夜市《よいち》
「気取った餐庁なんかより、ここの屋台の方がずっとうまいよな」
喧騒からまた誰かの声が届く。
せっかく、流れ星にお願いするなら、普段食べられないご馳走の方がいいかも。
鴉児はまた思い直す。
上海蟹、北京ダック、鱶鰭のスープに燕の巣……。
次々ご馳走の名は浮かんでくるが、どれも名前を耳にしただけで、どんな食べ物なのかは見当もつかない。
「今日は三回くらい洋車にぶつけられそうになってヒヤヒヤしたぜ」
「あんなもんに轢かれたらペシャンコだ」
「洋人の奴らは気違いみたいに飛ばすからな」
屋台の客たちの声がまた少年の耳を通り過ぎる。
どうせなら、中国だけじゃなくて、洋人のご馳走も食べてみたいかな。
しかし、そうなると今度は名前が浮かんでこなかった。
強いて思い浮かぶとすれば、いつも大通りで花を売り歩く時に洋菓子屋の前を通ると流れてくるふんわりした甘い匂い。
それから、真夏に公園を散歩していた洋人たちがよくおいしそうに舐めていた、不思議な溶けるお菓子。
珈琲って凄く苦いらしいけど、お茶とどう違うのかな?
頭の中で次々食べ物を追加しながら、鴉児は色とりどりの灯りが点る市場の路上から夜空を見上げて目を皿にした。