三、夫の秘密
『昭儀』の位で入宮した紅玉はわずか三か月で『淑妃』に昇格した。
皇后を除けば、貴妃、賢妃に続く三番目の位階である。皇帝の寵愛が厚く、強く望まれたためだという。
さすが紅玉と誇りに思う。豆児としても鼻が高い。
そして追いかけるようにして豆児の祝言が行われた。
酔っぱらった親族の声が遠くからかすかに聞こえてくる臥室で、豆児は花婿と向かい合った。
深紅に装飾された室内でふたりきり。非日常の空間に放り出されて、豆児は陶然となった。
(今宵、私はこのお人の妻となるのか……)
背は豆児より少し高いくらいで、偉丈夫ではないが、立ったり座ったりといった所作に品がある。贅婿と聞いて期待していなかっただけに、安堵を通りこして、富くじに当たったかような心持ちになる。
しかし顔の下半分を、なぜか布で覆っていた。もし布の下に醜い傷や病の痕があったとしても、その涼やかな目元だけで愛することはできるだろうと豆児は確信した。
「永和様、その布を取ってもよろしいですか」
豆児の伸ばした手を、永和は振り払わなかった。紐をほどいて邪魔な布を取り払う。
あらわになった顔貌に、豆児は思わず息を呑んだ。
(なんと……麗しい)
豆児が目を瞠ると、
「すまない」
永和は目を伏せた。
「……どういう意味です」
なぜ謝られないといけないのか。
永和は豆児の手を取り、胸元に誘った。
「こういうことなのだ」
豆児の手のひらにふっくらと温かい肉が触れた。
すぐに手を引っ込めたが、ずっと感触が残った。意味は明瞭だった。
「酷い! 贅婿などと喜ばせて安家を騙したのですか。本物の永和様はどこにいらっしゃるのですか」
「私が永和だ。女として生まれたが男として育てられた」
「そんなおかしなこと……」
「豆児には酷なことですまない。私は豆児の真の夫にはなることができないのだ。だが生涯かけて夫のふりは全うする」
「もし父が知ったら……」
安家の安寧を願う父は憤ることだろう。ところが永和はかぶりを振った。
「いや、そなたの父上もご承知のことだ」
「嘘よ、勉学に励んで……科挙を受けると……」
「そういうことにしてあるのだ。科挙は簡単に受かるものではないし、一生を勉学に費やして屋敷に閉じこもっていても、世間から変には思われないからね。ただ……豆児を騙したのは申し訳ないと思っている」
豆児はこみあげる感情を抑えるのが難しくなった。
「私は……どうしたらいいの。子をもうけて安家の命脈をつなげることが恩返しだと思っていたのに、恩返しさえできないの」
父が承知していたという言葉が真実なら、豆児は恩返しの機会さえ与えてもらえなかったということだ。期待されていなかったということだ。
紅玉も豆児も、ふたりとも大切な娘だと言っていたくせに。




