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許すと言うことは、難しいと言うこと

作者: ななみさき
掲載日:2026/07/07


 王都の片隅にある、貴族御用達のカフェ。

 テーブルの中央に置かれた魔鉱石のランプは、熱を失い、冷ややかに周囲を照らしている。給仕が運んできたミルクティーはすでに三十分以上放置され、表面には薄い膜が張っていた。カップに口をつける気にもなれず、私はただ、10分前に届いたスクロールを眺めていた。


『ユリア、本当にすまない。シオリの発作が急に始まってしまって、病院へ付き添っている。すぐにそちらへ向かうから、もう少しだけ待っていてくれ』


 婚約者であるアルベール・フォン・ノアール子爵令息。彼から送られてきた伝言を、私は感情の起伏を一切排除した目で、ただの無機質な記号として処理していた。


(また、なのね)


 声にはならなかった。吐き出す息だけが、冷えたミルクティーの表面をわずかに揺らした。

 これで今月に入って五度目だ。婚約者としての夜会の同伴、共同事業の合同会議、私の誕生日の祝宴、そして今日の、ただのお茶の約束。そのすべての線上に、必ず「シオリ」という存在が立ち塞がる。


 シオリ・アルディア。アルベールの幼馴染であり、生まれつき病弱で、可憐で、儚げで、そして驚くほど都合の良いタイミングで発作を起こす女性。

 アルベールはいつも、その瞳を曇らせて言う。


「シオリには俺しかいないんだ。幼い頃、彼女の家が我が家を救ってくれた。その恩もあり、彼女の病気を見て見ぬふりはできない」


 その言葉の裏にある、私に対する甘え。

『ユリアは侯爵家の令嬢で、健康で強力な魔力も持っていて、一人でも大丈夫だから。俺がいなくても、凛としていられる強い人だから』

 直接言われたわけではない。けれど、アルベールの行動のすべてがそう物語っていた。


 プロのピアニストが奏でる優雅な旋律の中で、私は一人、静寂の中にいた。

 寂しいとか、悲しいとか、そういった感情はとうに枯れ果てている。

 今、私の胸の底に溜まっているのは、もっと泥臭くて、冷ややかで、それでいて一度火がつければすべてを焼き尽くしてしまいそうな、純度の高い「不快感」だった。


 一時間後、息を切らせたアルベールが店の扉を押し開けた。

 騎士団の礼服は雨でわずかに濡れ、いつも整えられている金髪がだらしなく額に張り付いている。彼は私の姿を見つけると、大袈裟なほどに眉をひそめ、痛ましそうな表情を作って駆け寄ってきた。


「ユリア! 本当に、本当にすまない。待たせたね。シオリが急に発作を起こして、医者を呼ぶべきか迷うほどで……俺が側で手を握ってやらないと、あいつ、恐怖でパニックを起こしちゃうんだ」


 アルベールは席につくよりも早く、私の両手を包み込むように握りしめた。その手は、待ちくたびれた私の手に熱を分け与えようとするかのように温かかったが、私には死人の肌のように冷たく感じられた。


「……いいえ。シオリさんは、落ち着いたの?」

「ああ、聖水を飲ませて、今は病院のベッドで眠っているよ。あいつ、意識が朦朧とする中でずっと『ユリア様に申し訳ない』って泣いていてさ。本当に健気でいい子なんだ。だから、ユリア、怒らないでやってほしい」


 アルベールの瞳には、一点の曇りもなかった。

 彼は心から申し訳ないと思っており、心から私に謝罪している。そして、心から「これでユリアも納得してくれた」と信じ込んでいる。

 その顔を見つめながら、私は自分の心臓が静かに凍りついていくのを感じた。


―――――


 アルベールは「謝れる人」だ。

 世の中にはプライドの高い貴族にありがちな、自分の非を絶対に認めず、瀬戸際まで謝りたくないという頑なな人種がいる。

 かく言う私自身が、そちら側の人間だった。

 由緒正しき侯爵家に生まれ、完璧を求められて育った私にとって、謝罪とは自らの無能を認め、血統の誇りを削り、相手に許しを請うという、非常に痛みを伴う行為だ。だからこそ、簡単に頭は下げないし、下げる時はそれ相応の覚悟を持つ。


