汚泥
「阿雲」
母親が俯いたまま低い声で呟く。
「まだ私たちをバカにしたいの」
「そんなんじゃないさ、阿茉」
外套の男は、今度は妙に粘り気のある声で母親の名を呼んだ。
「お前は誤解してるみたいだが、俺と阿耀は同郷の仲間だったんだぜ」
こいつ、父ちゃんと知り合いだっていうのか。
男がしたり顔で父親の名を口にするのを目にして、鴉児は、唾を吐きたくなるのを堪えた。
まるで、匪賊の頭みたいなやつじゃないか。
「一緒に郷里から出て、最初は同じ店で丁稚したしな。
振り出しは二人とも同じだった」
周囲の子分たちにも聴かせる風に言うと、男は今度は少年に顔を向けた。
「お父さんの棺桶代だって、おじさんが出してあげたんだよ」
撫で擦る様な口調とは裏腹に、ゾッとするほど冷たい目がこちらを見下ろしていた。
「その時はお母さんのお腹の中にいたから、君は知らないだろうけどね」
母親が無言で歩き出したので、手を繋いだ鴉児も引っ張られる形で歩き出す。
外套の男も手下らしい連中も、思いの外あっさり道を空けた。
「いつでも相談に来いよ、別嬪さん!」
少年が振り返ると、外套の男はまた最初の面白がる顔つきになっていた。
「あの界隈はもう引き払ったけど、俺に逢いたきゃ、夜は大体、『大世界』の賭場にいるぜ」
鴉児と目を合わせて憎々しげな笑いを浮かべると、男は再び顎をしゃくる動作をした。
「花売りだけじゃ、坊やの靴も揃わねえだろうからな!」