎしりと鳴らした。
「誰からそんな……」
「噂だよ。う、わ、さ。お前が時々イーシュちゃんと会ってるんじゃないかって。あの宴の日、うまくやったんだな! まだ極秘だが、一部の兵士の間で持ちきりだぜ?」
のしかかる勢いのエイクを暑苦しそうに回避して、ティジットは窓辺に立った。
「お付き合いしているわけではありません。お付き合いさせていただきたいと、懇願しているところです」
「ぶっ!」
ティジットの率直さに、逆にエイクが頬を染める。
「懇願って……。お前って、ほんと、照れ臭いことを平気で言う奴だぜ……」
「そうですか?」
「どうりで女がほっとかないわけだ」
「そうでもありません。イーシュにはかわされてばかりです」
聞いたエイクが、にやにやしながら顎を揉む。
「そりゃあ彼女はな。いろんな意味で普通の娘じゃないからな。そう簡単にいくわけねえよ。……くくく。てか、最近、お前なんだかふわふわしてるぜ?」
「ふわふわ? そう見えますか? よくありませんね」
「すっかりお前もイーシュちゃんの虜になっちまったってわけだ! よかったな!」
「ふう。そういうことですか。なにがよかったんですか」
「冷やかしてやるって約束したろ?」
「結構ですよ」
エイクが遠慮なしに笑い転げている。けれどどこか嬉しそうでなくも無い。温かさに満ちている。これはエイクなりの祝福と激励らしい。
ティジットは呆れたため息を漏らした。
「さあ、そんな用事ならもう行って下さい。読書の邪魔です」
ティジットが机の上の分厚い戦術書に手を伸ばすが、エイクがまたそれを取り上げた。
「こんな固ってえ本読んでねえで、もっと彼女の攻略法でも考えろよ。どうせこんなの、もう百篇も読んだんだろ?」
「そうですが……彼女に小手先は通用しませんよ。私のままぶつかるしかありません」
エイクが感心して口笛を鳴らした。
「じゃあ、まあ、イーシュちゃんとの時間をせいぜい楽しめよ。いつ玉砕して会えなくなるかもわかんねえしな!」
「縁起でもありませんね……」
内心考えていないでもないのだろう。ティジットが渋い顔を返した。
エイクはその顔に変な顔を作って返した。そして少々考え込んだ後に、言う。
「ところで話に聞いたんだけどよ。ナルディムへの二度目の出陣の朝、お前、彼女に個人的に祈祷してもらえたんだって?」
「ええ。成り行きですが」
さらりと答えるティジットに、エイクは不服そうに口を尖らせた。
「成り行きねえ……まあでも、それって要はお前に帰って来て欲しかったって事だろ?」
「そうですが……、彼女に限って他意はないでしょう。朝な夕な、兵士の無事をいつも祈っているそうですから」
「でもあの時はお前だけにだったって聞いたぞ? ん? 将軍だからか?」
「まさか。それこそ彼女に限ってありえませんよ」
「そうだな。それについては俺もそう思う。なんか、こう……世間の感覚とずれてるみたいだからなあ……。お前のこともよく知らなかったみたいだし。たいてい、将軍でなくたってお前のことは覚えるぞ。女は」
エイクはティジットの繊細で端正な顔立ちを羨ましげにしげしげと眺めた。しかし当の優男は、そんなことには意味が無いとでも言うように、誰かを想ってため息をこぼす。
エイクもため息をこぼした。
「あのよ、ふっかけておいてなんだが、そんな顔すんなよ。俺が思うに、まだ見込みはなくもない。……そうだ、攻め込め。まだ戦いは始まったばっかだ!」
「戦いって……」
たまらずティジットはぽかんと口を開く。エイクは無視して強引に話を進めていく。
「普段どうしてんだか知らねえけどよ、女の子の喜ぶところに連れてってやったらどうよ? 雰囲気で押せ、雰囲気で!」
なんと、一番想像に難い人物の口からその提案が出た。ティジットがようやく少し笑う。けれど、肩をすくめる。
「しかし、どういうところを喜ぶのか分かりません」
「まあ、そうだな。お前、意外とそういう奴だ。それに、たいていの女はお前と一緒にいられるだけで喜ぶんだろうからな」
エイクがうんうん頷いた末に閃いて言う。
「おお、そうだ。綺麗な景色なんて見に行ったらいいんじゃねえか?」
「景色……ですか? そんなもので喜んでもらえるのでしょうか? 不安です」
「お前、馬鹿だなー。いいから行って来いよ。大丈夫だって! がはは!」
エイクの下品な笑いはなにか信憑性に欠けさせる。
笑わなければ良かったのに、そのせいでティジットは余計に不安顔を濃くした。