暗闇のゴブリン(2)
集まって見ていた人たちがざわついた。
ゼファイル村長が近寄ると横たわるそれを観察する。
「間違いなく人だ。ゲオルク、とんでもないことをしてくれたもんだ」
死んでいるのか?
殺しちまったのか?
野次馬の中から声がする。
「まだ、生きてる。誰かシュナイダー先生を叩き起こしてこい。早く行け」
ゼファイル村長の声と同時に誰かが走った。
「先生が来るのを待つより、ここから診療所へ運んだ方がいい」と誰かが言う。
診察台に寝かせられた子供は、顔は真っ黒に変色し元の顔がわからないほどに腫れ上がっていた。鼻と口、頬と顎は切れ、今も血がしたたり落ちている。
包帯を巻こうにもすぐに血を吸って真っ赤になった。
「誰がこんなひどいことをしたんじゃ? 肋骨も何本か折れているぞ」
老齢の白髪医師シュナイダーはこれ見よがしに顔をしかめた。
シュナイダーは九十歳を超えても村々へ往診に行く矍鑠とした医師である。
「ゲオルクですわ。力任せに叩いたとか」
付き添ってきたゼファイル村長がゲオルクを睨んだ。
「ゴブリンだと思って……暗かったし、酒も飲んでたし、博打でも負けてたし……ああ、何とかしてやってくれ先生。先生にはヒーリングの力もあるんだってな。その力でなんとか助けてやってくれ。お願いだ」
「ヒーリングにも出来ることと出来ないことがある。さてさてどうかな……若い頃なら何とかなったかもしれんが……まあ、できる限りのことはやってみるつもりじゃが」
「わしからも頼みます」とゼファイル村長も頭を下げた。
「見たところ、八歳か九歳ってところかな。……今夜が峠かな」
シュナイダー先生は老齢にも拘わらず、徹夜で看病した。最後の力を振り絞るように。
山の稜線が陰影を浮かび上がらせたころ、シュナイダー先生は力尽きた。
「先生、休んでください。それ以上やると先生にもしものことが……」
エルフの看護婦がシュナイダーを気遣う。
「できる限りのことをしたつもりじゃ。後は天と君に任せるのみじゃ。わしゃ寝る」
シュナイダーは長椅子に横たわるとたちまち深い寝息を立て始めた。
そのころには一旦帰っていた役人が診療所へとやってきて包帯だらけの子供を見ながら看護婦に聞いた。
「全身真っ黒だね。泥と埃と垢でできた鎧を纏っているようだ。男の子のようだな。この子のことを知っている者はいたかね?」
「まだ、他の人とは接触はしていませんので確認はできてませんが、今のところわからないようです。でも、私、ひとつ心当たりがあるんです」
「何かね」
「身元ということではないんですが、二年ほど前のことです。この森の北の端辺りで馬車が襲撃されて二人の方が亡くなった事件を覚えてますか」
「覚えているよ。山賊かグロイエルに襲われたんじゃないかって言われた、あの事件だね」
「そのとき、馬車の中に子供用の衣類が残されてたそうですが、子供さんのご遺体は発見されてなかったと思います」
「確かに、そんなことがあったね。その時、逃げ延びた子供かもしれないってことだね」
看護婦はうなずいた。
「だったら、尚のことわからないな。その時、殺された二人も誰だかわからなかったんだから。性別もわからないほど真っ黒に焼かれてたからな。それどころかなぜ襲われたのかもわからなかった。金品も取られていなかったのだから」
「もし、その時、逃げ出して生き延びた子供だとしたら、二年もの間一人で森の中で生き延びたってことになりますね」
「そうであればすごい生命力だね。人を襲う獣もいれば魔物、妖魔、毒虫もいる。病気にもなったかもしれない。私なんか三日と生きられそうにない」
「たった一人で、生き延びたのに、こんなことって、かわいそうすぎます」
看護婦は目を潤ませた。
「ここは君に頼むよ。私はゲオルクを取り調べなければならない。悪い人物じゃないことは知っているが、ちょっと懲らしめてやらなければならないのでな」
「どうするんですか?」
「ちょっと私に考えがあってね」
そう言うと役人は診療所を出ていった。




