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平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます  作者: パラレル・ゲーマー


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第7話 深夜の訪問者と時間操作の授業

 怪異退治という非日常な部活を終えて帰宅したのは、夜の十一時を回った頃だった。

 家族には「図書館で勉強してた」と嘘をついて自室に直行する。親父も母さんも「陽介が最近真面目になった」と勝手に喜んでいた。


 まさか息子が学校で化け物をぶった斬ってきたなんて夢にも思うまい。


 風呂に入って汗を流し、输血パックのストックを冷蔵庫の奥(野菜室の死角)に隠し、部屋に戻ると、時計の針は深夜一時を回っていた。

 以前なら気絶するように寝ている時間だ。だが今の俺――いや、吸血鬼となった俺に睡魔は訪れない。魔力という名のカフェインが血管を循環している限り、脳は常にクリアだ。


「さてと……」


 俺はベッドに寝転がり、スマホを手に取った。

 至福のゲームタイムだ。明日も授業はあるが、眠くないんだから仕方がない。夜更かしし放題というのは、この体質の数少ないメリットだろう。


 人気の FPS を起動し、ヘッドホンをして没頭する。画面の中では弾丸が飛び交い、敵のアバターが次々と倒れていく。今日のリアル戦闘のおかげか、いつもより反応速度がいい。


 気がつけば、時刻は午前三時。

 草木も眠る丑三つ時。


(……なんか背中がムズムズするな)


 ヘッドホンをしていても感じる、得体の知れない気配。

 だがホラー映画に出てくるような寒気ではない。もっとこう、自分自身の内側から湧き出てくるような、こそばゆい感覚だ。


 気のせいかと思い、次のマッチング画面に進もうとした時だった。


『……ぬしよ』


 直接脳内に響くような、しかし幼さの残る凛とした声がした。

 俺はピクリと反応する。ボイチャか? いや、今日はソロプレイだ。


『おい主よ!』

『聞いとらんのか貴様!』


 今度は、はっきりと聞こえた。

 ヘッドホンを外し、慌てて後ろを振り返る。


 誰もいない――はずの、自分のベッドのヘッドボードの上。


「えっ?」


 そこに、小さな少女が座っていた。


 年齢で言えば小学校低学年くらいか。西洋人形のように整った顔立ち。

 何より目を引くのは、月光よりも眩しい金色の長髪と、俺と同じ深紅に輝く瞳。


 フリルのついたゴシック調のドレスを着て、生意気そうに脚を組み、ふんぞり返っている。


「えっ? 声が、ってお前誰だ?」


 俺が間抜けな声を出すと、少女はやれやれとばかりに肩をすくめた。


「やっと気付いたか……。全く気付かない阿呆かと思ったぞ? 声をかけ始めてから三回無視されたからのう」


「いやお前誰だよ! 不法侵入か!? それともさっき連れ帰った妖怪か!?」


「失礼な奴じゃな。誰かと問われれば――」


 彼女はスッと立ち上がり(それでも背が低いので俺の目線と同じくらいだ)、小さな胸を張った。


「ワシか? ワシはお主の『吸血鬼としての力』が具現化したものじゃ!!!」


「……はぁ?」


「ぽかんとするでない。お主があまりにもヘッポコだから、血統に刻まれた先祖の記憶が意思を持って出てきてやったんじゃ。言わば OS のナビゲーションシステムみたいなもんじゃ!」


「ナビ……にしては態度デカくねえか」


 力の具現化。

 ラノベとか漫画であるやつだ。主人公の精神世界に住んでる師匠ポジション。


 まさか俺にもそんな特典が付いてくるとは。


「へー、なるほど。未熟な吸血鬼のお主を導くために生まれたのじゃ!!! ……ってことでいいのか?」


「うむ、飲み込みが早くて助かる。感謝せえよ? わざわざこの時間に出てきてやったんじゃから」


「未熟って言われるのは心外だな。俺、今日デビュー戦だったけど、Tier4 とかいう猛獣倒したぜ? 俺、結構凄いんじゃない?」


 俺がドヤ顔をすると、少女は鼻で笑い飛ばした。


「はー……。あんな Tier4 下位の雑魚猫を倒して調子に乗るとは悲しいのう。我が主の器が知れるわ」


「雑魚猫……あれで雑魚かよ」


「当たり前じゃ! しかもお主、戦闘スタイルが『身体能力強化して物理で殴る』だけじゃったろうが。原始人かお主は。特殊能力が筋力バカだけってどんな弱小吸血鬼じゃ……恥ずかしくてワシが消滅しそうじゃわ」