 けれど、アルベールは違った。

 彼は、信じられないほど簡単に謝罪の言葉を吐ける人だった。

 「すまない」「俺が悪かった」「次からは必ず君を最優先にする」

 それらの言葉は、彼の唇から、まるで日常的に交わされる挨拶のように滑らかに滑り落ちてくる。


 なぜ、そんなに簡単に謝れるのか。


 理由は簡単だ。彼にとっての謝罪は、自省の現れなどではなく、その場を穏便に収めるための『安価な免罪符』に過ぎないからだ。


「ユリア? 怒っているのか? ……本当にすまない。俺、どうしたらユリアに許してもらえるだろうか」


 アルベールは困ったように笑い、私の顔を覗き込んできた。

 その表情の裏にある透けた本音を、私は正確に読み取ることができた。


 ──謝れば、最終的にユリアは許してくれるだろう


 彼は私を信頼しているのではない。侮っているのだ。

 「ユリアは物分かりが良い侯爵令嬢だから」「俺を愛しているから」「ここで怒り続けるような狭量な女ではないから」。そうやって、私の許しをあらかじめ自分の計算の中に組み込んでいる。彼にとって、私の怒りや傷つきは、自身の「すまない」という一言で相殺できる程度の、非常に軽い債務に過ぎなかった。


 だから私は彼の、謝れば最終的に私は許すだろう、と思っているところが、たまらなく嫌いだった。


 だけど、私は、「許す気が無いなら最初から頭を下げさせるな」と思ってしまう人間なのだ。

 冷徹で、理屈っぽくて、妥協を許さない、可愛げのない女。


「怒っていませんわ、アルベール」

 私は努めて穏やかに、微笑んでみせた。社交界で鍛え上げた、完璧な仮面。

「そうか! よかった。ユリアならわかってくれると信じていたよ」


 アルベールは目に見えて安堵し、給仕を呼んで温かい紅茶を注文し直した。新しく運ばれてきた、温かいスコーンを口に運ぶ彼の姿を、私はただ観察していた。


 もし私がここで、アルベールの謝罪を拒絶し、声を荒げでもしたなら、まだ救いがあったのかもしれない。けれど私は、彼に謝るように仕向けてしまった。彼が遅れてやってきて、申し訳なさそうな顔をした時点で、私は彼に「謝罪する権利」を与えてしまったのだ。

 そして、たとえそこに大した意味が、反省の気持ちが添えられていなくても、私に対して素直に頭を下げた人間を、私は己のプライドのルール上、許さざるを得なくなる。


「いただきますわ」


 新しく淹れられた紅茶にそっと砂糖を落としながら、私は心の中で、アルベールとの関係に大きくバツ印をつけた。

 今、私は彼を許し、この場は何事もなかったかのように穏やかに過ぎ去るだろう。

 だけど、それは私が彼を愛しているからでも、器が大きいからでもない。ただの、私の貴族としての美学が、そう処理させているだけに過ぎない。


(それに──私と彼は、絶対的な何かでは繋がってるわけではない)


