6/16
汚泥
パチャン!
「あ!」
爪先のヒヤリとした感覚にしまったと思う。
「このガキ!」
水溜まりに突っ込んだ右足のヒヤリがヌルヌルに変わる前に、怒鳴り声が前から飛んできた。
「すみません。子供がボンヤリしていて……」
鴉児が口を開くより先に、母親がズボンの裾を泥で汚した相手にせかせかと頭を下げる。
「このチビ、どこに目を付けて歩いてやがる!」
相手は母親の言葉を遮ると、鴉児に怒鳴り声を浴びせかけた。
「おじさん、ごめんなさい」
鴉児も小さな頭を深々と下げる。
空ばかり見ていて、全然足許に気が回らなかった。
「おじさん、だと?」
甲高い怒鳴り声からくぐもった唸り声に転じた相手を、少年は改めて見上げる。
全く男前でもなければ品のかけらもないが、年だけは若いと分かる男が、誇りを傷付けられた顔つきでこちらを見下ろしていた。
「あ、おにいさん、ごめんなさい」
もっとまずいことになってきた。
水溜りから取り出せない右足がどんどん泥水に浸食され、凍りつく様な感覚が鴉児の爪先から背中を這い上っていく。