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初めての出勤

 エルンは朝八時にエルガー商会の受付へとやって来た。

「じゃあ行きますか。こっちよ」 

 メリディアはエルンを連れて階段を降りて行った。

「地下ですか」

「そう、地下一階と二階は倉庫になってるの。この商会で扱っている商品の在庫が保管されているのよ」

「寒いですね」

「寒い? そうかしら。……そっか。時々いるのよね。エルン、あなた魔力があるでしょ」

「ええ、少し」

「そのせいよ。ここには魔法に関する物。魔導書は三万冊以上、魔道具は一万点以上、その他魔法に関わる物、約八千点が保管されているから、それがあなたに影響するのよ。そのうち慣れるわ」

 地下一階倉庫の扉を開けると黴臭い空気が雪崩出てきてエルンに襲い掛かった。

 エルンは気分が悪くなる思いだった。メリディアは平気なようだ。

 天井からは何本もの太いパイプが突き出ていて、作業台の上で途切れている。そこから時折ポトン、ポトンと何かが落ちてきて作業台の上のカゴに入る仕組みになっている。

「あなたの職場はここ。ここで注文された商品を探し出して箱に詰める、あるいは包む。場合によってはあなたが自分で届けることもあると思うわ。注文票はあのパイプを通ってカプセルが落ちてくるの。その中に入ってるわ。最初はどこに何があるかわからないと思うけど、めげないで探してね。早く覚えることね。わからないことがあったらホーゲンさんに聞いて。あそこに眼鏡を掛けたお爺さんがいるでしょ。あの人なら何でも知ってるから。気難しい人だからうまくやってね」

 色々と説明されたが、半分も耳に入らなかった。とりあえず、わからないことがあれば聞けばいいということらしい。

 ホーゲンは奥のテーブルで荷造りをしていた。小さな人だった。背丈は十歳のエルンと変わらない。

「ホーゲンさんですね、僕エルンスト・ラインハルトです。今日からここで働くことになりました。よろしくお願いします」

 ホーゲンは老眼鏡の上からエルンをちらっと見るだけで何も喋らなかった。

 エルンは、きょろきょろと辺りを見回していた。

 するとホーゲンは「そこの商品をその紙で包んで紐で縛れ。丁寧にやれ」とだけ言った。

「はい」

 エルンは言われたようにするが、「ダメだ。やり直せ」と言う。

 見よう見まねで包むがホーゲンのようにうまく包むことができない。

「ダメだ。もう一度、やり直せ」

 そのたびに紙が無駄になる。

 ホーゲンの手さばきは見事だった。無駄のない動き、商品の形に合わせた包み方は美しかった。

「商品の形をよく見ろ。はみ出た部分は中へ折り曲げろ」

「……はい」

 しかし、うまく包めない。

「ダメだ、やり直し」

「はい」

「ダメ」

「はい」

「違う」

「はい」

 二時間もそんなことを繰り返していると、シワだらけになった包み紙が山のようになった。

「もったいないと思わんか?」

 ホーゲンが老眼鏡の上から見上げるように言った。

「はい、もったいないです」

 エルンの目に涙が滲んだ。

「だったらよく考えてやれ」

「はい」

「こんなことは泣くことではない」

「はい」

「もう一度」

「はい」

 コツを掴んだらしく、エルンの包みは様になってきた。

「まあいい。ひとつできたわけだ」

 エルンは、くしゃくしゃになった包み紙の山に埋もれていた。

「この紙を向こうに持って行って、アイロンを掛けて平らに伸ばせ。火に気を付けろ」

「はい」

 隣の部屋に小さな火鉢が置いてあり、そこに火の付いた炭が入れられていた。

 ヤカンのようなアイロンの中に火の付いた炭を入れて、それでシワだらけになった紙を伸ばすわけだ。

 アイロンの使い方はイルゼから教わっていたから知っていた。

 しかし、すごく惨めで情けない気持ちになった。魔法が使えるからといっていい気になっていた自分に。こんなことも満足にできない。まだまだ何もできない自分に。

 昼休みが小一時間ほどある。エルンは倉庫をつぶさに見て回った。

 背丈の何倍もある書架にすごい数の魔導書。そんな書架が何十と並んでいる。

 エルンはそれを見て回った。時代別に国別に種族別に分けられている。言語も様々で、見たことのない言語も数知れず。これだけの書物が集まれば、魔力のある者は気分が悪くなるに違いないと思った。一冊一冊から発せられる魔力はわずかでも異種多様な魔力が交じり合えば異様なものとなる。エルガー商会へ入った時に感じた寒気の正体はこれだとエルンは理解した。

 さらにその向こうには魔道具の棚があり、そこにも様々な魔道具が並べられていた。ゼファイル村長がここを推してくれた意味がようやくわかった。

 午後からも商品の包装作業だった。

 多少のコツはわかったとしても、商品の形が変わればまた感覚が変わってくる。また、失敗の連続だ。

 そのたびにシワだらけの包装紙が増えてきて、アイロンがけとなる。

 三日もすると失敗する数は減ったものの、やはり気を抜けばやり直しを命じられる。毎日が緊張の連続だ。


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