 私たちは、ただの「婚約者」という、王宮に届け出を出しただけの、紙切れ一枚の関係だ。

 だから、彼を無条件に許す理由は、今の私にはどこにも無かった。


 彼が他の女を優先したことそのものに腹が立っているわけではない。

 彼が、その行為によって私が傷つくことを知りながら、「すまない」の一言で帳消しにできると思っている、その底の浅い傲慢さが、私はたまらなく腹立たしい。


 そんなことも、きっと彼は死ぬまで分からないのだろう。


―――――


 その日を境に、私はアルベールに対する接し方を少しずつ変えていった。


 怒ることをやめた。彼の無礼を指摘するのをやめた。彼が「シオリが」と言い出した瞬間に、私はすべてを察したように「行って差し上げて」と促すようになった。


 アルベールは、それを私の「侯爵令嬢としての深い慈悲と理解」だと勘違いした。


「ユリアは本当に素晴らしい婚約者だ。シオリも、ユリアの優しさにいつも感謝している。今度、三人で我が領地の避暑地へ行かないか? 」

 ある週末、我が家の談話室でお茶を飲んでいる時に、アルベールがそんな提案をしてきた。


「三人で、ですの?」

「ああ。シオリは、ずっと王都の狭い屋敷に引きこもりがちだから、自然と触れ合わせてあげたくて。ユリアの結界魔法があれば、シオリも安心して過ごせると思うんだ」


 私はカップをソーサーに戻した。カチン、と硬質な音が響く。

 彼は、自分が何を言っているのか本当に理解していないのだ。婚約者との静養に、自分の「大切な幼馴染」を同行させ、さらにその介護に私を使おうとする。それが、どれほど私を蔑ろにする行為であるか。それを「優しさ」という綺麗事で包めば、私が喜んで受け入れると思っている。


「アルベール」

「なんだい?」

「私、その時期は王宮からの要請で、外せない仕事が入っておりますの。お二人で行ってらっしゃいませ」

「え? あ、そうなのか……残念だな。ユリアの結界があれば完璧だったのだが」


 アルベールは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに違う話を始めた。その横顔には、私に対する罪悪感など微塵も残っていなかった。


 私は彼を、じっと見つめていた。

(ああ、本当に、この人は私のことなど何も見ていないのだわ)


 私は彼を許し続けてきた。彼の遅刻を、彼のドタキャンを、彼の心ここに在らずな態度を、すべて「構いませんわ」と受け流してきた。

 だけど、許すと言うことは、決して「傷ついていない」ということと同義ではない。

 許すと言うことは、私の中に溜まっていく黒い瘴気のような膿を、自分で噛み砕き、消化し、なかったことにするという、血を吐くような精神的労働の連続なのだ。


 それを、彼は「大した意味も添えられていない謝罪」だけで、私に強制し続けてきた。

 私の期待は、すでにひとかけらも残っていなかった。



 数日後、私はノアール子爵家、そして我が侯爵家の当主である父に連絡を入れ、王都での正式な会合の席を設けることにした。

 アルベールには「これからの結婚式、および共同事業についての具体的な契約の話し合い」とだけ伝えておいた。彼は「いよいよだね、ユリア」と嬉しそうに笑っていた。


 その話し合いの当日、約束の時間の三十分前。

 私の下にスクロールが届いた。記載されていたのは、案の定、アルベールの名前だった。


『ユリア、本当に、本当にすまない! シオリが庭園で発作を起こして倒れてしまったんだ……今、彼女の屋敷に向かっている。話し合い、少しだけ遅らせるか、明日に変更できないだろうか? ご両親にも俺から平伏して謝る! 本当にすまない!』


 私はその文字を読み、ふっと笑った。

 今回は焦っているのだろう、文字の輪郭が歪んでいる。

 だけど、その「本当にすまない」という言葉の羅列が、私にはただの価値のない、薄っぺらい免罪符にしか見えなかった。


 私は返信をしなかった。


―――――


 王都の一等地にある最高級のレストランの個室には、アルベールの両親であるノアール子爵夫妻と、私の両親が揃っていた。

 定刻を十五分過ぎた頃、ノアール子爵が冷や汗を流しながら懐中時計を気にし始め、子爵夫人が申し訳なさそうに私に声をかけてきた。


「ユリア様、アルベールはどうしたのかしら? 連絡は取れておりますの?」

「おば様」

 私は完璧な礼儀作法で背筋を伸ばし、穏やかに微笑んだ。

「アルベール様なら、今、シオリさんのところにいますわ」


 個室の空気が、一瞬で凍りついた。

 子爵夫妻の顔から、みるみる血の気が引いていく。父はすべてを察したような鋭い眼光で私を見つめた。


「シ、シオリさんの……? また、あの子の病気が?」

 子爵夫人が狼狽しながら言う。

「はい。庭園で発作を起こしお倒れになったとか。アルベール様は、私との約束よりも、両家の当主を交えたこの国家的な共同事業の話し合いの席よりも、シオリさんの元へ駆けつけることを選ばれました」


