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汚泥
「何だ、阿茉じゃないか」
外套の中年男が急に目を丸くする。
そのギョロリとした目が、母親の豊かな黒髪、化粧気のない蒼白い顔、洗い晒して色も生地もすっかり薄くなった服に包まれた胸、ほっそりした足に履いた破れ靴をなぞって、隣の鴉児まで捕えた。
「こんな所で遭うとはな」
中年男の赤黒い顔ににんまりとした笑いが広がった。
「やっぱり上海は狭いぜ」
「雲哥のお知り合いですか?」
ズボンを汚した若い男が打って変わって笑顔になり、母親から離した手をさっと後ろに回す。
このおにいちゃん、急に声まで変わったぞ。
こういう変わり身を目の当たりにするのは初めてではなかったが、鴉児はやはり嫌な気がした。
「古い顔馴染みさ」
「そうなんすかあ」
「えらい別嬪さんですね」
「当たり前だろ」
男たちの会話をよそに、母親は俯いたまま何も言わない。