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再 会

 その日、仕事を終えてアパートへ帰り、簡単な夕食を取るとこっそり持ち帰った魔導書を読んでいた。

 エルガー商会の魔導書の在庫数はこの国で一番で、多少の書籍が持ち出されたとしてもわかることはない。もっともエルンは借りるだけで、翌日までに返せばバレることはない。書籍の内容を知ることも大事だとの理由でホーゲンも大目に見てくれる。

『金属物を自由に動かすための魔法』と題された魔導書を見つけたので思わず手に取り、エルンは借りて帰った。

 翌日は一日休みを貰ったのでゆっくりと本が読めそうだ。

 ランプの明かりの下でエルンはページをめくった。

「金属物か……」と不思議に思った。金属とそうでない物を動かすには別の力が必要になるわけだ。「なるほど……金属は魔法を通しやすい。そうだったのか。だから別なんだ」と納得がいくような納得がいかないような複雑な思いで読み進めているとどこからか声がする。

「エルン、エルン」と呼ぶ声。

 エルンは心臓を掴まれたような恐怖を感じた。

——この部屋、幽霊が出るの?——

 そう思った。

——いや気のせいだ。きっと僕は疲れているんだ。新しい環境になって初めての仕事についてと様々なことが同時に起こったから。その心労からくる幻聴なんだ——と思うことにした。

 だが、

「エルン、エルン」

——……やっぱり聞こえる——

 ドアの方から聞こえる。弱弱しい、今にも死にそうな声。

 エルンは恐る恐るドアに近づき、耳を澄ました。

 誰かいる。ドアの向こうに誰かいる。

 エルンは勇気を振り絞ってドアを開けた。

「誰? 誰かいるの?」

 ドアの隙間からぬっと覗いたのはガルディだった。

「……エルン」

「どどどどうしたんですか、ガルディさん。こんな夜更けに。しかも……ケガをされてるんですか?」 

「いや、ケガはしてない。腹が……減ってな。何か食わしてくれないか」

「つまり、お腹が減って動けないということですか」

「その通りだ」

 ガルディは這いながらエルンの部屋へと入った。

 エルンは買いだめしてあったパンと肉、ハム、ソーセージをガルディの前に皿に盛って出すといきなり手掴みで食べ始めた。いや、貪り始めた。

「お金はどうしたんですか。あの時の十万デリラはどうしたんですか?」

「ああ、あれは二日で食って飲んで終わりだ」

「それ以来、何も食べていないというわけですか」

「そうだ」

「三日食べないと死ぬってのは本当だったんですね」

「本当だ。このまま何も食べなければ、俺は朝方には死骸になっていただろう。この身体を維持するにはそれ相当の食料が必要だからな。危ないところだった」 ガルディは答えながら貪る。「ヴォルフガルド族は戦闘で死ぬ者より、空腹で死ぬ者の方が圧倒的に多い」

「自慢にはなりませんよ」

「確かに……」

「どうしてここがわかったんですか? 会社の人でも一部の人しか知らないのに」

「俺を誰だと思っているんだ。ヴォルフガルド族のガルディ様だ。一度匂いを覚えれば二百キロ先であろうが追跡できる。腹が減れば嗅覚はさらに鋭くなる」

「すごいですね。そんなにすごい人が、三日も飲まず食わずで転がり込むってどういうことですか?」

「それとこれとは別の話だ。……もう少し無いか? まだ入る」

「どれだけ食べてもいいですが、僕の朝食だけは残しておいてくださいね。仕事ができなくなりますから」

「仕事は順調か」

「ええ、まあ。順調といえば順調ですが、そうでないと言えばそうでないです」

「何だそれは」

「失敗ばかりなんです」

 エルンは事情を話した。

「それは順調ってことだ。自分の能力以上のことに挑めば失敗を繰り返すのは当然のこことだ。失敗しない奴は挑んでないってことだ。成長の前段階だ。気にするな」

「そうですか……ありがとうございます。ガルディさんは明日からどうするんですか? お金あるんですか?」

「俺には物欲というものがない。あるのは食欲だけだ。この辺りは物騒だ。これからも用心棒になってやる。報酬は食い物だけでいい」

「それって、はっきり言うとどういう意味ですか」

「用心棒ってことだ」

「僕がガルディさんの面倒を見るってことですよね」

「用心棒ってことだ」

「ガルディさんは他に仕事はしなんですか?」

「してもいいが、俺にできることと言えば用心棒か動物を狩ることぐらいだ」

「賞金稼ぎはどうですか?」

「うむ……悪くない」

「だったら保安局へ行ってみればいいでしょ。指名手配犯やグロイエル、グリフスの討伐の仕事が貼り出されてましたよ」

「そうか、報奨金のことで頭がいっぱいで見てなかった。じゃあ、早速、明日にでも行ってみる。食ったら寝るのがヴォルフガルド族の習慣だ。先に寝るぞ」

「どこで寝るんですか」

「俺はベッドでは寝ない。床で寝る。ベッドはエルンが使ってくれていい」

「ではベッドは僕が使わせてもらいます。僕はもう少し本を読んでから寝ます」

 ガルディは部屋の隅で蹲るようにして眠りに就いた。

 気にしないつもりだが、やはり気になるようで、本を読んでいても内容がほとんど頭に入らない。

 エルンが、ふと振り返るとガルディと目が合うのが意外と気まずい。寝ているようで寝ていないのがヴォルフガルド族の寝方なのだとわかった。


 休みが明けてエルンは八時にエルガー商会へと出社した。

 が、どうも様子が変だ。入り口が閉まっていて、人の気配がない。もう既に開いていてもいい時刻だが。

 訳もわからずエルンは通りかかった人に聞いてみた。

「エルガー商会は、今日はお休みなんでしょうか?」

「エルガー商会? 昨日、倒産したみたいだよ」

「倒産?」

「ああ。坊主にはわからないか? つまり、会社がつぶれたってことだ」

「つぶれた?……」

 エルンは呆然となった。つぶれたってことは会社が無くなったってこと。つまり、仕事が無くなったということだ。

 エルンの目の前が真っ暗になった。


 それからどのようにして帰ったかわからないが、いつの間にかアパートについていた。

——どうしよう——

 食事も摂らず夜までぼーっとしていた。頭の中では「どうしよう、どうしよう……」

 この言葉が際限なく繰り返された。

 ガルディにそのことを話すと、

「よくあることだ、気にするな」と。


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