お姉ちゃんの完璧なライフハック
「なあ、絶対に誰か俺の部屋に入ってるって!」
僕はスマートフォンの画面に向かって、狂ったように叫んでいた。
誰もいないはずのワンルームマンションに帰宅するたび、部屋の様子が少しずつ変わっている。
脱ぎ散らかしたはずの靴下が洗濯カゴに移動し、デスクの上の空き缶がきれいに分別されてゴミ箱に捨てられていた。
(……ストーカーにしてはやってることが家庭的すぎるし、逆に怖くて夜も眠れないんだけど!)
「あんたのズボラを見かねた神様が、片付けにきてくれたんじゃないの?」
画面の向こうで、実家の姉がポテトチップスをかじりながら面倒くさそうに鼻で笑った。
大学で最先端のロボット工学を専攻している姉は、いつでも僕を子供扱いしてまともに話を聞いてくれない。
外はすっかり暗くなり、部屋の換気扇が回る低い音だけが虚しく響いていた。
「神様なわけないだろ! 鍵だって閉まってるし、防犯カメラのデータにも誰も映ってないんだぞ!」
僕はイライラしながら、ベッドの上に寝転がって頭を抱えた。
幽霊の仕業を疑うほどオカルトを信じちゃいないけれど、物理的に説明がつかない日常の謎が一番気味が悪い。
何か僕の気づかない、恐ろしい近未来の犯罪に巻き込まれているのではないかと本気で震えていた。
(……一人暮らしを始めてからまだ一ヶ月なのに、こんなノイローゼになりそうな部屋、もう解約したいよ)
「じゃあ、あたしが前に送ってあげた『ルン太』の稼働ログでも見てみれば?」
姉は退屈そうにそう言うと、ノートパソコンの画面に視線を移してキーボードを叩き始めた。
ルン太というのは、姉が大学の研究室から持ってきたという、真っ黒で円盤型の超高性能お掃除ロボットだった。
確かにあいつが来てから部屋はいつもピカピカだけど、さすがにロボットが洗濯物をカゴに入れたり缶を分別したりはできないはずだ。
(……ルン太はただ床を這い回るだけの機械だし、ログを見たって部屋が勝手に綺麗になる理由なんて分かるわけないだろ)
「……分かったよ。一応、アプリから確認してみる」
僕は通話を繋いだまま、スマートホームの管理アプリを開いてルン太の走行データにアクセスした。
画面に表示されたのは、部屋の間取りを綺麗にトレースしたマッピングのログだった。
しかし、そのデータを見た瞬間、僕の指先がピきりと凍りついた。
(……おい待て、ルン太の移動速度のログ、人間の徒歩のスピードと完全に一致してる時間帯があるぞ!?)
「お姉ちゃん、これどういうことだ? ルン太が外出しようとして玄関のドアにぶつかり続けてるログがある」
僕の問いかけに、スマホの向こうの姉はフッと意味深に笑った。
まるで僕がその真実に辿り着くのを、最初から楽しみに待っていたかのような笑い声だった。
部屋の隅に鎮座しているルン太の、緑色のセンサーランプが怪しく明滅した。
(……まさかこのロボット、中に超小型の何かが入ってて、夜中に僕の部屋を操作してるんじゃ)
「あんた、ルン太の底面にあるホログラム投影レンズのスイッチ、入れたままにしてたでしょ」
姉の声が、いつもより少しだけ得意げなトーンに変わった。
投影レンズと言われても、メカに疎い僕には何のことだかさっぱり分からない。
ただ、姉が遠隔で僕の部屋のシステムに干渉していることだけは間違いなさそうだった。
「レンズがどうしたんだよ? 早く説明してくれ!」
僕が懇願すると、部屋の中央にあるルン太がブブッと短く電子音を鳴らして起動した。
その天面から、青白い光の束が天井に向けて真っ直ぐに放射された。
光の粒子が空間で激しく交差し、目の前に立体的な『人影』を形作っていった。
(……うわ、何だこれ! 映画のホログラム映像みたいに、誰かの姿が部屋の中に現れたぞ!)
「お疲れ様、レン。部屋の居心地はどう?」
光の残像が収まったそこに立っていたのは、立体映像で完璧に再現された、実家にいるはずの『姉』の姿だった。
ホログラムの姉は、僕の部屋の洗濯カゴやゴミ箱の配置を愛おしそうに見つめていた。
それは、実家の自室からVRゴーグルと触覚グローブを使って、ルン太を遠隔操作(アバター駆動)していた姉の生霊だった。
(……マジかよ! 部屋を勝手に片付けてた不審者の正体、実家からリモートアクセスしてたお姉ちゃんだったのかよ!)
「一人暮らしが寂しくて死にそうって母さんから聞いたから、アバター機能で手伝ってあげてたのよ」
ホログラムの姉は少し照れくさそうに笑いながら、僕の頭を撫でるような仕草をした。
もちろん映像だから感触はないけれど、僕を心配してわざわざ最新技術を無駄遣いしてくれた優しさが伝わってきた。
ストーカーの恐怖に怯えていた日常は、不器用な姉の最大級の愛情表現によって守られていた。
(……全く、人騒がせなライフハックだけど、お姉ちゃんが犯人で本当に良かった。めちゃくちゃ安心したわ)
「……ありがとな、お姉ちゃん。でも、次は普通に手伝いに来てよ」
僕は照れ隠しにそっぽを向きながら、画面の向こうの本物の姉に小さくお礼を言った。
ホログラムの姉は満足そうに頷くと、またルン太の姿に戻って、部屋の隅へと静かに帰還していった。
(……よし、それじゃあ今夜は、お姉ちゃんが綺麗にしてくれたこの部屋で、久しぶりに爆睡することにしよう!)
遠く離れた実家からのアクセスログには、僕たちの絆を示す温かい光が、いつまでも灯り続けていた。




