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別 れ(2)

「エルン、いつまでもくよくよ寝てないで早く起きなさい。早く顔を洗ってご飯食べなさい」

 イルゼの声が家中に響いた。

「……は、はい」

 エルンはもたもたしながら顔を洗うとテーブルに着いた。

 二人分の朝食が用意されていた。すごく寂しい食卓だったがイルゼは笑顔を作った。

 エルンは黙って食べ始めた。

 するとイルゼが口を開いた。

「エルン、街へ行きなさい。そこで勉強するの」

「街へ?」

「そう。グラッドシュタットよ。ここから百二十キロ南にある大きな街よ」

「でも、どうやって」

 一人でどのように生活していいかなんて想像もできなかった。

「働くの」

「でも……」

「村長さんが、推薦状を書いてくれるからそれを持って言われた店に行くの。そこで働きながら魔法の勉強をしなさい。そして一人前になって戻ってきなさい。いいわね。ここはあなたの家なの」

 エルンは黙ったまま俯いた。だが、そんなことができるのか不安だった。

「返事は?」

 イルゼの大きな声。

「……」

「何をくよくよしてるの。あなたはこんな小さな村で呑気にしていていい子ではないの。森でも、たった一人で二年も生き抜いたのよね。エルンならできるわ。わかった? 返事は?」

 イルゼも涙声になっていた。

「……はい」

 エルンは涙ながらに返事をした。

「よろしい。だったら早く朝食を済ませて、支度なさい」 

 エルンはそれでもなかなか朝食を終わらせることができなかった。これからの不安と、朝食を終えると別れが待っているから終わらせることができなかった。

 エルンは一時間も掛けて朝食を終えると吹っ切れたように街へ行く支度を始めた。

 大きな袋に着替えと食器、洗面用具、街までの食料を入れ、そしてゲオルクに作ってもらった剣を腰に差す。

「大丈夫? 担げる?」

 イルゼは心配そうに見た。

「大丈夫。平気」

「村長さんのところへ行って。挨拶しなさい。推薦状をもらえるはずだから。それとね、これは当面の生活費」 手渡された革の袋に金貨と銀貨、銅貨が混じって入っていた。「これだけあれば二か月くらいは大丈夫だから。住むところも世話してくれるはず。だから、そこで頑張るの」 イルゼはエルンを抱きしめた。「もっと、いろんなことを教えてあげたかった」

 エルンは涙で潤んで何も見えなかった。

「おばさんは?……」

「私は大丈夫よ。そんなに弱い女じゃないわ」

「それはわかってるけど……」

 イルゼは笑った。それにつられてエルンも笑った。

「じゃ、早く行きなさい」

「おばさん。ありがとう」 

 エルンは涙を拭うとはっきりと言った。

 エルンは家を出ると空を見上げた。青空だった。さわやかな風が吹いていた。数日前のあの悪夢が嘘だったかのように。

 エルンはゼファイル村長の家を訪ね、街へ行くことを告げた。

「もう行くのか。そうか」

 ゼファイル村長は封筒に入った手紙をエルンに渡した。

「エルガー商会の社長宛に推薦状を書いてやった。エルガー社長は私の古い友人でな、悪いようにはせんはずじゃ。ただし、厳しい人じゃ。そのつもりでな」

 エルンは深く頭を下げた。


 村の出口にフィリアが立っていた。

 いつから待っていたのか随分疲れた様子が窺えた。

「エルン、街へ行くんだって? どうしてひと一言言ってくれないの?」

「ごめん。フィリアのお父さんも死んじゃって……僕のせいかもしれないって思うと顔が見られなかった」

「ほんと意気地なし」

「そうなんだ。だけど逃げるわけじゃないよ」

「寂しくなるなって……」

「また帰ってくるよ」

「いつ?」

「わからないけど、必ず」

 フィリアはエルンを抱きしめた。しかし、エルンには抱きしめ返すことはできなかった。複雑な気持ちがエルンの腕を動かなくさせていた。

「それじゃあね、先生」

 またエルンの目に涙が滲んだ。

 フィリアの気配を背中に感じながらエルンは歩き出した。

「私、エルンみたいな魔法使いになるから」

 フィリアの声がエルンの胸の中でこだました。


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