この次、流れ星を見つけたら
「それじゃ、母ちゃんは出掛けてくるからね」
どこに仕舞っていたのか、母親はいつも夜着る黄緑の旗袍よりもっと派手な緋色の旗袍を纏い、普段より更に濃く口紅を引いていた。
「うん」
毛羽立ってあちこち擦り切れた毛布にくるまったまま、鴉児は壁を向いたまま答える。
誰にも言ったことないけど、絶対誰にも言えないけど、おれは、化粧した夜の母ちゃんの顔は嫌いだ……。
母ちゃんじゃなくて、どこかよその女の人みたいで怖い。
「宏生、朝までいい子で寝てるのよ」
「うん」
染みの広がった壁に向かって頷く。
バタンと扉の閉まる音がしてから、初めて少年は母親の去った方を向く。
毎晩、あの扉の閉まる音を聞くたびに、母ちゃんがこれっきり二度と帰ってこない気がして怖くなる。
灯りを消した部屋の中で眺めると、白い壁に点々と生じた染みは、浮かび上がった幾つもの人の顔の様で、黒い扉はまるで見る者を吸い込む四角い穴の様に見える。
鴉児は思わず身震いすると、冷気の流れ込んでくる毛布の穴を握り締め、寝転がったまま膝を抱えて目を閉じた。
この次流れ星を見つけたら、母ちゃんが毎晩化粧して外に出ていかないようにも、絶対お願いしなくてはいけない。