エルン、カモになる(1)
夕方まで歩くと小さな宿場町があった。野宿を覚悟していたエルンは胸を撫で下ろした。魔法が使えたとしてもやはり夜は怖い。森で生活をしていたころはなんでもなかったが、一旦、普通の生活に戻ってからは怖くなるようだ。よくあのような森の中で生活していたもんだと我ながら呆れた。
宿屋は一軒だけ、他には郵便局と酒場、民家が数件あるだけ。
エルンはスイングドアを押して宿屋に入った。
入るとすぐのところはバーラウンジになっていて、酒を飲んだり食事ができるらしい。
数人の客がいた。正面にフロントがあり、宿の主らしきおやじがエルンに疑いの目を向けていた。
エルンが一晩泊まりたいと告げると、宿の主は「坊主、一人か?」と聞いた。
やはり、十歳の子供が一人で旅をするのは珍しいらしい。宿の主からは不信感が溢れ出している。ラウンジの客の視線もエルンに集まっていた。
「そうです。お金はあります」
「どこから来た?」
「シュバイゲンです」
宿の主は気の毒そうに視線を落とした。内情を察してくれたようだ。
「二階の突き当りの部屋だ。先払いで一万六千デリラだ」
少々高いような気もするが致し方ないと思った。エルンは子供だから安くしてくれるかと思ったが、逆にぼられたようだ。このような経験を積むことが大人になるってことなのだろうかとエルンは思った。
「ちょっとオヤジ。高いんじゃねえか? 子供相手にそれはねえんじゃねえのか」と横から口を挟んだのは頭上に耳が出ている獣族の女だった。背が高く筋肉質で好戦的な印象を受ける。背中では長い尻尾がくねくねと蠢いている。苛立ちの表れに違いない。
「初めての客は仕方がねえよ」と宿の主は言いつつも「じゃあ、あんたの顔に免じて一万五千にしといてやる」
「せこいよ。一万二千でいいだろ。みんなそうだろ」
宿の主はちょっと考えて困った表情を浮かべたが、「じゃあそれでいい」と渋々折れた。
獣族の女はエルンを見下ろした。目が怖い。
「俺、ガルディ」
「ああ、ありがとうございます。ガルディさん。助かりました。ぼぼ、僕、エルンスト・ラインハルトです。エルンでいいです」
「荷物置いたら降りてきな」
「はっ、はい」
エルンはどぎまぎしながら、とりあえず言われる通りにしようと思った。
エルンは金を払い、鍵を受け取ると二階の一番奥の部屋へ行き荷物を置いた。
部屋をぐるりと見渡した。狭い部屋だった。
——これで一万二千デリラ?——
野宿の方がよかったと思った。