「ユリア様、それは……アルベールが、その、シオリちゃんは昔から病弱で、我が家の恩人の娘ですから……騎士としての義務感もあり……」

 ノアール子爵が必死に取り繕うように弁明を始めようとしたが、私はそれを冷徹な手つきで制した。


「おじ様、おば様。私は今まで、アルベール様のそういうところを、すべて許してきましたわ」

 私は一呼吸置き、室内の全員の目を真っ直ぐに見つめた。


「でも、物事の優先順位を正しく見切れない人を侯爵家に迎えることはできません」


 私の声は、驚くほど冷静だった。魔力を荒走らせることも、涙を流すこともない。ただ、淡々と、判決を下す裁判官のように言葉を紡いでいく。


「今、彼は、ここにいません。それがすべてです。」


 ノアール子爵夫妻は、私の言葉の重さと、そこに含まれる絶対的な拒絶に圧倒されたように、口を微かに開けたまま固まっていた。


「私と彼の婚約は、王命などではありません。ただ、両家が合意したにすぎません。その合意が破綻しただけです」


 私は、薬指にはめられていた、ノアール家に代々伝わる婚約指輪を静かに外し、子爵夫妻の前に置いた。


「だから、あの人を無条件に許す理由は、もうありませんわ」


 私の父が、深くため息をつき、私の肩に手を置いた。その手からは、娘を誇りに思う父の意思が伝わってきた。

「ユリア、お前の意思は固いのだな」

「はい、お父様。私、もう疲れましたの。彼の安易な謝罪に私の人生を切り売りするのは、終わりにいたします」


 子爵夫人が「待って、ユリア様、アルベールに、もう一度をチャンスを……!」と縋り付いてきたが、私の父がそれを冷然たる威圧(オーラ)ではねのけた。

「侯爵家の娘をここまで侮辱しておいて、まだ語る言葉があると? ノアール子爵、婚約は破棄とする。今後の賠償については、王宮の法務官を通して行おう」


 話し合いは、それで終わった。

 私は父と共に、一歩も後ろを振り返ることなく、その場を後にした。


―――――


 それからの展開は速かった。

 毎日何通もアルベールからのスクロールが届き、言い訳と謝罪が狂ったように書き殴られたメッセージが綴られていた。


『ユリア、誤解だ! シオリが発作で、放っておけなかったんだ!』

『どうして婚約破棄なんて大袈裟なことをするんだ! 俺は君を愛している!』

『謝る、何度でも、王宮の広場で跪いてでも謝るから、お願いだから顔を見て話そう!』


 それらの文字を見つめながら、私はフッと冷たい笑みを漏らした。

 まだ、彼は気づいていない。

 彼が私に送ってきているこの大量の「謝罪」こそが、私を最も嫌悪させ、遠ざけている原因だということに。彼は最後まで、謝れば私の心が動くと信じ込んでいるのだ。その浅はかさが、本当に滑稽だった。


 私は侯爵家の専属弁護士と王宮法務官を通し、一切の直接接触を遮断した。結納として贈られた魔導具の返還、婚約破棄に伴う莫大な慰謝料の請求、そしてノアール家への経済的支援の完全な打ち切り。すべてをただ事務的に進めた。



 アルベールの人生は、そこから急速に崩壊していった。

 私という「侯爵家の後ろ盾と支援」を失ったアルベールは、そのすべてのエネルギーをシオリに注がざるを得なくなった。

 だが、それは彼にとっても、シオリにとっても、終わりのない地獄の始まりだった。


 シオリは、アルベールが私と別れたことで、完全に彼を「自分の守護騎士」にできたと歓喜した。しかし、彼女の病弱さは、アルベールの同情と関心を引くための「最大の武器」でもあったのだ。

