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汚泥
「花を売ってるのかい?」
外套の男は、母子が提げた籠と俯いている母親の胸元を交互に推し量る様に眺めながら尋ねた。
「そうだよ」
母親に代わって少年は答える。
こいつもやっぱり、嫌なやつだ。
母ちゃんをジロジロ眺めて、何だか面白がる顔つきをしている。
普段、花を売る客の中にも、母親を眺め回す男は少なくない。
しかし、この外套の男の視線には、そうした通りすがりの人間よりもっと露骨で執拗な何かが感じられた。
「この寒いのにかい?」
外套の男は今度は母親の細く長い脚から不恰好な古い靴の爪先にまで目を注ぐと、口の端で笑う。
そうすると、口ひげの下から、黄色い乱杭歯がのぞいた。
「寒い時に花を売っちゃ悪いのかい」
鴉児が何とか男と目を合わせようと顎を突き出すと、母親と繋いだ手が更に強く握り締められる。
やめなさい、と暗黙に言っている様だ。
「あいつそっくりだな」
外套の男は二重になった顎で少年を指すと、いかにも可笑しそうに笑った。
ズボンを汚した男や他の仲間らしい連中もニヤついている。
「親父も雪の日に夏物一枚と水一杯で晩まで働く奴だったしな」