第27話 深夜2時コインランドリーでの小競り合い
深夜二時過ぎ。
商店街の外れにある、二十四時間営業の古びたコインランドリー。
白一色の無機質な空間に、ドラム式洗濯機が回る重低音だけが響いている。
俺、久我陽介は、壁際にある自販機で買った微糖コーヒーを飲みながら、乾燥機のカウントダウンを眺めていた。
中でぐるぐると回っているのは、俺の学生服だ。
今日の「部活(怪異退治)」で返り血を浴びてしまったため、家に帰る前に証拠隠滅――もとい洗濯をしているところだった。
Tier5クラスの獣型怪異との泥仕合で、ブレザーがどろどろになってしまったのだ。
「……はぁ。替えの制服買わないとなぁ」
ため息をついた、その時だった。
カランコロン。
自動ドアが開き、店内に場違いな騒々しさが流れ込んできた。
「あーあったあった。ここ空いてんじゃん」
「マジ? ついてんなー俺ら」
入ってきたのは、四人の男たちだった。
年齢は二十歳前後か。金髪にピアスの男、ダボッとしたジャージ姿の男、そして明らかに柄の悪そうなタトゥーを入れた筋肉質の男たち。
彼らの周囲には、隠しきれていない「魔力の淀み」が漂っている。
(……能力者か)
Tier4ほどの強さは感じない。
おそらくTier5上位、せいぜい「能力にかまけた半グレ」といったところか。
ヤタガラスに未登録の野良か、あるいはマナーの悪い下級ハンターだろう。
彼らは俺の方を一瞥し、ニタニタと笑いながら近づいてきた。
「おいそこの学生」
リーダー格らしき金髪が、俺の目の前でガムを噛みながら言った。
「ここ俺たちが使ってるんで、どいてくんない?」
「使ってるって……空いてる台は他にもありますけど」
俺は冷静に、他の洗濯機を指差した。
ここには六台の洗濯機がある。俺が使っているのは、その内の一台だけだ。
「あぁん? 分かんねえかなぁ」
金髪がドン、と俺の使っている乾燥機を蹴り上げた。
「『貸切』にすんだよ今から。邪魔なゴミは、外に出せって言ってんの」
「……」
彼らの狙いは、ただのイチャモンだ。
能力者特有の全能感に酔って、一般人(に見える俺)をからかって楽しんでいるだけだろう。
俺はため息をついた。
せっかく平和に終わった夜だったのに、最後にこんな面倒くさいイベントが発生するとは。
「使えるだろ? 俺等と勝負しようぜ」
筋肉質の男が拳を鳴らして、凄む。
「おいおいやめとけって。こんな貧弱な学生イジメたら可哀想だろ? ギャハハ!」
ジャージの男が、品のない笑い声を上げる。
「……あのさ」
俺はコーヒーの空き缶をゴミ箱に放り投げ、彼らの方に向き直った。
「俺、結構強いけど良いの?」
場が凍りついた。
数秒の沈黙の後、四人が爆笑した。
「ギャハハハハ! 聞いたか今の!」
「マンガの読みすぎかぁ? 学生ちゃんよぉ!」
金髪の男が顔を近づけ、ドスの効いた声で言った。
「あっ? なんだてめぇ。……痛い目見なきゃ分かんねえか?」
「喧嘩売ってきたのはそっちだからね。……いい度胸だ」
俺は、体内のスイッチを切り替えた。
【魔力循環】オン。
心臓の鼓動が速くなり、血液中の魔力が全身の筋肉へと行き渡る。
視界の解像度が一気に上がり、世界がスローモーションに見え始める。
「なっめやがって……殺すぞオラァッ!!」
筋肉質の男が、身体を青白く発光させた。
【身体能力強化】。わかりやすい近接型の能力だ。
彼はそのまま、ボクサーのようなフックを俺の顔面めがけて放ってきた。
――遅い。
マジェスティックの氷室と比べれば、止まって見えるレベルだ。
「失礼」
俺は最小限の動きで首を傾け、フックを回避。
そのまま踏み込んで、彼の腹部に掌底を叩き込んだ。
ドッ!!
「ぐげぇっ!?」
筋肉男はくの字に折れ曲がり、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
吸血鬼の膂力は、並の強化系能力者など物ともしない。
「なっテメェ!」
「こいつ能力者か!?」
残りの三人が色めき立つ。
ジャージの男がポケットからナイフのようなものを取り出し、金髪の男は手のひらから小さな火球を出し始めた。発火能力者か。
「ここ火気厳禁なんだけどな」
俺は狭い店内を見渡した。
暴れれば機材を壊してしまう。弁償代はごめんだ。
ならば、この「狭さ」を利用するまで。
「くらえッ!」
金髪が火球を投げつけてくる。
『時間鎖・発動』
一瞬、俺の瞳が赤く輝く。
飛んでくる火球が、スロー再生のように空中で静止して見える。
俺は、近くにあったワゴンの上の業務用洗剤ボトルを手に取り、それをスロー状態の火球めがけて投げつけた。
ボトルの蓋は緩めてある。
パァンッ!!
空中で洗剤と火球が衝突。ボトルが破裂し、中身の白い液体が爆散する。
「うわっなんだコレ! 目がァァァ!!」
洗剤の飛沫を浴びた金髪とジャージ男が、目を抑えて悶絶する。
簡易的な目潰し成功だ。
「クソがぁっ!」
最後の一人、ピアス男がタックルを仕掛けてくる。
だが彼の足元には、既に俺の影が伸びていた。
「そこ邪魔」
俺は指を弾く。
【影操作】。足元の影が一瞬だけ実体化し、ピアス男の足を引っ掛けた。
「うおっ!?」
盛大にすっ転ぶ男。
その顔面が運悪く(あるいは狙って)乾燥機の硬いガラス窓に激突した。
ガンッ!!
彼は白目を剥いて、気絶した。
開始から十秒足らず。
狭いコインランドリーには、呻き声を上げる四人の男が転がっていた。
俺は無傷のまま、彼らを見下ろした。
「……言ったろ? 強いって」
乾燥機がピーッと鳴り、洗濯の終了を告げた。
丁度いい。
俺は制服を取り出し、何事もなかったかのように店を出た。
後ろから聞こえる「悪かったもうしません……」という懺悔の声は、夜風に消えていった。
今夜も一つ、小さな平和を守ってしまったな。
……次はもう少し手強い相手でもいいかもしれない。
俺はそんな贅沢なことを考えながら、家路を急いだ。




