第26話 Tier3の猛攻と0.1秒の矜持
空気が歪んだ。
そう錯覚するほどの熱量が、氷室の掌に凝縮されていた。
青白い炎――魔力収束砲。魔法と科学のハイブリッドじみたその技は、マジェスティック特有の合理的破壊術式だ。
「消し飛べ」
氷室が無造作に腕を振るう。
それだけで、ボウリングのボールほどの大きさの青い光弾が、散弾銃のように拡散して襲いかかってきた。
「くっ……!」
速い。しかも数が多い。
俺は「身体能力強化」のギアを全開にして地面を蹴った。右へ左へとジグザグに走り、直撃を避ける。
ドシュッ! ジュワッ!
避けきれなかった光弾が、背後のコンクリート壁に着弾し、バターのように溶かしていく。かすっただけでも、腕ごと持っていかれる威力だ。
「逃げ足だけはTier3並か。だが、いつまで持つかな」
氷室は一歩も動かず、涼しい顔で指先を動かすだけで、次々と追撃を放ってくる。まるでシューティングゲームでもしているかのようだ。
このままじゃジリ貧だ。間合いを詰めるしかない。
(魔力循環、全開! 血を燃やせ!)
俺は恐怖を怒りでねじ伏せ、前方へ突っ込んだ。
光弾の雨をかいくぐる。正面からの特攻。
「馬鹿が。直線的な動きは鴨だと言わなかったか?」
氷室が冷笑し、右手に巨大な火球を生成する。今までのとは桁違いのサイズ。あれを至近距離で食らえば、消し炭だ。
――今だ。
『時間鎖・発動!』
カッと俺の瞳が深紅に染まる。
視界の彩度が落ち、世界が泥のように重くなる。
氷室の手から火球が放たれる瞬間、その膨大な魔力の奔流が、スローモーションのように見えた。
(……見えた!)
俺は、減速した世界の中で、さらに加速した。
真正面ではない。地面に張り巡らせておいた「影」を踏み台にする。
師匠直伝、影操作の応用技。影に一時的な硬度を持たせ、空中への足場にする。
タンッ!
俺は誰もいない空間を蹴り、氷室の頭上へと跳躍した。
「なっ……!?」
魔眼を解除する。時間は正常に戻る。
放たれた火球は、俺の残像がいた地面を爆破し、本物の俺は氷室の視界外――真上からの急降下攻撃に入っていた。
「上か!」
さすがはTier3のエリート。反応速度が異常だ。
俺が刀を振り下ろすよりも早く、氷室は上空へ向けて障壁を展開しつつあった。
間に合わない。このまま斬りつけても弾かれる。
だったらブラフだ。
「影縛り!」
俺は叫んだ。
同時に、氷室の足元にある「彼自身の影」に干渉する。Tier4の魔力じゃ、Tier3の動きを完全に止めることはできない。だが、影が一瞬だけ足首に絡みつくような違和感を与えることはできる。
「っ、足元……?」
一瞬。
氷室の意識が下へ向いた。障壁の出力が、わずかに揺らぐ。
0.1秒の隙。
ここを逃せば、次はない。
「おおおおおおッ!」
俺は刀に全体重と全魔力を乗せ、渾身の力で振り抜いた。
障壁の薄い一点を、一点突破するイメージ。
パリンッ!
ガラスが割れるような音と共に、青い障壁が砕け散る。
黒刀の切っ先が、氷室の喉元へと迫る――!
寸前。
氷室は左腕を犠牲にして、刀をガードしていた。
高価そうなスーツの袖が裂け、鮮血が舞う。
「……ぐっ!」
俺は反動で弾き飛ばされ、着地と同時にたたらを踏んだ。
息が上がっている。魔眼の使いすぎで、頭が割れそうだ。
一方の氷室は。
数メートル下がった位置で、切られた左腕を押さえていた。傷は浅い。だが、間違いなく血が流れている。
沈黙が場を支配する。
「…………」
氷室は自分の血を指で拭い、それを舐めた。
そして、先ほどまでの冷徹な無表情を崩し、口角を吊り上げて笑った。
「……ハッ。面白い」
彼は掌から出していた青い炎を消した。
「まさか一発入れられるとは思わなかったな。魔眼と影、それにブラフの三段構えか。……悪くない戦術だ」
「はぁはぁ……合格ですかね?」
俺は刀を構えたまま、強がってみせた。実際は、足がガクガク震えている。
「ああ、合格だ。Tier4にしては上出来すぎる」
氷室は懐からハンカチを取り出し、傷口に当てた。
「これ以上やれば、私も本気(殺す気)にならざるを得ない。有望な新人を潰すのは、本部の意向に反するからな」
負け惜しみではなく、本心からの撤退だろう。彼にはまだ、底知れない余力が残っている。今のは、あくまで「テスト」だったのだ。
「いいだろう、久我陽介。今日のところは、挨拶までにしておく」
彼は懐から一枚の名刺を弾いた。
名刺は回転しながら、俺の足元に突き刺さる。
「だが覚えておけ。君のその才能は、いずれヤタガラスの鳥籠には収まらなくなる。……より高みを目指したくなった時は、その番号に連絡しろ」
「……考えておきますよ」
「期待している」
氷室は最後に一度だけ俺を見据え、闇の中へと溶け込むように姿を消した。
マジェスティック特有の光学迷彩だろうか。気配ごと、綺麗に消え失せた。
「……ふぅーーーーっ!!」
俺はその場に座り込んだ。
緊張の糸が切れて、全身の力が抜ける。
「あぶねぇ……。あと一発貰ってたら、死んでたぞ」
刀の刃を見る。少し毀れている。
だが俺は、勝ったわけではないが、負けもしなかった。
格上のエリート・スカウトマンを、独力で退けたのだ。
足元の名刺を拾い上げる。
『MAJESTIC-12 極東支部 執行官 氷室』。
ずっしりと重い、金属製の名刺だ。
「……世界は広いな」
俺は名刺をポケットにねじ込んだ。
いつかあいつらと、対等に渡り合えるようになれるだろうか。
少なくとも今日の経験は、大きな自信になった。
Tier4吸血鬼、久我陽介。
今夜も一つ、修羅場を越えて成長した。




