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暗闇のゴブリン(3)

 人を殺しちまったんだと。

 八歳か九歳の子供だとよ。

 毎日、酒飲んで博打ですっちまってるのに一口くらい食わしてやりゃあいいのに、ほんとうにケチだね。

 小さな子供を百回も、あの拳で殴ったんだとよ。ハンマーのような拳だよ。

 あの子、なんでも二年くらい森をさまよってようやく民家にたどり着いたんだとよ。こんなところで殺されるなんてかわいそうすぎるよ。

 ゲオルク、悪魔だね。

 ゲオルク、グロイエルだね。

 ゲオルク、妖魔だね。

 人でなしゲオルク。

 ゲオルクの頭の中では人々の叱責が響き、際限なくこだました。

 ゼファイル村長の家は診療所の目と鼻の先にあった。周囲の家と比べると少し大きな建物であるが、決して豪奢ではなかった。敷地には離れがあり、そこは村の集会場であったり、事件の際の捜査本部であったり、取り調べ所となることもある。

「ゲオルクはいるかね」

 役人は離れに入るなり大きな声で叫んだ。

 若い者が数人、椅子に座るゲオルクを取り囲んでいた。この期に及んで逃げるような男でないことはわかっているが形式上、逮捕という形を取っていた。

 糸の切れた操り人形のようにうなだれるゲオルクに役人は言った。

「だいたいの事情は聞いている。そこでいくつか確かめたいことがある。ゲオルク」

「……あの子の容態はどうですか?」

 ゲオルクは顔を上げて役人の顔を見た。

「予断を許さない状態だそうだ。シュナイダー先生が明け方までヒーリングを施してくれたが、その先生も倒れた。たくさんの人に迷惑をかけるな」

「申し訳ねえです。……そうですか。それで、確かめたいこととは?」

「事件の詳細についてだ。お前は、あの子供を殴ってるとき、人とは思わなかったのか?」

「へえ、暗かったもんですから……」

「しかし、夜目は効くだろ。夜道を歩いて来たんだから」

「へえ、それが……酔ってたもんですから」

「酒には強いだろ。毎日飲んでるんだからな」

「へえ、……博打で、負けてついカッとなっちまったようです」

「毎日、負けてるだろ」

「へえ、……おっしゃる通りです。面目ねえです」

「ゲオルク、お前、人と知ってて殺そうとしたな」   

「とんでもねえ。俺でも人を殺せば罪に問われることぐらい知ってます」

「殺してどこかに埋めれば事件は表沙汰にはならん。森に捨てれば獣が食って始末してくれる。そう思ったんじゃないのか。だが、殴っている途中で妻のイルゼに見つかってやむなくそこでやめた」

「違う。とんでもねえ。信じてくだせえ」

「まあ、どちらにしても証拠がないからな。しかし、あんな幼い子供にあれだけのケガをさせてはただではすまんぞ」

「お言葉を返すようですが、お役人様。あのガキは勝手に人の家に入って食い物を漁っていたんですぜ。そっちの方が悪くねえですか」

「その点は情状酌量はある」

「そうでしょ。そうでしょ」 

 ゲオルクが役人の目を見てわずかな正当性を主張した。

「もし、ゲオルクがあの子供を殺してしまっていたら、おそらく強制労働三十年くらいだったが、いまのところ、まだ死んでない。情状酌量を加味し、運よく助かれば強制労働十五年くらいで済みそうだ」

「強制労働十五年?」

「しっかり罪を償うことだな。まだ確定ではないが」

 ゲオルクは呆然となり、うなだれた。

「とりあえず、今日は帰っていい。逃げるんじゃないぞ。逃げれば指名手配犯となる。捕まれば死罪だ。わかったな」

 ゲオルクは言葉なくうなずくだけだった。


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