 私という比較対象がいなくなり、アルベールが二十四時間、自分の介護と病気に付き合わされるようになると、彼の中で「憐れみ」は急速に「呪縛」へと変わっていった。


「アルベール、胸が苦しいの……背中をさすってちょうだい」

「シオリ、俺は明日も近衛騎士団の訓練があるんだ。少しは自己管理をしてくれ!」

「どうしてそんな酷いことを言うの? ユリアさまと別れたのは、私を一生守るためじゃなかったの!?」


 そんな会話が、彼らの間で日常茶飯事になった。

 アルベールは騎士団での評価も落としていった。シオリの「発作」の度に任務を放棄し、遅刻や早退を繰り返し、聖騎士への昇格ルートから完全に外され、同僚からも軽蔑された。ノアール家は我が家からの援助を絶たれたことで財政難に陥り、慰謝料の支払いのために領地の一部を切り売りする羽目になった。彼の輝かしい未来は、彼自身が撒いた「優しい騎士」という傲慢な種によって、じわじわと窒息させられていった。


 一方のシオリもまた、不幸の沼に沈んでいた。

 アルベールの心が自分から離れていくのを感じるたびに、彼女は精神を病み、その負の感情によって、本当に体調を悪化させていった。アルベールの向ける目が、かつての「優しい眼差し」ではなく、義務感と嫌悪に満ちた「冷たい他人を見る目」に変わっていくことに、彼女の脆い精神は耐えられなかったのだ。


 互いに執着し、互いに憎み合い、けれど離れることもできない。

 彼らは、かつて私が一人で飲んでいたミルクティーのような、ぬるくて不快な関係の中に、永遠に閉じ込められることだろう。


―――――


 二年後。

 私は、隣国の魔法大国にある、精霊の加護を受けたと言われている空中庭園のカフェにいた。


「ユリア、ここのマナ・タルトは本当に素晴らしいね。君がこのカフェに行きたがっていた理由が、ようやく分かったよ」


 目の前でそう言って穏やかに微笑むのは、現在の私のパートナーであり、この国の魔導士である、レオンハルトだ。

 彼は、アルベールのように器用に立ち回れる男ではない。少し無骨で、言葉数が少なくて、時に私と魔導の理論を巡って真剣な議論を起こすこともある。


 けれど、レオンハルトは「簡単に謝らない男」だった。

 彼が私に「すまない」と言うとき、それは彼が自分の非を完全に認め、私の痛みを我がことのように理解し、二度と同じ過ちを繰り返さないと、己の魔力に誓った時だけだ。

 彼にとっての謝罪は、私との関係を未来へ繋ぐための、重くて、誠実な、契約の言葉だった。


「ね、美味しいでしょう? 今度は、あちらの精霊蜜を使った焼き菓子も試してみましょうね」

「ああ、君と一緒なら、どんな新しい味も楽しめるよ」


 レオンハルトが私の手を取り、優しく握りしめた。

 その手の温もりと、そこから伝わる穏やかで深い想いは、かつてアルベールが私に差し出したものとは、全く違っていた。ここには、私を侮る計算も、私を都合よく動かそうとする傲慢さもない。ただ、対等な人としての、確かな敬意と愛情だけが存在していた。


 ふと、王都から届いた定期情報誌の隅に、ノアール子爵家が爵位を返上したというニュースを見つけたような気がしたが、すぐに記憶から消し去った。

 アルベールとシオリが今、どのような悲惨な結末を迎えているか、私にはもう一ナノメートルの興味もなかった。


 彼らを「許さない」と決めたあの日、私は自分の人生と、侯爵令嬢としての誇りを取り戻した。

 許すと言うことは、難しい。

 だけど、許さないと言える強さを持つことは、もっと難しく、そして何よりも美しい。


「ユリア、どうしたんだい? ぼんやりとして」

 レオンハルトが心配そうに、その美しい琥珀色の瞳で私の顔を覗き込む。

「いいえ、なんでもありませんわ。今、すごく幸せだなと思って」


 私はレオンハルトの手を握り返し、心からの笑顔を浮かべた。


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