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平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます  作者: パラレル・ゲーマー


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第5話 夜の体育館と能力者格付け(ティアー)講座

 キンッ、という鋭い金属音が、夜の体育館に響いた。


 俺の手から漆黒の刀が弾き飛ばされ、床を滑って遠くへ転がっていく。

 同時に、目の前に迫っていた剣持先輩の木刀(と言っても本物の刀に見える)が、俺の鼻先寸前でピタリと止まっていた。


「……ふぅ。ここまでだ」


 先輩が刀を引くと、俺はその場に大の字に倒れ込んだ。


 息が切れているなんてもんじゃない。肺が破裂しそうだ。

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、汗が滝のように流れて体育館の床を濡らしている。


 吸血鬼になって疲れ知らずになったと思っていたが、それは単なる思い上がりだったらしい。

 精神的な疲労と、慣れない「魔力制御」によるエンストだ。


「刀、難しいな……。重さは身体能力上げてたらあんまり感じないけど、今の俺には重い鉄の棒を振り回してるのと変わらない気がする……」


 俺が天井を見上げたまま呻くと、先輩はタオルで汗を拭きながらニヤリと笑った。


「まあ、最初はそんなもんだ。だが、剣の間合いってのは便利だぜ? 素手の格闘戦しか出来ない奴と、得物持ちの間合いの差は歴然だ。特に相手が牙や爪で攻撃してくる獣型の怪異なら、懐に入らせないリーチの長さは命綱になる」


「命綱ですか……」


 リアルに死の危険がある職場だと思うと、サボりたくてもサボれない。


 そこへ、修理屋の美島さんとは別の、ゆるいパーマヘアの女子生徒が、スポーツドリンクのボトルをカゴに入れて歩いてきた。


「お疲れー。新人君、結構動けるじゃん。最初はもっとヘロヘロになるかと思った」


 彼女もここのメンバーらしい。ジャージ姿だが、その手には不思議な形をしたロッド(魔法の杖?)が握られている。


「あ、ありがとうございます……」


 ボトルを受け取り、冷たい液体を一気に喉に流し込む。


 少し離れたステージの上では、かれんが腕組みをして他のメンバーに何やら指示を出していた。

 その姿を見ながら、剣持先輩がポツリと呟いた。


「そういや、こいつの『Tierティアー』は多分4だろうけど、伸び代はあるな」


 その言葉に、指示出しを終えて戻ってきたかれんが答えた。


「ええ、今のところはTier4、よくて4・5って所ね」


「え、ティア? 涙?」


 聞き慣れない単語に俺が首を傾げると、かれんは意外そうな顔をした。


「あら、まだ説明していなかったっけ? 組織の基礎教養よ」


「してないよ! そもそも昨日今日ここに来たばっかりだぞ、俺は」


「あー、そういえばそうね。ええ、今日説明しようと思ってたんだけど、昨日ヤタッピの講習ビデオ見せるの省いちゃったし」


「面倒だったからでしょ!?」


 俺のツッコミに、先ほどドリンクを持ってきてくれた杖持ちの女子――名前はまだ聞いていないが、とりあえず『杖子』としておこう――がクスクスと笑った。


「えー、ヤタッピ可愛いじゃないですかー。私、ぬいぐるみのグッズも持ってますよ? キモカワくて」


「お前の趣味は分からん」


 先輩が呆れたように吐き捨てる。


「ちょっと休憩にしましょう。Tierシステムについて軽くレクチャーするわ」


 かれんの合図で、メンバーたちは車座になって休憩に入った。


 俺は渡されたタブレット端末を見せられた。

 そこには【ヤタガラス公式・因果律改変能力者・脅威レベル分類】という、厳ついタイトルの表が表示されている。


「Tierというのは、簡単に言えば『強さランキング』ね。正確に言うと『能力強度および社会的影響度のランキング』だけど、まあ強さの目安と思って間違いないわ」


「なるほど、ラノベでよくあるランク制度か。SランクとかAランクとか」


「当たらずとも遠からずね。この業界では、数字が小さいほど強大で危険な存在になるの」


 彼女の指が、画面をスクロールしていく。


「一番下がTier6『可能性ポテンシャル』。これは一般人のことよ。能力を持たない普通の人間」


「普通の人がランクに入ってるのか?」


「ええ。ヤタガラスの理念では、一般人こそがこの世界の主役であり、奇跡の源泉だと定義されているわ。数が多いからこそ、彼らの願いや信仰が巡り巡ってTier0の神々を支えている……ロマンチックな解釈よね」


