新たな住まい
エルンはその晩、ガルディとともに村にたった一軒ある宿に宿泊。
翌朝、二人は宿を出るとヨゼフ村長を訪ねた。
寝起きだろうか、眠そうな村長が出迎えた。
「おはようございます。村長さん。実は、村長さんにお願いがあるんですが」
「君はだれかね?」
——えっ? 村長さん、それはないでしょ——
「昨日、お会いしましたエルンスト・ラインハルトです」
「おお、そうだったね。……で、何かね、こんな朝早く?」
「僕、この村に住みたいんですが、どこか安く借りられる家はありませんか。村長の力を借りたいんですが」
「この村にか……昔に比べると随分と人の数が減ったから、人が増えることは嬉しいことだが。どこかふさわしいところはあったかな?」
村長はしばし考えた。
しばらくして思いついたように口を開いた。
「ひとつ心当たりがある。……君は朝食は済ませたのかね」
「いえ、まだです」
「では一緒にどうかね。君の連れのヴォルフガルドくんはどうしたね」
「外で待ってます」
「呼びなさい。いろいろ聞きたいこともある」
外で待つガルディは近所の子供たちに剣の型を指導していた。
ガルディを呼び入れると三人で食卓に着いた。
そこで村長はエルンのことを根掘り葉掘り聞いてきた。
エルンは包み隠さず答えた。
「異世界からの転生というのは以前は時々聞いたが、今でもあるようだな。なにか、神のお導きがあるのかもしれん。そうであれば断ることもできそうにない。わかった。あとで一緒に行こうじゃないか」
快諾を得られてエルンはほっとした。
朝食後、ヨゼフ村長はエルンとガルディを村はずれの一軒家へと案内した。
「ゼルマ婆さんいるかね? わしじゃ、ヨゼフじゃ」
家の奥からゆっくりゆっくりと現れたのは年の頃八十をいくつか過ぎた老婆だった。
「珍しいね、ヨゼフ村長。こんなに朝早く。私のスカートでも捲りに来たかね」
「七十年も前のことを今でも根に持ってるのかね。もう勘弁してくれんかね」
——爺さん、そんなことやってたのか——
「それ以外に何があるのかね」
「すまんね、ちょっと相談なんだが……以前、納屋が空いてるって言ってたような気がしたんだが」
「ああ、納屋ね。あんたが私を押し倒して何かしようとした納屋だね。わたしゃ貞操を守るのに必死だったよ」
「それは内緒にしてくれって頼んだじゃろ」
——爺さん、あんた相当なスケベだね——
「空いているがね。今は物置になってて足の踏み場もないが」
「家を借りたいといっている若者がいるんだがね」
「あんなガラクタだらけ、ほこりだらけの納屋をかね?」
「貸せば、多少の家賃収入にはなるじゃろ、どうかね」
「まあそうだが」
元々穀物倉庫とか農機具小屋として使っていた納屋だったらしいが、三年前に夫のハンスが亡くなり、その後は使わない物を放り込むうちに物置小屋と化したとのこと。
「爺さんが骨董品の収集癖があってな、何でもかんでも譲ってもらったり、拾ってきたり、時には買ってきたりしてガラクタだらけになってしまってな。爺さんが生前言ってた。「妙なガキが訪ねてきたら、そのガキに全部譲ってやってくれ」とな。その時は何のことかわからなかったが、それがお前さんのことなのかな。捨てるのも癪だからそのままにしておいた。なぜ今日のことがわかったんじゃろうか。それがほんとうにお前さんのことなら全部譲ってやるが……後は自分で掃除してくれれば自由に使っていい。不思議な話もあるもんだ」
「それが僕のことなのかな? 僕が来ることが分かってたのかな?」
「神様のお告げでもあったのかね?」
——あの神様、手を回しておいてくれたのかな?——
納屋へと案内されると、想像を凌ぐガラクタで溢れていた。
どの世界にもゴミ屋敷ってあるんだなとエルンは思った。運び出すだけでも数日はかかりそうだ。
「ここで何をするのかね」とゼルマが聞いた。
「仕事を探そうと思ってます。農作業の手伝いとか、猟師の手伝いとか。生活できればそれでいいと思っています」
「そうかね。農繁期にはいくらでも仕事はあるがね、農閑期にはどうかな。まあ、あんたさえよければいいが」
月二万デリラで話はまとまったが、納屋はガラクタの山だ。しかも雨漏りがひどくて修理も大変そうだ。
「そっちのお連れさんは同居人かね?」
「ガルディさんは手伝いです」
「俺は手伝わんぞ。ただの用心棒だ」
「昨日、逃げちゃったじゃないですか。その分手伝ってよね」




