別 れ(1)
エルンは生きていた。何匹やっつけたのかわからなかった。魔力も体力も限界に来ていた。立っているのがやっとだった。
グロイエル、グリフスの死骸が、いたるところに転がっている。その合間に村人の死体も横たわっている。ケガに呻く村人も。
「しっかりして。奴らは退散したみたいだ。村へ帰ろう。村が……」
「ああ、俺は大丈夫だ。他の者を……」
——おじさんは?——
エルンはゲオルクを探した。
「おじさん……」
エルンは残った魔力を集中させるとゲオルクの気配を探した。
右手の方角の五十メートルほど先にいることがわかり、そこへと向かった。
そこにゲオルクが息も絶え絶えに横たわっていた。
「おじさん」
腹からひどい出血があった。グリフスに噛まれたことがわかった。腹が食い破られている。
「ゲオルクおじさん、しっかりして」
エルンは叫んだ。
ゲオルクは目を開けた。
「ああ、エルンか。お前の戦いぶりを見たぞ。お前すごいな」
「大丈夫だから。村へ運ぶから」
「もういい、ダメなことはわかってる。ヒーリング魔法でも、これは治せない。イルゼに伝えてくれ。すまないって」
「ダメだよ、諦めちゃ」
「殴ってすまなかった。痛かったろ。……俺はな、お前と出会えて、父親になれたような気がした。お前に感謝してる。父親になるってことがどんなことかお前に教えてもらった。エルンありがとうな」
エルンの視界が涙でぼやけた。
「ダメだよゲオルクおじさん。僕が助けるから」
「エルン……」
「ダメだよ。おじさん。まだまだたくさん教えてもらわないといけないことがあるんだ」
「すまない」
ゲオルクは目を閉じた。命が静かに吸い込まれた。
「おじさん……」
エルンは号泣した。ゲオルクに覆いかぶさって泣いた。
ゲオルクの遺体は、生き残った人たちに担がれて村まで運ばれた。
村もひどい状態だった。
たくさんの人が死に、たくさんの人がケガをした。家が破壊され、焼かれた。
数十匹のグロイエルとグリフスが村を襲った。戦った者もいたが、逃げた者も多い。森の中で殺された者もいた。
「なぜこんなことになった?」
ゼファイル村長が誰にともなく問いかけた。
今回の襲撃でゲオルクを含む死者十六名、けが人三十二名、破壊された家三十六戸、焼かれた家十二軒だった。死んだ者の中にはフィリアの父親も含まれていた。
村は精神的ショックと、またいつ襲われるかわからない恐怖に耐えながら沈痛に打ちひしがれていた。
翌日、葬儀の最中、街から討伐隊が到着したが、その村の惨状を見て呆然とした。これほどひどい状況はこれまでに見たことがないと。
グロイエル、グリフスといえども人を襲うことはあっても村を襲撃することはめったにない。かつては窃盗や誘拐程度だった。この辺りのグロイエル、グリフスは何かが違うことは誰の目にも明らかだった。
——僕のせいだ。僕が村に来たから。僕が無闇に魔法を使ったから——
エルンにはわかっていた。森で戦っていた時も、あの時と同じ追われる感覚が甦ってきていたから。
エルンが原因と考えていたのは本人だけではなかった。口には出さないものの、視線でわかった。村人の視線がエルンを突き刺す。だが、誰からも非難されることはなかった。罵声を浴びせられた方が楽だったかもしれない。殴られた方が楽だったかもしれない。
ゲオルクを失ったイルゼの悲しみも大きかった。
笑顔の絶えなかったイルゼも悲嘆に暮れ、日々の生活もままならなくなった。
「僕のせいだ。僕が来たからおじさんは死んだんだ。たくさんの人が死んだ。たくさんの人が傷ついた」
「そうかもしれない……」
イルゼがリビングのテーブルにうつ伏したまま言った。「でもね、誰もあなたを恨んでないわ。ゲオルクもあなたを恨んではいないわ。私も……ただ悲しいだけ。寂しいだけ」
エルンは思った。
——僕はこれからどうしたらいいの?——
エルンはゼファイル村長を訪ねた。
ゼファイル村長は祭壇の前で祈っていた。死んだ村人の冥福を。
エルンに気付いたゼファイル村長が振り返ると言った。
「エルン、お前も森の中で命がけで戦ったことは聞いている。グロイエルやグリフスが襲ってきたのはお前のせいかもしれない。その理由はよくわからんが……だが、村人が死んだのはお前のせいではない。皆、自らの意思で戦ったのだ。エルン一人のためでも大勢の村人は戦ってくれた。子供を守るのは大人の役目だ。決して見捨てるようなことはしない。逃げることもできたはずだ。だが戦ったのだ。それがここの人たちだ。神から与えられた試練かもしれん」
ゼファイル村長の前でエルンは泣いた。大声で泣いた。床にうつ伏して泣いた。
エルンは誓った。必ずこの村の恩に報いると。
「辛いなら村を出てもいい。誰も咎めやせん。だが、忘れるな。お前はすでにこの村の一員なんだ。お前の気が癒えたら戻ってこい。必ず受け入れてくれるはずだ」




