一、姉と妹
今年最初の雪の日、安豆児はお使いで市場に出向いていた。
風は冷たいが、寒くはない。菓子屋で甘い餅を買ったあと、残ったお金は駄賃にしていいと母に言われたことが嬉しかったせいもあるかもしれない。
高価な髪飾りを眺めて歩くのは心が躍る。もちろん駄賃程度ではとても手が届かないのだけれど。
翡翠と珊瑚の簪が豆児の目を奪った。
「お嬢さん、目が肥えてるね」
「あ、ううん。ごめんなさい。買えないんだけれど……とても綺麗ね」
姉の紅玉が同じような簪を持っていたことを思い出したのだ。
「これは掘り出し物だよ。ここだけの話だけど……」
店主は口に手を当てて声をひそめた。
「後宮からの流出品だからね。品質はたしかさ」
そういわれれば細工が凝っている。後宮の女官が主からいただいた品物を売りに出すことがあると知っているので驚きはしない。
「だからちょっとだけ高いけど、買っておいて損はないよ」
店主は豆児のことを金持ちの娘だと思っているようだ。買えないといったのに、信じてもらえない。
そう思われるのもしかたないかもしれない。豆児が着ているものは無地の地味な襦裙だが絹である。
だが本物のお嬢様は一人で外出しないものだ。
たとえば姉の紅玉は……紅玉は外出それ自体めったにしない。両親が許さないのだった。
「おい、ごうつくばり。てきとうなこと言ってんじゃねーぞ」
通りすがりの花売りの男が店主に顎を突き出した。
「お嬢ちゃん、買うにしても、もうすぐ大量に入荷するから待ってたほうがいい。面白いように値が下がるよ」
「あ、こいつ、余計なことを」
豆児はその意味を問うた。
「皇帝が崩御しただろ。だから後宮の女が入れ替わる」
皇帝崩御の話は今朝、邸宅でも話題になっていた。だがしょせん遠い夢の世界のことと気にしてはいなかった。
「後宮の女が出ていくときに、もう必要ないからと売りに出すのですか?」
「死んだ主人の持ち物を失敬して、こっそりと売る女官が増えるんだよ」
「死んだ主人?」
「子のいない妃は殉死させられる。……知らないのか?」
店主と花売りの二人から物知らずと思われたようだ。亡くなった皇帝の供連れとして、妃や女官、ときに宦官までもが殉死するしきたりがあることは豆児も知っている。いまの王朝の始祖が決めたことらしい。過去には数百人以上が陪葬されたこともあるらしいが、それだって遠い夢の世界の話だ。
「もったいねえな。なにも殺すことはねえのに」
「陛下の手がついてない女もたくさんいるって噂だしな。皇帝は欲張りだ」
「しッ。声が大きい」
陛下に殉じて自ら命を絶つ、という美談は庶民でさえ信じてはいない。彼女たちは死を強要されるのだ。拒否しても殺される。死をもって皇帝に仕えることは名誉なことなのだ。
「……ではそのころにまた来ます」
踵を返した豆児に、花売りが梅の枝を握らせた。
「これやるよ。持っていきな。雪が強くなってきたし、もう今日は売れないだろうからな」
わずかにほころんだ梅のつぼみ。
豆児はもうなにも物色せずに、まっすぐに邸宅に帰った。




