四、後宮で姉と会う
「紅玉、豆児、永和、三人ともうちの大切な娘だ。豆児に明かすのは遅くなったが、素直に聞き分けておくれ。永和の秘密は絶対に外に漏らしてはならない、いいね」
翌朝、両親のもとに永和とともに朝の挨拶にうかがったさい、父にそのように念を押された。隣で黙って聞いている母もせんから承知のようだ。
永和は公的書類に男子と記載されているために、表向きは正式な夫婦と認められる。
それが父母の希望ならば、豆児は逆らうことなどできない。
義父も父と同じく、大理寺に勤めている。刑罰と法に携わる大理寺の官吏が公的書類で嘘をついていたと明らかになれば、ただでは済まないだろう。
「はい、漏らしません。でも、それなら私はどうしたらよいのでしょう。このままでは安家は絶えてしまいます」
遠い親戚から本物の男子を養子にとるなどの方法はあるが、それなら始めからそうすればよかったことだ。父は笑みを浮かべてこう言った。
「豆児には好きな男はいないのかね。自由に恋をしても咎めたりはしないぞ。永和もだ。人目につかぬように気をつけてくれればかまわない」
(なにを言っているのだろう)
豆児は父の言葉をはかりかねた。
「いま、この屋敷で働いているのは口の堅い者だけだ。安心してよい。出産も極秘裏にできる」
「私だけではなく、永和が生んだ子も私たち夫婦の子として届ける、ということでしょうか」
父は力強く頷いた。父の視線が永和のそれと絡まる。永和は了承の意か、点頭した。
自分だけが輪の外にいるようで、無性に寂しく感じた。
「で、でしたら……」
安家の娘としてふさわしくないと思ったが、舌はとまらなかった。
「父上が永和を妾になさればいいのです。そうすれば安家の血は絶えません。生まれた子は私が生んだことにして結構です。ぜひ、そうなさってくださいませ!」
席を立って、自室に駆け戻った。
午後は紅玉を訪ねて後宮に行く予定になっていた。結婚を報告するつもりだったが、報告のしようがない。夫が女でした、なんて恥ずかしくて口にできない。
「さあ、行きましょう」
だらだらと準備をしていた豆児に外出を促したのは永和だった。化粧を施し、女物の衣服をまとっている。
「え?」
「豆児様の侍女としてご一緒します。この姿なら誰も夫だとは思わないでしょう」
女装した永和は見惚れるほど凛としていた。
後宮を案内してくれた宦官は、永和の容貌ばかり、ちらちらと横目で見てくる。
豆児は心中で吠えた。
(その美女は私の夫なのよ。じろじろ見ないで!)
「まあ、豆児。よく来てくれました」
紅玉は豆児を歓迎してくれた。皇帝の寵姫であるという自信が体の奥から溢れている。
「これを結婚祝いに差し上げましょう」
一流の職人が魂を込めて作ったと思われる装飾品がずらりと卓子に並べられた。目が眩むようだ。
「い、いえ、私はあまり飾り立てるのは好きではなくて……こちらをいただきます」
もっとも実用性の高い、地味な簪を一本だけいただくことにした。
「お菓子もお茶も市井ではとても味わえない逸品よ。遠慮しなくていいの。それでね、大家がこのあいだおっしゃったの」
大家というのは後宮で皇帝を指す。
「『おまえには妹がいるそうだな、ぜひ会いたい』と」
「陛下が……?」
なぜか永和がびくんと体を震わせた。
そこで初めて紅玉は永和に気づいたようだった。
「初めて見る顔ね。雇われたばかりなのかしら?」
「あ、はい、そうです。永和……の家から移ったばかりの……その」
ごにょごにょと言い訳をしていると、永和が紅玉に拱手の礼を取った。
「永花……と申します。お見知りおきを」
「まあ、侍女というより護衛ね。……もう少しもの柔らかなほうが女らしくてよ」
「気をつけます。差し出がましい口をききまして申し訳ありません。それで、紅玉様は陛下になんとお答えになったのですか」
「はっきり申し上げたわ。妹は私のように美しくありません、会ってもがっかりなさるだけです、と」
ひゅっと喉が鳴った。
紅玉の口から、これほど明確な否定をされたのは初めてだった。
豆児に侍女として一緒に後宮に来てほしいと頼んだ過去などすっかり忘れてしまったようだ。
「豆児にはわからないでしょうけれど、後宮の女は妍を競っています。政務に励む大家を癒やすためです。美しくない妹が大家の目に触れたら、ご機嫌を損ねてしまうかもしれないでしょう」
豆児はただ恥じ入って顔を伏せることしかできなかった。
驚いたことに、永和は同意するようなことを言い出した。
「賢明なお答えです。さすがは陛下のご寵愛を一身に受けていらっしゃる淑妃様」
「一身だなんて。むしろ妃嬪を分け隔てしないように、私を呼びすぎぬようお諫めしているわ」
「しかしそれは……ご懐妊なさってからのほうが……」
「大家はお若くてご健壮でいらっしゃるから問題無いわ。時間はたっぷりある。しかも私の話に傾けてくださる耳をお持ちです。というわけで豆児は心得てちょうだいね。次に後宮へ来るときは安家の使いとだけ名乗ること。万が一にでも大家が目移りなさらないように、より醜く見えるように化粧してくること。永花もよくわかってるわね」
「はい、かしこまりました」
寵姫になった紅玉は人が変わったように見えた。それともこれが紅玉の本質なのだろうか。
ともかく、歓迎されていないことはよくわかった。
二度と後宮に出向くことはないだろうと豆児は思った。