「次がTier5『原石』。まだ覚醒していないけど、素質がある人たち」


「で、ここからが能力者ね。Tier4『潜在的脅威』。これが今の貴方よ、久我くん」


「俺か」


 説明文を読む。『自らの力に目覚めてしまった無数の素人能力者』『力が微弱で不安定』。


「うわ、辛辣だな。一番管理が面倒くさいって書かれてる」


「事実は事実だろ? 昨日のお前みたいにな」

 と、先輩が笑う。


「Tier3『戦術級』。ここにいるメンバーの大半はこれに該当するわ」


 杖子ちゃんがピースサインをした。


「私、Tier3だよー。小規模な戦闘なら任せてって感じ?」


「へぇ、Tier3でも結構凄いんだな」


「そうね。一般の兵士やエージェントとして即戦力になるレベルよ。年齢は関係ないわ」


「みんなはいくつなんだ?」


「剣持もTier3ね。戦闘能力だけで言えばTier2に近いけど、汎用性に欠けるから」


「うるせえ、強ければいいんだよ」


「そしてTier2『特殊作戦級』。一人で戦局を変えるような特殊なエリート。チーム戦の要ね。……そして」


 かれんが画面をタップした。


 Tier 1:『国家戦略級ナショナル・エース

 定義:一つの軍隊に匹敵し、国家間のパワーバランスを単独で左右しうる存在。


「うわ、ヤバそう。これってどんな人がいるの?」


「どんな人って……貴方の目の前にいるじゃない」


 その場にいた全員の視線が、自然と一点に集まった。


 皇かれん。彼女が、何食わぬ顔で紅茶(どこから出した?)を飲んでいた。


「……え?」


 俺は二度見、三度見した。


 この美少女が? 国家戦略級?


「かれんちゃんはTier1だからねー。化け物だよね、正直」


 杖子ちゃんがあっけらかんと言う。


「ええっ!? ま、マジで!? お前そんなに偉い……というか強いのか?」


「あら知らなかった? 私の実家、結構由緒ある『家』なのよ。血統と才能のサラブレッドってやつね。……まあ、あんまり学校では本気出せないけど」


 本気を出したら学校が地図から消えるのかもしれない。恐ろしすぎる。

 俺は今まで、Tier1にタメ口を聞いていたのか。


「ちなみに、一番上はTier0『規格外』よ。正真正銘の神様クラス」


「か、神様……?」


「ええ。物理法則や因果律そのものを書き換えちゃう、歩く自然災害みたいな存在。ヤタガラスのトップ……伝説の陰陽師もそうだし、日本には数人しかいないわ。全世界でも確認されているのは21人だけ」


「はー……スケールが違いすぎて、想像もつかねえや」


「話を戻しましょう。私たちが夜な夜な相手にしている『怪異』たちも、このTierシステムに当てはめて分類されるの」


 かれんが指を折って数える。


「普段、町中に出没するのはTier6の浮遊霊からTier5の小鬼ゴブリン程度。たまに強力な怨霊や、魔力が固まった化け物が出て、それがTier4クラス」


「私たちが相手するのは、そのTier4くらいまでだねー」

 と、杖子ちゃん。


「Tier3以上の怪異になると、そもそも町中をうろついてないわ。ヤタガラス本隊が出動する大災害レベルになるから、私たちが遭遇することは滅多にない。だから安心して、新人の貴方がいきなりドラゴンと戦うことはないから」


「なるほどね……少し安心したよ」


 RPGで言うところのスライムやゴブリン退治から始められるわけか。

 いきなりラスボス戦じゃなくて、本当に良かった。


「とはいえ、Tier4の怪異でも普通の人間なら即死レベルだ。油断してると、吸血鬼でも手足を食いちぎられるぞ」


 剣持先輩が、真剣な顔で忠告してくれた。


「Tier4からは、特殊能力を持った個体が増えるからな。単純な殴り合いだけじゃ勝てない場合もある」


「肝に銘じておきます」


 休憩終了の合図が出る。

 俺は汗を拭いながら立ち上がった。


 Tier4。潜在的脅威。


 今はまだ、管理対象の「素人」でしかない俺だが、この夜の世界に足を踏み入れた以上、強くなるしかない。


 その時、体育館の窓ガラスがビリビリと微かに振動した。


 全員の動きが止まる。


 空気が変わった。


「……来たわね」


 かれんが静かに呟き、その瞳の色が変わる。


「霊脈が揺れた。正門の方よ」


「おう、お客さんのお出ましか!」


 剣持先輩がニヤリと笑い、刀を構える。


 俺にとって初めての、そして恐らくは「Tier4級」であろう、本物の怪異との遭遇が、すぐそこまで迫っていた。

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