エルン、カモになる(3)
翌朝、宿を出るエルンの横にガルディの姿があった。
しばらく歩いて気が付いた。背後に人の気配。振り返ると、ラウンジでエルンに耳打ちしてきたあの男だ。
それに気づいたガルディが怒鳴った。
「お前、なぜついてくる?」
「……お、俺? なぜって、行く方向が同じだから仕方ないだろ」
「じゃあ先に行け」
「俺、足が痛くて速く歩けねえんだ。先に行ってくれ」
「お前、俺たちを前衛に使ってるよな」
ヴォルフガルド族のガルディの近くにいれば大抵のグロイエル、グリフス、ましてや盗賊も近づいて来ないことを知っていて後ろにいるわけだ。
「そんなつもりはねえ」と言い訳をする。
「後ろを歩くのなら金を払いな」
「なんでだよ。そんなことで金は払えねえ」
「じゃあ、もっと離れろ」
「どこを歩こうが俺の勝手だ」
「貴様……」
エルンが割り込んだ。
「いいじゃないですかガルディさん。旅の友は多い方がいいです」
「お前は人が良すぎる。こいつ、何を企んでいるかわからんぞ」
ガルディが男を睨んだ。
「何も企んでねえ。俺はケチな商人だ。名前をシモンという」
「商人にしては荷物らしい荷物を持ってねえじゃねえか」
シモンの持ち物と言えば小さな背負い袋一つである。
「ああ……それはな、これから街まで商品の買い出しに行くだけだからな」
「荷物はどうする?」
「荷馬車も買うんだ。それに乗せて持って帰るんだ」
「怪しい、めちゃくちゃ怪しい。俺は信じねえからな。妙な動きをしたら容赦しねえぞ。そしてお前に何があっても助けねえからな」
「……わかった。わかったから先を急ごうじゃないか。この先に大きな森がある。そこを陽のあるうちに通り抜けないとまずいから」
それに関してはガルディも同感だった。凶暴な熊の化け物ベアツァーカーが出没すると言われる森だ。何人もの旅人が犠牲になっている。討伐隊が全滅したという話もある。それと対峙することはガルディも避けたかった。
エルンの許しもあり、エルン、ガルディ、シモンの三人のパーティーとなった。
「シモンさんはどんな物を商ってるんですか?」
身元調べではないが、エルンは色々なことを知りたかった。
「俺か、俺は儲かりそうなものであれば何でも商う。もっとも多いのは食料だな。小麦、芋、干し肉、塩、砂糖、香辛料。これらは人の生活に欠かせんから食いっぱぐれることはない。大量に仕入れて村へ運ぶ。そこで次の注文を取ってまた運ぶという寸法よ」
「今回はどうして馬車に乗ってないんですか」
「それよ……実はな、森でキャンプを張っているときだった。突然、グリフスの集団が襲ってきてな。俺は間一髪のところで逃げたが、馬を逃がすことができなかった。で食い殺されちまった。馬がいなくなったら馬車は曳けねえ。そのまま諦めたって経緯よ」
「場所はどこですか?」
「襲われた森か?……あれはダンケルヴァルトだったな」
「シュバイゲン村の東の方ですね」
「よく知ってるな。坊主」
「あっちの方にもグリフスがいるんだ……」
エルンは責任を感じてうつむいた。
「坊主は……」
「おい」 ガルディが話に割り込んだ。「俺の雇人だ。坊主と呼ぶな」
「ああ、わかった。……エルンは街へ何しに行くんだ?」
「働きに行くんです」
「その年でか。大変だな、グラッドシュタットだろ。大きな街だが、子供にできる仕事なんてそうないだろ。宛はあるのか?」
「エルガー商会というところで雇ってもらえそうなので、そこへ行ってみます」
「エルガー商会だと? 一流だぞ。グラッドシュタットでも一、二を争う大会社だ。よくそんなところで雇ってもらえることになったもんだな。……そうか、強力なコネがあるんだな」
「コネかどうかわかりませんが、紹介してくれた人がいたもんですから」
「その会社なら俺もよく知っているから案内してやる」
「案内なんていらねえだろ。誰だって知ってる会社だ。お前は利用しようとしているだけだろ」とガルディ。
「なんであんたはそんな考え方しかできないんだ。もうちょっと人を見る目を養ったらどうだ」
「商人なんて人の足元を見て、ぼるだけの種族だ。信用するに値いせん」
「それは大変な侮辱だ。商人にとって一番大事なのは信用だ。撤回しろ」
「嫌だね」
「撤回しろ」
「バカかお前は」
「撤回しないと口を利いてやらん」
「ああ、結構。静かでよいわ」