 少女は顔を覆って嘆いて見せる。

 なんだろうこの、イラッとする可愛さは。


「吸血鬼ならもっと吸血鬼らしく、色々な能力を使わんかい!!!」


「いや無理だろ! 吸血鬼になったばかりだぜ俺!? 血の使い方もよく分かんねーんだよ!」


「言い訳無用! 無いなら覚えれば良い。……うむ、そんなお主にワシが直々に能力を伝授してやろう! 感謝しろ!」


「感謝しろって……どんな?」


 彼女は人差し指をくるくると回した。


「例えば【影操作シャドウ・ウィーバー】。お主の影を実体化させて武器にするのじゃ。剣にもなるし、拘束具にもなるぞ?」


「影で武器か……。んー、微妙」


「なにっ!?」


「武器なら、今日剣持先輩って人に良い刀もらったからな。間に合ってるっていうか、剣術の練習したほうが早い気がする」


「ガーン!!!!」


 彼女は漫画のような効果音を背負ってショックを受けた。


「馬鹿な……! 影じゃぞ!? 影からニュッて黒い剣が出るんじゃぞ!? 中二心をくすぐるカッコよさがあるじゃろがい!!!」


「いや実用性大事だし……」


「ええい味気ない男じゃ! ロマンを解さぬ朴念仁め!」


 地団駄を踏む、自称・力の化身。

 どうやら見た目通り、精神年齢も低いらしい。


「じゃあ……これならどうじゃ?」


 彼女は気を取り直し、紅い瞳を怪しく細めた。


「魔眼はどうじゃ?」


「魔眼……? そっちは響きがいいな」


「ふふふ、食いついたな。【時間鎖クロノ・ロックの魔眼】!!! 見たものの時間を、30%遅くするのじゃ。どうじゃ、強力じゃろう?」


「時間を遅く……!」


 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 それはすごい。単に「動体視力が良い」レベルではない。対象そのものの時間軸に干渉して、スローにするということだ。


 FPS ゲームで言えば、敵だけがラグって動きがカクつくようなものか。チートだ。


「へー、良いんじゃない? 今日戦った猫型怪異みたいに素早い敵には、めちゃくちゃ有効だし」


「じゃろ? じゃろ? ようやくお主にも分かったか!」


「分かったよ。教えてくれ、その魔眼。どうやって覚えるんだ? 修行とか必要なのか?」


「修行などいらん。ワシはお主の力の化身。お主が『使う』と認識すれば、既にインストールは終わっておる」


「まじか」


「うむ。では魔眼を授けよう。ほれ!」


 彼女がパチンと指を鳴らした瞬間、俺の両目に熱い何かが流し込まれる感覚があった。


 痛くはない。目薬を差したあとのような清涼感と、眼球の奥がジリジリと脈打つ感覚。


「もう魔眼出来てる? これで?」


「うむ。試してみよ。机の上のコインでも回転させてみるのじゃ」


 言われるまま、俺は机の上にあった百円玉を指で弾いた。

 チンッと音を立てて、コインが高速回転する。銀色の残像しか見えない。


「ハイハイ、で回転させる。……そして?」


「見るのじゃ。強く念じろ、『遅くなれ』とな!」


「遅くなれ……遅くなれ……!」


 俺は回転するコインを凝視した。眼に魔力を集めるイメージ。


 ――カッ。


 視界が一瞬、赤く染まる。


 その直後。


 キィィィン……という高い耳鳴りと共に、世界の音が低く歪んだ。


 ブン……ブン……ブン……。


 残像しか見えなかった百円玉の回転が、コマ送りのようにはっきりと見える。

 菊の模様がゆっくりと裏返り、また表へ戻る。落ちてくる埃さえも、空中で止まっているようだ。


「おー……凄い凄い! 本当に遅くなった!」


「ふふん、当たり前じゃ!」


 俺が瞬きをして解除すると、コインはまた元の速度で回転し、やがてパタリと倒れた。


 今のは俺自身の思考速度が上がったわけじゃない。確かに「対象の動きだけ」が遅くなっていた。


「魔眼は対象の格に依存する。お主より強い Tier3、Tier2 クラスの相手には効きづらいが……それでも最低 10%は遅く強制できるからのう。コンマ一秒を争う近接戦闘においては、これ以上ない武器になるぞ!」


「強いな。マジで強い。ありがとうな、金髪のおチビちゃん」


「おチビ言うな! ワシの名は……まあいい、名乗るほどのことはない。我はお主、お主は我じゃからな」


 少女は満足そうに笑うと、ふわりと宙に浮いた。


「【魔眼シリーズ】はまだまだあるが、今日はこの辺で終わるぞ。教育にも順序というものがある」


「え、もう帰るのか? もっと教えてくれよ」


「阿呆。ステータスを見ろ」


「ステータス?」


「あんまり長時間、高位存在であるワシが顕現していると、お主のMP(魔力)が尽きるのじゃ。今のレベルのお主には、ワシを維持するだけで重荷なんじゃよ」


「えっ?」


 言われてみれば。

 先ほどまで感じていた全能感が薄れ、代わりに泥のような重さが頭を覆い始めていた。


「……あ」


 視界が揺れる。

 膝から力が抜け、ベッドに座り込む。


「ではな! また教えに来てやるから精進せえよ!」


「ちょおま……」


 言うが早いか、少女の姿は金色の粒子となって霧散し、俺の身体の中へ吸い込まれていった。


 後に残されたのは、静まり返った深夜の自室と、強烈な睡魔に襲われている俺だけ。


「……へー……は?」


 思考が回らない。

 ガクンと首が落ちそうになる。


「ガクンと眠気がする……なるほど、こういうことか……」


 吸血鬼になって以来、全く感じなかったはずの「眠気」。

 魔力=エネルギー。


 あの生意気な幼女が具現化している間、俺のガソリンをごっそり持っていっていたのだ。魔力が枯渇すれば、吸血鬼だって活動限界を迎える。強制スリープモードだ。


「眠気が……魔力切れってことか……」


 俺は抗うのを諦め、そのまま枕に顔を埋めた。


 心地よい深淵への落下感。


 最後にちらっと「次は影の使い方も聞いておくか」と思ったような気がするが、意識はすぐに闇に溶けた。


「まあ……久しぶりに眠るか……」


 ぐー。

 秒で寝落ちた。


 久我陽介、吸血鬼ライフ久しぶりの熟睡である。

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